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今日の花、今日の空 ~姫鏡台~

5月が終わって6月になると、もう紫陽花が色づき始めます。
今日は母の祥月命日、
なくなってもう30年以上たち、母のことも遠く淡い思い出ばかりになりました。
けれど、どうしても6月になると、ああ、もうじき四日だなと思います。
母は5月31日まで仕事に出ていました。
体調がよくないのは傍目にもわかっていたから、再三病院に行くようにと言っていたけれど、
月末は忙しいから、月があけたらね。という母の言葉を受け入れてしまいました。
そこまで深刻なことが進行していたとも知らず
誰もが風邪をこじらせているのか、更年期か、
もともとの貧血がひどくなっているのかと思ってしまったのです。

あけて6月1日、私はいつものように仕事に行き、その職場に父から電話。
仕事を休んで母についていったのか、
それとも母が病院から父を呼んだのか。
電話口の父から、お母さん危ないらしい。と、きかされ
一瞬事態が飲み込めなかったものの、すぐに仕事を早退させてもらって病院へ。
それから付ききりで、4日後、6月4日の夕方母は急性白血病でなくなりました。
その4日間のことは、この季節の空気感とともに、
カレンダーの6月をめくると、どうしてもいつもよみがえります。


今日はちょうど土曜日にあたったので、お墓参りに行ってきました。
今年も父の庭の紫陽花がこんもりと咲いています。
よく土の酸性度に合わせて花の色も変わるというけれど、
今年はいつになくピンク色がめだって、母の好きだった淡い水色とは少し違うのが残念
それでもその紫陽花を切って、お墓にそなえてきました。

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私が子供の頃、母の小さな姫鏡台が足踏みミシンの上に置いてあり、
そこにはドルックスというシリーズの化粧品が並んでいました。
姫鏡台とは、三面鏡の孫みたいな小さな鏡台で、
母のものは、楕円形の鏡が小さな台の上に両側で止めてあり
小引き出しが両脇にひとつずつついていました。
ドルックスはわりと安価なものだったと思うのですが、母の愛用の基礎化粧品で、
薄紫の透き通った化粧水や、乳白色の乳液、金色の蓋のマッサージクリームが
小さな姫鏡台の前に並んでいました。
木の丸椅子をもってきて座った母の横でみていると
乳液をほっぺたや、おでこにつけてくれた時もありました。


実は母は私が生まれる前に、東京の板橋というところで
小さな街の化粧品屋さんを営んでいたことがありました。
たぶん30代になるかならないかの頃、
それが母の夢だったのか、それとも何かの成り行きだったのかはわからないけれど、
大好きな和服姿で、小さな店の前で少し首をかしげて笑っている写真が一枚だけあります。
それから数年後、私が思いがけず授かり、店を閉じたという経緯があるようです。

そのお店で扱っていた化粧品会社のものが母は大好きで
姫鏡台の上に並ぶ化粧品もすべて資生堂一辺倒。
小さな鏡台の前にきちんと並んだ小瓶はとてもきれいで
赤い貧弱な鏡台までおしゃれにみえました。

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その母の可愛い姫鏡台が
大きな三面鏡になったのは私が中学生になる頃だったと思います。
従姉妹の家が引っ越す時のおさがりでしたが
大きな三面鏡は姿見にもなって、引き出しもいっぱい、赤いスツールもついていて
合わせ鏡をすると、果てしない鏡の回廊が続いて見えました。

ちょうどこの頃から時を同じくして、母は猛烈に働き出したのです。
働かざるを得なかったというところもあるし
子供の私からみたら、家の事情から仕事に逃避しているようにも見えた。

朝も家の仕事を終えると祖母に後は任せて、
三面鏡の前に座りました。
当時の人なので、アイラインやマスカラなんてお化粧はしなかったけれど
手早く和服に着替えて、支度が整うと、とてもきれいだと思いました。
休みの日に家仕事に追われている日の割ぽう着姿とはぜんぜん違う、
母が仕事に行くのを嫌がっていた私のそんな心情を察してか、
「天道さんと番頭さんみたいね」なんて、おどけて笑ってみせました。

どちらかというと、負けん気が強くて、父に甘えるなんてことの苦手な母
私に任せてとばかりに、外に出て働くのは性に合っていたのかもしれないけれど、
でも私には家にいて、小さな姫鏡台の前に座っていた頃の母のほうが
穏やかに幸せそうに思えました。
もしかしたら、私がそう思いたかっただけかもしれないけれど、
でも、やはり仕事に行くのがつらい日もあったと思います。
三面鏡の前で、思わずため息をついた日もあると思う。
私がもう少し大人だったら、そんな母の想いをきいてあげられたのにと思います。

母がなくなってからも、結婚するまで、私がその三面鏡を使っていました。
結婚した時には、父が花嫁道具でドレッサーも買ってくれたけれど
結局今使っているのは、洗面化粧台。
化粧品もその作り付けの扉に収めて、
私のドレッサーは半分もの置き、
母の可愛い小さな姫鏡台の面影もありません。

今夜はこれから父と一緒に晩ご飯、
化粧品屋さんを始めた経緯などきいてみようかと思っています。

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夏のような日差しの今日は、父が名づけた紫陽花忌。
一年に一度くらい、ちゃんと思い出す日があってもいいのじゃなかいかな、と思います。
私自身のためにも。
この5年間、毎年この日の夕空を撮ってきたけれど
今日もあの日を思わせる、梅雨の中休みのおだやかな空でした。
by sarakosara | 2011-06-04 17:29 | 思い出小箱

遠きにありて思ふもの


by sarakosara