思い出のかけら

札幌駅の北口を抜けて北大方面へ向かう。
父にそっちじゃないだろう、こっちだと指摘され、えっ?と思うが、
昨年来たとき思い込み方向が違っていた、
街は様変わりしても、父の方向感覚は以前の記憶をきちんと残しているのだ。
ナビゲートするつもりが、されて、ちょっとしゃくだが、もちろん年季が違う。

北大のすぐ近くに私にとっていちばん思い出深い祖父母の家があった。
そのあたりを歩いてみようと思ったが
ひとまず北大にはいり、正門脇のカフェテラスでひとやすみする。
父はコーヒーが好き、昔からミルク無しの砂糖入り。
外の日差しが強かったが、一休みしなが見る木洩れ日は心地よい。

f0231393_15233072.jpg


今回は父の写真をよく撮った。
写真に残すことにどんな意味があるのかちょっと迷ったが
やはり父とのこの時間をとっておきたかった。
ちょっと前までは、こんなしわくちゃジイサン撮らないでくれと言っていたのに
父も今回はカメラを向ける私を嫌がらなかった。
このごろは、疲れてくるとしらずに口がぽかっと開いてしまうことが増えた父、
そんな横顔をみていると、少しさびしい。
カメラを向けてはい、笑顔、とリクエストすると、父もそれなりに意識する。
少し背筋もピンとするようだ。

ちょうど座った席の横に昨年ノーベル化学賞を受賞された
北大の鈴木章教授のコーナーが設けられていて
その業績と化学反応式がまとめられた簡単な冊子が無料で置いてあったので
化学の好きなスマに一冊いただく。
私には意味不明の化学式が並ぶページをぱらぱらめくりながら
子ども達の話をしたような気がする。

f0231393_15343332.jpg

北大の校章入りのカップのコーヒーは父のほうが先にからっぽ。
骨だらけの身体には、固めの椅子に座り続けるのもまた堪えるらしく
そろそろ行こうかと外に出る。

f0231393_15483754.jpg


この北大に面した通りには以前は市電が走っていたような記憶がある。
そして「えびすや旅館」という、小さな宿屋があって
ロバパンの看板がかかったパン屋さんがあった。
ちょうどその二軒の中間あたりにある通りを右に折れると、
少し行った右手に祖父母の家があったと思う。
昨年の冬に私一人で来たときに訪ねた、結婚する前の本籍地は
今の札幌テレビがある場所に位置していた。
私はてっきりそこに思い出の家があったのだと思い込んでいたのだが
後から確かめてわかったことには、そこは父が子供の頃に住んでいた家があった場所で
北大の近くの私の記憶にある家は本籍地ではなかったのだ。
札幌テレビのあたりで、どこかに面影を探してみたけれど
北大近くという自分の記憶と少し食い違うことに違和感があったが
その後本籍地と懐かしい家の場所が違うことがわかって、やっと辻褄があった。

もちろん、その懐かしい家ももう今は跡形もない。
祖父母はさらにそこから新琴似というところへ越し、
そこにずっと住んでいた伯父夫婦も、
伯父なきあとは伯母も引き払って息子のいる秋田に越した。

従姉妹とソリ遊びをした路地も、すっかり当時の面影はない。
伯父と従姉妹と父と祖父、
4人で北大まで歩き、
子ども達はゆるいスロープでスキーをしたこともあった。
ロバパンの店にお使いにやらされると
髪が長いのねぇと、ほめてもらったこともあった。あれは小学校2年生のとき。
お祖父ちゃんの薬をとってきてと祖母に頼まれて
近くの診療所まで行ったこともある。
二階の部屋から遠くの花火が見えた夏の夜、
降りしきる春のぼたん雪を飽きずに見ていた一階の通りに面した寒い部屋。
「もうどこにも、昔のものはないなぁ」
父も自分の思い出のかけらを探しているようだった。

いつのまにか、すっかり日が陰り、雨をふくんだような雲も出てきた。
やはり台風の余波で天候も急変する。
父の足取りも重くなっているし、
ここで降られたら困るな。
そろそろ切り上げて今夜の食事を考えていた場所に移動することに。
タクシーをひろって行き先を言うと、
ほどなく雨が降りだした。
by sarakosara | 2011-09-23 16:23 |
<< なんじゃもんじゃ いつか来た道 >>