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動き始めたタクシー、駅までを快諾してくれたものの、
やはりそこは営業、
「灯台のほうの海は見ましたか?」と、
北運河から歩いてきたら父が疲れてしまったので、もう他は観光はしないと
そう伝えたら、
そうですか、いいところなんだけどなぁ。
車ならそう遠くないし。
父のほうを、ちらっと見ると、
「それなら行ってみよう」と、父。
小樽観光も今年は震災の影響か、さっぱりですよという
その前の運転手さんの言葉もあっての父の気持ちもあったかもしれない。
たしかに、タクシーの列にも、いっこうに人の来る気配もない。
どこも厳しいのだなと実感する。
駅へ向かう車は方向転換、ふたたび海のほうへ向かう。

ここは、小林多喜二の小説「不在地主」ゆかりの場所にある店なんですよ、
船見通りを運河までの坂道を降りて行く途中にある「海猫屋」をさして話してくれた。
小樽高商を出てから、一度拓銀小樽支店に勤めたことがあったときいて、
拓銀時代を知らなかった私は、
小林多喜二の作品と、イメージがつながらなかったが、
この「不在地主」という作品がきっかけで、拓銀をクビになったときいて、
ああ、そうなんだとあらためて思った。
蔦のからまる、赤レンガ、かつての倉庫が食堂になっているらしいが
寄ってみたいなぁ、と思う。
また、あらためて小樽もゆっくり歩いてみよう、いつか。

私と運転手さんが、いろいろ話すのを父は黙ってきいている、
ときどき父にも話をそれとなくふるのだが、
うん、とか。ああ、とか、そっけない。
というか、ほんとうに疲れてしまったのだろう。
タクシーの座席に身体をもたせて、ただ外をみている。


と、その時、右に開けた海をみて、あれっ?
すぐにまた海が隠れ、はっきりしないのだが、
しばらく待つと、また姿をみせた海に、なんと虹がかかっていた。

虹_f0231393_11325349.jpg

「わぁ、虹がかかっている」
遠く海の上で雨が降っているのだろうか、
こんな虹ははじめてみた。
タクシーの窓越しにわずかに見える。
ほらほら虹、父に言うけれど、顔を向けると家の陰になったりで
なかなか父には見えないらしい。
岬に着くまで消えないでいてくれるといいな、と祈るような気持ち。
やがて虹は見えない道になり、
車はくるくると道を登り始め、最後に突端に着き、海が大きく開けた。

虹_f0231393_1132049.jpg

ああ、虹がはっきり見える。
エンジンをとめると、外はそうとう激しい風が吹いているのがわかる。
台風まじりの風なのだろう、
せっかくなので外に出てみようと思うが、父は大丈夫かな、
迷っていると、運転手さんが、一緒に降りますから、お父さんもと声をかけてくれる。
私が先に降り、
ゴーという風に足元をすくわれそうになって踏ん張った。
運転手さんがドアをおさえて、私が父の腕をとり、
ドアを閉めた運転手さんも、反対側から父を支えてくれた。
風はそうとう強いが
茫洋と広がる海と、そこにかかる虹。
運転手さんも、こんな虹は初めてみたと言う。
きれいだな、と父も言う。

ほかに誰もいない、三人きり、
反対側を見渡しても、半周ぐるっと海、虹と海と風を三人占め。

虹_f0231393_1135569.jpg

ゴーゴーと風はうなりをあげるが、
思いがけない光景が父との旅に贈られたような気がした。

しかし、車にもどった父は、ふたたびだんまり。
そのまま札幌に向かう列車の中でも不機嫌な様子。
私もあれこれ言葉をかけるけれど、
疲れたんだと言うだけの父に、だんだん腹がたってきた。
でも、ここでこちらまで言葉を荒げるわけにはいかない、
数年前の私なら、完全にここらへんで決裂、口喧嘩になっていた。
でも、ここ一、二年、父の急な老いを感じだしてから
自分が少し我慢すれば済むことだと思えるようになった。
老いた父のいらだち、
思うようにならないもどかしさ、
今の私にわかるわけのない気持ちが押し寄せてくる時もあるだろう。
私のいらっとする気持ちを何とかしずめようと、
ご機嫌をとるのはやめにして、私も黙って携帯を見始めた。

この時の岬行きは、
ろくに観光もできないまま、父に同行している私のためにという気持ちもあって
父が無理をしてくれたものだと思う。
帰ってきてからも、小樽はしんどい思いだけさせてしまったのだろうか
あの虹も果たして憶えているのだろうかと少し気になっていた。

ところが、先日家で食事のときに、
夫に父が、あの虹の話をしていたのだ。
ほんとうにめったに見られない虹らしいんだ、みごとだったよと、
笑顔で少し自慢げだった。
よかったと思った。
私もあのゴーゴーと吹く風と
父の腕をとりながら一緒に見た海にかかる虹は忘れないと思う。

虹_f0231393_11354372.jpg

by sarakosara | 2011-10-22 11:45 |

遠きにありて思ふもの


by sarakosara