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K子おばちゃん

母の大親友だったk子おばちゃんを訪ねた。
娘のさち子おねえちゃんが父の四十九日に来てくれた時にした約束。
東京タワーにほど近い特養。
さち子おねえちゃんが、
「おばあちゃん誰だかわかる?」
そう訊くと、少し困ったように、にこにこ笑うK子おばちゃん。

せっかく来てもらっても、わからないかもしれないの、
わからなかったらごめんね。
そう言われていたから、想定内のことだった。

ところが、さち子おねえちゃんが
「信子おばちゃんのところの、Cちゃんだよ、
信さん、信さんって、仲良しだった信子おばちゃんの」

そう言ったとたん、ぱっと顔が明るくなって
「え〜Cちゃんなの? ほんとだ、Cちゃん」
そして手のひらで顔をおおって泣き出してしまった。

K子おばちゃん_f0231393_1751428.jpg

お土産に持っていった花瓶とアネモネの花束
とっても喜んでくれた。

昔の写真があったら持ってきてみてくれる?
さち子おねえちゃんから言われて持って行った写真。
懐かしそうに見ながら、思い出話に花が咲く。

あい間あい間に、思い出したように
「ああ、Cちゃんがねぇ‥」
そう言いながら涙ぐむ。

「お父さんは?」と訊くおばちゃん。
「おじちゃんは亡くなったのよ、話したでしょう」
と、さち子おねえちゃん。
「亡くなったの?そうだったの、先に行っちゃったのかい‥」
また涙ぐむ。

でも、少したつと、
「お父さんは?」
また訊かれる。

脳出血で倒れたことも、手術をしたことも、その後骨折したことも、
みんな忘れてしまったらしい。

話しているあいだに、私のこともわからなくなるかな。
そう思ったけれど、その心配はいらなかった。
なんども、
「Cちゃんがねえ」と言って、
私に微笑んだあと、涙ぐむ。

西新橋から愛宕山まで、車椅子のおばちゃんと三人で散歩した。
そこはかつて私の職場のあったところ。
K子おばちゃんも、十数年芝で暮らしていたので、
みんなに懐かしいところだ。

K子おばちゃん_f0231393_1845547.jpg


粋な江戸っ子で、そりゃぁ美人だった。
よくシュークリームを買ってきてくれて、幼い私を膝にのせる。
母が亡くなった夜は、いち早く駆けつけて
親戚たちと雑魚寝の夜、
不憫だ、淋しいだろうと、私に添い寝してくれた。
K子おばちゃんの中では、まだ幼い私のままだったのかもしれないけれど、
もう大人だったから、少し照れくさかった。
着物に詳しくてお洒落だったから
私の婚礼の打ち掛けは、K子おばちゃんに見立ててもらった。
きっと母にいちばん近い選択をしてくれると思って。

いいことや、楽しかったことはよく憶えているのよ。
つらかったことや、痛い思いをしたことは忘れちゃって。
私も色々大変だったんだけどね‥
でも、それがいいと思う。
さち子おねえちゃんが、ちょっと淋しそうに笑いながら言う。

たこ焼きを三人で食べて
また少しおしゃべりした。
しゅんと細くなってしまったけれど、
とても穏やかな顔をしている。

会ったのは10年ぶりくらいだろうか。
すっかり遅くなってしまってごめんね。
また来るからと、お別れ。
別れ際、
「Cちゃんが、こんなに大きくなちゃってねぇ」
そう言うおばちゃんの中では、まだ私は小さな女の子だったのだろうか。
さち子おねえちゃんと顔を見合わせて笑った。

落ち着いたら会おうね、
そんな約束が今月はまだいくつかある。
by sarakosara | 2013-03-09 18:51 | 想う

遠きにありて思ふもの


by sarakosara