母の香りZen

先月のお彼岸、私の両親のお寺で彼岸会があり
寅さんと出かけて来た。
最近はそこで、サチ子姉さんに会うのが恒例となっている。

サチ子姉さんは、母の親友ケイコおばちゃんの娘さん。
母もケイコおばちゃんも和服が好きだった。
そんなケイコおばちゃんには
どこか母の面影も感じてしまい
私の結婚の時にも母の代わりに打ち掛けの見立てをしてもらったりしている。

お寺の帰り、寅さんとお茶をしながら
昔の母の話になった。
寅さんと結婚した時は母はもうなく
寅さんは母に会っていない。


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まだ知らないこと、話していないこともあり
この日も母とケイコおばちゃんの知り合ったきっかけは何だったの?
と訊かれた。

実は私もその本当のところはよく知らず
おそらく両親が北海道から出てきて
新橋にあった小料理屋さんで
母がお運びをしていた時に知り合ったのだと思う。

私には曖昧で不確かなことだらけだけれど
一つ一つ糸を手繰るように考えてみた。

熱海にあった大きな旅館の東京出張所に
事務か営業のような仕事で勤めていたと思われる写真もある。

そして母の小さな夢
街の化粧品店を開いてい頃もあった。
結婚9年目、もう無理だろうと思っていた私を授かったことで
その化粧品店を閉めている。

そこまで寅さんに母のことを話しながら
母が家に専業主婦として過ごしていたのは
私が生まれてからの、ほんの数年に過ぎないことに気づいた。

祖母が同居で家事や留守をしてくれたということもあっただろうけれど
私が小学校に上がる頃には、すでに保険の外交の仕事を始めていた。

父が仕事で負債を抱え
母が一家の生活を支える状況になってからは働きづめ。
もっと穏やかな日々を過ごさせてあげたい
休ませてあげたいと幾度となく思った。
しかし、もしかしたら
母は元々家にじっとしていられる性分じゃなかったのかもしれない。

「お母さんは女に生まれてきたのが間違いだったのかもしれない」と
そんな話をすることもあった。
「どんな仕事でも全力で一番になれるように頑張るのが信条」
とも言っていた。
根っから外に出て働くのが好きだったのだろうか。

いや、違うのよ。
母はそう言うかもしれないけれど。

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母の好きだったオードトワレ「Zen」
黒くてぽったりと丸いボトルに秋草が描かれ
和服に合うと好んでいた。

母の香りが恋しくてネットで買ったのがもう数年前。
けれど、何だか母の香りがしない。

肌につけなければあの香りはしないのだろうかと
手首につけて過ごしてみたけれど
いまひとつぴんとこない。

1964年にデザインされた以前のものは
2000年初期にリニューアルされ
今はFOR MENと男性用もあった。
和の女性らしいイメージだったので驚いた。

男だったらと言っていた母。
けれど、不器用で甘えるのが下手なだけで
可愛いらしく、愛すべき人だったと娘の私は思う。

和服で仕事に出かける母のそばに寄ると
いい香りがした。
柔らかくて、凛として、好きだった。

あの香りはどこにいったのだろう。
私の手元にあるZenは少しも減らず、さりとて捨てる気にもなれない。
秋草の模様のボトルだけはあの頃のままだから。





by sarakosara | 2017-10-01 17:46 | 思い出小箱
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