カテゴリ:夢( 10 )

花かごと夢

お正月に父宛の年賀状が一通ありました。
差出人は、「一緒に居たことは忘れない」に書いた
にゃんにゃんおばちゃんの娘さんのT子さん。
私はもう年十年もお会いしていなくて、父のこともお知らせしていませんでした。
父の他界後も年賀状が届いた方には
それぞれ父の死をお知らせいていたのですが
T子さんからは、一昨年も昨年も賀状はなく
たぶんどうしておられるだろうと
久々に書かれたのかもしれません。
そのままにもできないので、ご無沙汰のお詫びとともに
今までのことなど手紙に書いて送ったのです。

それから一週間ほどしたつい先日
大きな花かごが届きました。
互いに電話番号も知らなかったので
送り状にあった番号に電話をかけて、しばらくお話をしました。

もう80代になられているとのこと、
母とは10歳も離れていなかったはずなのに
母のことを、おばさまと呼んでいたようで
ほんとうにお世話になって、可愛がっていただいたのよ。
あんな素敵な方が早くに亡くなられてほんとうに悲しかった。
今も仏壇に、おばさまの写真をかざってあるくらい
大好きな方でした、と。

おじさまも亡くなられて
さらちゃんのお手紙を読んで
ほんとに胸がしめつけられるほど懐かしく思った
こうしてさらちゃんともお話できてよかったと
私もその話し方に幼い日にきいたT子さんの声を思い出しました。

30数年前に亡くなった母の写真を
仏壇に供え続けてくださっていたことに私も驚き、
にゃんにゃんおばちゃんとT子さん
そして私の両親の過ごした日々の深さを想いました。

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そんなことがあったせいなのかどうか。
昨日と今朝、続けて二晩両親の夢をみました。
どちらも父も母も若くて私はその娘時代。

一昨日は街中の大通りを大きな川が流れ
その河原を三人で歩いているところ。
目抜き通りのようなところで
大勢の人が一緒に歩いている。
岩場が続き、歩きにくくて私は靴をぬいで歩き出す。
やっと岩場をぬけて、河原から抜け出した時
靴をおいてきてしまったことに気づいて
一人だけ裸足の自分が恥ずかしくて
両親には待っててくれるように言いおいて
慌てて取りに引き返すが
人の流れに逆らってごつごつした河原を歩くのに疲れ
靴もどこに置いたのかみつからず
両親に戻ると言った時刻はとうに過ぎ
携帯で父に電話をして
お昼は二人で先に食べてほしいと伝える。
父の声が若々しかったこと
お母さんに代わろうか?と言う言葉がなんだか嬉しかったこと
その後どうなったかは忘れてしまった。

今朝の夢は父は出てこず。
母とふたり、
お隣のおじさんが亡くなったのでお通夜にいく支度をしなくてはと
着替えを始める母。
紺地に赤い織りが入ったツイードのような生地のスーツに着替えている。
いくらお通夜でもその服はだめでしょう
そう言う私に、それならやっぱり着物かしらねと母。
そうね、やっぱり着物がいいわと
私がタンスの引き出しをひくと母の着物が無い。
そうだ、ぜんぶ洗い張りに出しちゃったんだと気づく。
困ったね、それが戻ってから仕立てもしなくちゃと言う母。
そんな時に目が醒めた。

母も隣のおじさんも、もう何十年も前に他界している。
夢とは不思議なもの。
二日とも非現実的でありながら、そこはかとした余韻の残る夢でした。
by sarakosara | 2015-01-31 18:00 |

風立ちぬ

風立ちぬ、いざ生きめやも。
この夏の宮崎映画、「風立ちぬ」
堀越二郎と、堀辰雄に敬意をこめてという副題があるように
堀辰雄氏の小説「風立ちぬ」へのオマージュと
零戦の設計者である堀越二郎という実在の人物の
少年期から青年期までを描いている映画。
観客の年齢層も高く、
実在のモデルがいるうえに
ジブリ映画にしては、比較的長い「時」を描いている物語として
少し異色なものかもしれない。

ほとんど予備知識なしに漠然と観てみたいなと思っていたので
見終わってすぐ、
ああ、こういう物語だったのか
というのが素直な感想だった。
恋愛がメインでもないし、反戦がテーマでもない。

キーワードのように随所に描かれる風。
モネの絵「日傘をさす女」のような菜穂子に吹寄せる一陣の風や、
関東大震災の炎で起こる風、
飛行機が飛び去る時に起こす風、
それはアニメーションである利点を最大級に生かして、
すでにアニメーションを超え、
リアルに、また幻想的に描かれている。
その映像を堪能するだけでも観てよかったと思う。

そしてもうひとつの大きなテーマは夢?
設計図を引く時の二郎のキラキラとした迷いのない一途な姿勢
挫折を重ねながらも楽しくてまた向かってしまう。
そんなものがみつかる人はめったにいないようにも思うが、
きっとこの映画を描いているときの宮崎監督自身
設計図をひく二郎の姿そのものだったような気もする。

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哀しいことに、二郎の夢の結晶だった飛行機は
やがて、ゼロ戦とよばれる戦闘機になり、
多くの若者の命が飛行機とともに消えていった。
でも、そのことについて多くは語られない。
語られないからこそ、観る人が何を感じるかは自由。
起伏にとんだストーリーではなかったけれど
これが事実だと思うとき、じんと残るものも感じるのです。

そらさんが記事にした時に
一緒に観られたらいいなと思っていたら、そらさんもそう思っていたって。
そんなことがちょっと嬉しい。
by sarakosara | 2013-07-28 15:51 | | Comments(15)

Fly me to the moon

このあいだ、久しぶりに空を飛ぶ夢を見た。
これで二度目。
最初はもう20年以上前かもしれない、とってもよく憶えている。
高校の校舎の窓、
4階から、校庭の向こうに体育館が開ける方向へ
ちょうどピーターパンのように、
でもおそるおそる、手を広げて。

最初はすーっと地面へ向けて斜めに落ちて行って
危ない!と思った時にふわっと身体が浮き上がり
飛び出したらとっても気持ちよくて
地面と身体が水平になりながらすーっと、
とても興奮した。

今回はその時のように、完全に自分で飛んでいるのではなく
道具を使っていた。
例えば風の谷のナウシカに出てくる、メーヴェという乗り物ののような。
でも、あの鳥のような形ではなく
どちらかといえば、小さな気球に身体がぶら下がっているような具合。
助走をつけて、飛び上がると
ふわっと、勢いよく身体が上昇し、みるみる地面が遠のいていく。

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身体を左右によじりながら、方向を変え、
最初は少し怖かったけれど、
じきにコツをつかんで、家々の屋根の上から、背の高い建物の間も
上手にすり抜けながら、飛んでいた。

あちこちに同じようなものに乗って飛んでいる人がいる。
怖がってためらう人にも
「怖くないよ、コツをつかめばとても簡単」
なんて励ましながら。

私は夢を見ている時に、これは夢だと思ったことがないから
それは夢の中ではまぎれもない事実であり、ひとつの現実。
でも、もし現実で飛んだら、ありえないことだと思うはずなのに、
夢の中では驚きながらも、案外平静にその状況を受け入れているわけで
やはりそれが夢の夢たる所以かもしれないと思う。

昔から人は空を飛びたいと思い続けてきた。
今や、飛行機やロケットで、
空はおろか宇宙にも飛んでいくことができるけれど、
やはり生身で風を受けながら飛ぶということは、
今も人間の夢なのかもしれない。




今夜は満月。
フライミートゥーザムーン
月まで連れていってもらおうか、夢の中で^^

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父の部屋から撮った水曜日の月。
今日は6月に祥月命日を迎える、母の33回忌をします。
菩提寺で家族だけで。
そのことはまた後日ゆっくりと。
by sarakosara | 2013-05-26 00:41 |

風鈴

ある朝、父の祭壇にお線香をあげてお参りし、
さてと部屋をあとにしようとしたら、
チリンと何かが鳴った。
正直ぎょっとした。

よく見れば、なんのことはない。
父が部屋につるしたままだった風鈴。
きっと夏に扇風機で鳴るのを楽しんでいたのだろう、
その横をとおった私の風圧で鳴ったようだ。

微妙に通る位置で鳴ったり、鳴らなかったり。
そのことを覚えている日は、意識して遠目にとおるけれど、
また忘れて通ったときに、チリンと鳴る日がある。

このごろは父からの返事だと思うようになった。
いつも遺影の前で、ちょっと父とおしゃべり。
今日の報告からお願いごとまで。
まだ四十九日も過ぎていないというのにお願いごとまでされて、難儀なことだ。
そんなふうにひとしきり父の前でゆっくり過ごした日にかぎってよく鳴る。
生きているものの勝手な思い込みでもいい。
私への返事なのだと、そう思うことにした。

昨日は寅さんの伯母さんの夢をみた。
一緒に旅行に行ったこともあったけれど、夢に出てくるのは初めてかもしれない。
あいかわらず白髪がきれいな、おしゃれさんだ。
ステンドグラスがはまったとても雰囲気のある
古い仕立て屋さんらしい店の前のベンチに腰掛けている。
店には立ち働くお針子さんらしき女性が数人。
車いすがあって、伯母が使うのか、誰かほかの人のものかわからない。
寅さんのお母さんもいる、家に帰りたいという。
それなら連れて帰ってあげないとなぁと思いながら
頭の片隅で、あれ?お義母さんはもう亡くなってるんじゃなかったっけ?
そんなことも考えている。
伯母だって亡くなってるのだけど、そのことには気づいていない。

みんなあっちに行ってしまって、会えるとしたらこんなふうに夢の中だけだ。
母がなくなったあとは、夢でもいいから会いたいとよく思ったけれど、
ずいぶん長いあいだ母の夢は見なかったと思う。
ここ最近義母や伯母のことを考えていたわけじゃないのに、
こんなふうに夢をみる。
夢は不思議だ。

最近訃報があいつぐ。
ことに北の方々から。
心からご冥福を祈ります。
だんなさまをなくされた、なすびちゃん。
ゆるくないね。
身体にきをつけて。
by sarakosara | 2013-02-01 19:52 |

夢でもし逢えたら

昨日の朝、5時半頃、一度目覚めて、それからまた眠った。
そして夢をみた。
小さなスマを膝に抱いている。
もうひとり、向かいに大人のスマが座っていた。
そのそばにもうひとり、スマの大学の友人だろうか
一生懸命卒論を書いていた。
私は小さなスマに、お兄さんの邪魔しちゃだめよ、そう言いきかせている。

そこはどこか昔風の下宿屋さんみたいなところ。
襖を開けると廊下を隔てた向かいにもうひとつ部屋がある。
そこにいたのは、ゆゆちゃん。
私はパジャマみたいなジャージ姿。
こんな格好のまま来ちゃったけれど、ゆゆちゃんだからいいよね、
元気にしてる?
そんなことをしばらく座り込んで話した。

凛君も、毎日花びらを一枚ずつ届けてくれるんですよ。
床を見ると、ピンク色した小さな細長い花びらが
いくつもきれいに並んでいた。
ゆゆちゃんが微笑む。

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そんなとりとめのない夢。
まだ会ったこともないゆゆちゃんに夢で会えた。



ゆゆちゃん、大宮の思い出をありがとう。
あの町で愛情を育んだゆゆちゃんと、水差しのぶーちゃんのこと
とても身近に感じ、
その頃のことを微笑ましく想いました。

andymoriの「光」買ってきいています。
ゆゆちゃんの思い出の大宮は私の思い出にリンクし、
andymoriで、ゆゆちゃんや、凛君にリンクしていく。
ブログを書いていたからこそ、こうしてつながることができる
伝えることもできるんだね。

6月17日の朝に見た夢で思ったこと。




by sarakosara | 2012-06-18 19:26 |

花束

夢を見た。
お彼岸が近いからなのか、母と祖母のお墓のあるお寺の近く。
花屋さんで、花束を買っている。
ひとつは黄色い花束、ひとつは紫の花束。
濃淡とりあわせて春の色だ。
一束670円、お墓はひとつずつ別だから、
一対ずつ買わなくてはならないのだけれど
もうじきお彼岸でまた来るからそれぞれに一つ買えばいいだろうと思う。

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いつのまにか隣に母が一緒にいて、
お寺にあがる坂道の途中で食事をしようと言う。
ああ、あそこねと、私もうなづくけれど、
今思い返せばその店はお寺へ続く坂道にはない。

生前母が時々連れていってくれたおでん屋さん。
小さなお店でお茶の水にあった。
おでんの盛り合わせと茶飯がついたお昼の定食。
母の仕事について行った日に、
お昼に行こっか、と
母に連れられて二三度行ったことがあった。

茶飯、炊き込みご飯とちょっと違うけれど、美味しくて、
その時に初めて茶飯というご飯を知った。
その店が懐かしくて記憶を頼りにお茶の水で探したことがあったが、
たしかここにという場所にはどうしてもみつからなかった。
もうずいぶん昔に閉じてしまったのかもしれない。
あるいは私の記憶違いかもしれないが。

その店が夢に出てきたのだ。
食事をしながらだったのか、
「三日間くらい思い切り眠りたいな」
と言うと
「お母さんも」
と、母が言って、二人で笑った。

20日は、母と祖母のお墓参りに行ってくるつもり。
寅さんの両親のお墓はお中日は道が混むので、いつも4月の桜の頃に行く。

三日間くらい思い切り寝かせてあげたいのは、実はミコ。
昨日異動の内示がありました。
桃の節句の頃には卒業生の謝恩会で、きれいな花束をもらってきました。
送り送られる季節。
今は成績つけと学校に保存する児童ひとりひとりの報告書作成で
毎晩10時半頃帰宅、ここ何週間も土日の休みもない日々。
ゆ〜っくり一日休ませてあげたい。
by sarakosara | 2012-03-17 17:19 | | Comments(22)

アカシア

法事の帰り道だろうか、気持ちのいい季節の夕方
みんなそろって、ミコもいる、寅さんの妹家族もいる。
話しながら歩いていると
大きな木に、白い小さな花がいっぱい咲いていた。
その木の下に行くと、微かな雨粒のようなものが降っている。

ああ、これがアカシアの雨っていうのね。
アカシアの木も花も知らないのに、みんなでそんなことを言いながら、その木をみあげた。
木の蜜のようなものかもしれないけれど、
どこか爽やかな気持ちになる微かな雨粒みたいな感じ。

それから何台かの車に分乗して帰路に。
私は家の車にミコの運転で。
途中、家の近くを流れる大きな河にかかる長い橋を渡りながら、西の空をみると、
富士山の上に、雲がうっすらとかかったまるい月が見えた。
きれいだなぁと思ってミコにも教える。
でもなんだか不思議な感じと違和感。
目が覚めてから気づいたこと、
西の空に夕方の満月はないのじゃないかということ、
それが東の空ならしっくりしたのかもしれない。

橋の上をランニングしている少年野球チームの子供たち。
車道を走っているので、ミコに気をつけてね、という。
そういえば運転がとても上手になっているけれど、アメリカでも運転していたの?ときくと。
無理無理とミコ。
そっか、それにしちゃ前よりも上手になってるくらい。
車は快適に、ゆるい坂道を走っていく。

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朝寝坊をした日などの朝方の夢はけっこう鮮明におぼえている。
夢ってどうやって見るのだろう。
ちょっと象徴的な不思議な夢はこうして書いておきたくなる。
夢再生機なんてものがあったら楽しいのになぁと思うこともある。
by sarakosara | 2011-05-28 07:21 | | Comments(6)

ある文庫本の中

今朝方見た夢。
印象的だったので、忘れないうちに。

私は本屋で本をみていました。
文庫本の棚で特別なあてもなく、本をとっては返し、とっては返し。
と、背表紙に「あの時の空」という本があって、
ぱらぱらとめくってみると
それはモノクロの写真と一緒に、作者が自分の思い出を語っているものでした。
なんとなく心ひかれて、立ち読み。
中にわりと我が家から近い地名の場所があり、
川沿いのベンチに寝転がって見た空と、
そこからどう繋がっているのか、その人が子供だった頃の思い出が書かれていました。
題名は「人生最高の夏だった」
書かれていたのは、その人が子供の頃過ごしたある夏休みの日のこと。

そこは切通しのようになった坂道、
その向こうには青い海。
いつの間にか文章や写真が映像になって
そしていつのまにか、私もそこで一緒に歩いているような感じ。

お父さんらしい男の人とお姉ちゃんだと思われる女の子、
そして子供の頃の著者であろう男の子。
海水浴の帰り道らしい。
みんな心地いい疲れが顔に出て、でも幸せそう。
ポツポツとおしゃべりしながらの帰り道なのだろう、
何か話しながら、女の子が、「ねぇ、お母さん」と、振り返ると
そこにいたのは別の家族の母親でした。

女の子は、顔を赤らめて、間違えてしまいました、というように少し会釈しながら
あれ?お母さんは?というように後ろを目で探す。
お父さんと、男の子も一緒に後ろを振り向く。

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すると、遠く坂の下、海の方からお母さんが駆けて来るのが見えた。
ふっくらと太っているけれど、
スカーフで髪をたばね、日焼けした顔には健康そうな、はじけんばかりの笑顔。
最初に空をみて寝転んでいた男の人によく似てる、美しい人だなあと思いました。
家族の顔もパッと明るくなります。
お母さん、後ろにいると思ったのにどうしちゃったのよ~と、女の子。
ごめん、ごめん、と手を振っている。

母親の後ろに見える海が、きらきらと輝いてみえる。
一緒にいる私も、その人の思い出の中で、一緒に幸せな気持ちになった。

ただ、そんな夢。
目覚める直前だったので、起きてよくおぼえていました。
なのですぐキーワードだけメモしておいた夢。
by sarakosara | 2011-02-14 08:37 |

スヌーズ

以前から愛用してきた目覚まし時計が壊れたのは、もうだいぶ前のこと、
また気に入ったものが欲しいと思いつつ
とりあえずと買った100円均一の500円の目覚まし時計♪
ついていてほしかったスヌーズ機能があるし、おまけにスヌーズボタンを押すとライトまでつく。
結局そのまま使い続けています。
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私は起きなくちゃならない限度時刻のおよそ15分前に目覚ましを合わせて
5分ごとに鳴るスヌーズ機能を活かし、
三回目に鳴ったときにはじめて目覚ましを止めて起きます。
職場の友達にいわせると、ギリギリまでちゃんと眠っていたい
自分は起きるその時間に鳴ってくれればいいのだからスヌーズはいらないと言うのだけど
私の場合は、あと、5分、あと5分という至福の時間がなんともいえず、
しだに起きるぞという身体の準備もできてくるような気がしています。

そして、それは昨日の朝のこと。
いつものように三回目の目覚ましの音で、さぁ、起きるぞと目覚ましを止めようとしたのだけど
どうしても音が鳴り止みません。
あせって、あれこれいじってもぜんぜんだめ。
隣に寝ている寅さんも起こしてしまい、どうしたの?と。
これ止まらなくなっちゃった、どうしよう、やっぱり500円だもんなあと、私。
もう電池取るしかないんじゃないの?と、寅さん。
そうだね、やんなっちゃう。
そう言いながら電池を取ったのですが、まだ鳴り止みません。
うっそ~
どうしよう、鳴り止まないよ~~ うっそ~
ほとほと困り果てたその時、遠くから声がしました。


「目覚まし鳴ってるよ、止めてよ」
と、寅さんの声。
だからあ・・
えっ?
その時、ガバッと目が覚めました。
夢だった!
二回スヌーズをとめた時は、たしかに目覚めていたのだけど
どうやら二回目と三回目の間の5分で爆睡してしまったみたいです。


こんなことは初めてのこと、
やれやれやれ、すっかり疲れてしまった目覚めでした。
by sarakosara | 2010-06-26 13:01 | | Comments(22)

あさきゆめみし

ゆっくり寝坊ができる週末は、夢を見ることも多く、
昨日の朝もよく覚えている夢を見ました。

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新聞のテレビ欄、同じ映画が民放二社で放送されることが載っていました。
何度かリメイクされている映画らしく、
時間差で放送される映画のタイトルは一緒。
だけど一方はカラーで、一方はモノクロ。
初めにみた映画はどこかに明るさがただよい、心地よく見終えました。
そして続いてみたもう一方の映画、
直前に放送された映画とはタイトルも内容も一緒なのに、
画面全体に流れる少し重くて暗い雰囲気。
それはただ単にモノクロ映画というだけではなさそう。

けれど知らずに画面に引き寄せられ、いつしか映画の中に入り込んでいました。
ひとりの女とひとりの男、
その女性は芸妓さんなのか、素人の女の子には見えず、
なぜかわけありな様子で旅の途中なのです。

目覚めてから思い出したのが、水上勉の「はなれ瞽女おりん」
日本海に面した暗いけれど懐かしいような風景が浮かびます。
そしてもうひとつ思い出したのが、なぜか昔のドラマ「夢千代日記」
やはり山陰の海に打ち寄せる波。

何の因果で 貝殻こぎなろうた
カワイヤノー カワイヤノー
色は黒なる 身はやせる


初回の放送はもう30年ほど前になるけれど、この貝殻節が印象的で
可愛いやの~可愛いやの~
のフレーズが好きで、
少し哀調をおびたメロディーが忘れられません。



夢の中、題名もわからない映画の中に入り込みながら
「昔この役は秋吉久美子が演ったよね」
私は誰かに同意を求めているけれど
誰も詳しいことは答えてくれない。
やるせないような、切ないような、いつしか主人公の女性に自分がなったような
すぐそばで傍観しているような。
ざぶん、ざぶんと波の音がしそうな夢。
二人の行方がどうなったかもわからないまま目が覚めました。
by sarakosara | 2010-05-24 07:20 | | Comments(4)