カテゴリ:読んで思ったこと( 7 )

abさんご

芥川賞史上最高齢の受賞ということだけで
いったいどんな作品なのだろうと。
題名からも内容は推測もできず、興味はふくらむばかり。
図書館の予約を待つのももどかしく、
先入観も持ちたくなかったので、内容、評論などほとんど読まずに
近くの書店で発売されるのを心待ちにしていた一月末。

人称代名詞がなく、カタカナはなく、会話体もなく、固有名詞もほとんどなく
文章の多くが平仮名の横書き。
予備知識も無かったので、開いたページは
一見、絵の無い小学校低学年向けの文章のようにみえました。
読んでみると、最初は意味不明。
文字の区切りや、脈絡、時系列もとびとび。
登場人物の名前はおろか、性別もわからない。
何度か同じページを読み返すことも。
しかし、根気よく読んでいると、
しだいに枕草子でも読んでいるような快いリズムや、謎解きのような楽しさも。
さらにじっくり読んでいると、物語の世界がみえてきて、
美しい文章と表現に引き込まれていました。

固有名詞を使わないという部分で面白いなぁという表現がいくつもありました。
たとえば、盆提灯。たとえば、柳行李。

そんなものが、独特の表現で書かれていて、悪く言えば回りくどいのだけれど
それらをよく知って、自身にも思い出がある私などが読むと
あ、これは盆提灯のことだ。と、わかる。
蚊帳のことが書かれた箇所も、
その入り方から、垂れ下がった生地に足を伸ばして蹴り上げる様子、
また蚊帳をその年初めて吊るす時の高揚感、
そして秋風がたって、はずす季節になった時の清しさ。

そう考えると、ある程度の年齢がいった人間にしかわからない世界なのか。
それとも、そもそも蚊帳や、柳行李というものを知らない世代にこそ
そんな独特の表現によってのほうが感じられやすいのか。
ミコが貸してと言っていたので、読後感を訊いてみたいものだと思います。

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ただ、私が物語の世界に引き込まれた大きな理由がひとつあって、
それは父を亡くしたばかりの今の私にあまりにタイムリーだったこと。
作者と私の感じ方に重なる部分が多く、
ひとりっ子の世界観も理解しやすく、
幼い頃の父親と娘の蜜月のような時間も、また。

父は私を連れてよく散歩に行きました。
男の子のように、昆虫採集や魚釣り、川遊び、
母が作ったおにぎりを持って土手を何キロも歩いたり、
途中で雨に降られて雨宿りしたり、花摘みをしたり。
父は小さな私を飽きさせることなく、
その頃の私は父さえいれば、怖いものはないとさえ思っていました。

父と私の蜜月は人生で二度あったと思っています。
生まれてから中学にあがるまでの頃と、晩年の数年。

その二回の蜜月のはざまは、父を激しく否定する時期、
それを経て大人になったけれど、母が死んだのは父のせいと
心の片隅で父を責めている自分がどこかにいました。
晩年になって、やっと父の立場、
つらさ、淋しさを理解することができるようになり、
言葉を変えれば、父の老いをひしひしと感じて
はじめて父の気持ちを汲みとることができた。

物語の最後のひとこま。
それは父娘の甘く切ない情景であり、とても印象的です。
この物語が芥川賞をとったことへの評価は正直わからないけれど、
少なくとも私にとっては、
この時期にこの作品が芥川賞をとったことに感謝しました。

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by sarakosara | 2013-02-23 21:41 | 読んで思ったこと | Comments(16)

さっこちゃんの桜

咲子さん、2005年4月12日の記事からの抜粋。

桜という花はそんなに好きとも思わないけれど、期間が短いから気が急いて毎年きちんと見に行くので節目を感じる。行けないなら行かないままで、惜しいこともないのだけれど、見れば背筋がしゃんとする。初詣より、よほど気持ちが正される気がします。ずっと学校暦で暮らしているからかしらとも思っていたけれど、そうじゃないことに今回気づいた。

私は季節の移ろいというものを自覚したのが、桜の木の下でだったのです。もっと簡単にいうと、時間の流れが存在することに初めて気づいた瞬間ということだけど。


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それから、小さな頃、一緒に暮らしていた祖母と
毎年桜の頃になると家の裏山の桜の下にござを敷いて
よくお昼ご飯を食べたことが書かれている。

ある日いつものように食事が終わっておばあちゃんがお茶を注いでくれている時に私がふと立ち上がったら、丘の下から私の足下に向かって大きくぶわりと風が吹いて、あたり一面に桜の花びらが舞い上がった。それはもう視界一面が薄ピンク色に染まる花の風。
そして風が消えて花びらの大群がゆっくり地面に降りていった時に、私は去年も桜を見たことを理解した。同じピンクを。正確にいうと、去年もその前の年にも桜が咲いたことがわかった。そしてそれが散って、葉桜になって、赤い実が成って、葉が落ちて、枝だけになった桜の木に雪が積もること。その枝が芽吹いて花の季節が来ること。それが何度も何度も何度も繰り返されて、自分が見ているのはその流れの中のほんの一部だということも(さすがに自分が死んだあとのことにまでは思いが及ばなかったけれど)。
中略
その時は時間とか空間とか意識という言葉を語彙として持っていないから、それはもう感覚としか言いようがない。今その時の感覚を思い出して言葉に直したらこういうふうになるけれど、正確にはやはり置き換えられなくて、よくわからない文章になったけれど、とにかくそういうことがありました。ということを今年の桜の下で花を見上げて思い出したんだった。



そのことに初めて、本人いわく、ぽんと気づいた桜が彼女の最後の桜になった。
その年の秋、まだ桜の葉が色づく前に、悲しい事故に遭遇した。
今のミコとちょうど同じ24歳になって間もなくのことだった。

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巻末にお母さんが書かれた言葉があった。
しっかりものの咲子さんは、二人の弟の面倒をそれはよく見てくれてこと、
ずっと仕事を持っていた自分よりもはるかに弟たちにかかわり様子を見てくれた。
まだ幼いにもかかわらず、それはずっと年上のお姉さんであり、自分はそんな咲子を抱きしめることもわがままを言わせることも忘れてしまったと。
咲子はしだいに何でも自分で決めて自分でやっていく子に育ってしまった、それをまた自分は自立したスマートな娘と思い込んでいた。
けれど咲子はいつもさみしかった「どうして私にやさしくしてくれなかったの」と、大学生になってぽつりとこぼしたことがある。
と、書かれている。
お母さんの後悔と胸の内、涙がこぼれる。

ブログの記事の中には明るいお母さんのことも書かれている。
二人の弟のことも出てくる。
彼女の後を追うように上京して同じ大学に進んだ上の弟、
壮平君のことは度々出てくる。

渋谷にて弟のライブを観る。なんちゅうか、かわいい。素直な子やなあ‥と思う。そして色々試したい年頃なのだろうなと。私はギターが弾けないのでアドバイスのしようもないんだけど。
歌に限っていうと上手でした。好き嫌いはあるだろうが伸びがあって良い声をしてると思う。酒や煙草でつぶすなよ。


また、壮平君もお姉さんのことをいくつかの歌の中に書き、歌っている。
まだお姉さんのことを知る前から、
壮平君の歌詞には素朴なロックの心地よさの中に、
どことなく無常観のようなものがあるなあと感じていたのだけど
後にお姉さんの悲しい事故のことを知り、あ、そうだったのかと、
勝手な思い込みかもしれないけれど、すとんと腑に落ちるところがあった。

でも不思議と哀しみや無常観だけではない光、
かならず救いがある、そしてやさしい。
一見なげやりみたいでいながら、大丈夫だよと言ってくれる。
それは痛みを知ったものだけが持てるやさしさのようなもの。
咲子さんの書く文章からも感じられる、
希望をもって、えいやっと飛び出す力。
壮平君も、咲子さんから受け取ったそんな希望を歌いたいのかなと思う。

読み物としての読み応えがどれくらいあるかといえば
それは読み手によって違うだろう。
もともと読み物として書かれたわけでもないし、
ブログの記事を本にされて、彼女がどう思っているのかも今となってはわからない。
でも、いずれは出版の仕事、
あるいは書くことに携わっていきたいと考えていた彼女の意思を
こんな形で残したいとのご家族の思いだったのだろう。
作り事ではない日々の言葉がまっすぐ届く。

咲子さんが、友達のいる信州でラベンダーの花摘みを手伝う最後の夏。
親友のお母さんから、さっこちゃんと呼ばれて
家族一同と楽しい夏のひとときを過ごした様子が書かれている。

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ほんと、「さっこちゃん」と、私も呼びたくなるような
そんな女の子。
迷いながらもこれからの夢や希望をかたり、社会を考え、恋もし、
勉強もし、旅もし、憤り、泣き、笑い
駆け抜けていった、さっこちゃん。
よく、太く短く生きたなんて言葉があるけれど、
さっこちゃんが長生きしていたとしても、太く生きていたのだろうなと思う。
私の住む町の桜は、もうそろそろ葉桜だ。
by sarakosara | 2012-04-14 23:51 | 読んで思ったこと

えいやっ!と飛び出すあの一瞬を愛してる

今日から通常のお仕事再開。
今年度、今までのパート待遇から、嘱託職員になり、
念願のというか、やっとやっと有給休暇もできました。
はぁ、苦節?12年。
さぁがんばろうと。現金な私。

そんな今日は短い春休み中に読んだ一冊から。

なんでも好きになると、とことん知りたくなってしまう性分。
2月に記事にしたandymoriの小山田壮平君のこと、
彼の書く詞が好きで色々調べていた。
そして、彼にお姉さんがいることも知った。
同じく書くことの好きな文才にあふれた女性だったらしい。
なぜに過去形かというと、彼女は2005年に24歳の若さで亡くなっているからだ。

旅が大好きで、最期になってしまったのも旅先。
アルゼンチンのカラファテというところで、
冒険家で写真家である当時の恋人の運転する車が横転し、
同乗していた彼女だけが命を落としてしまった。
小山田咲子さんのことは、こちらに要約して書かれてある。

そんな咲子さんが綴っていたブログの記事をご両親がまとめられた本があると知り、
どうしても読んでみたくなった。
「えいやっ!と飛び出すあの一瞬を愛してる」
この題名も記事からの一節だ。

巻頭の写真、まっすぐ見つめる眼差しに射抜かれる。

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早稲田大学在学中の2002年から、亡くなる2005年までの三年間のこと。
ぜんぶで500編くらいある記事から190編あまりを抜粋して本にまとめられている。
まだ二十歳を超えて間もない若い彼女の綴る言葉、
私からしたら正直言って若いなぁと微笑ましくもあり、
ふふふ甘いなあと思うこともある。
けれど、きゅんと胸が痛むようなほろ苦いような甘酸っぱいような気持ちも感じる。
それはたぶん自分のその頃がよみがえるから。
彼女ほどの感受性はなかったにしても、
私もやはり書くことが好きな女の子だった。
世の中の矛盾や、自分というもの、恋のこと、むちゃくちゃ自意識過剰で、
けれど真摯で、またいい加減で、
そんな混沌とした年頃。あの頃の自分が甦るのだ。

咲子さんは、色々なことに感度が高く興味をもっていた。
アルバイトしては世界中一人旅に出る。そこでまた新たなことを感じてくる。
当時から原発のこと、以前私が記事にした祝島のことも書かれてあった。
今彼女が健在であったなら何を感じ書いたのだろうか。
最後となったブログの記事を読み終わった時に、
ああ、もうこの人が書く新しい文章はどこを探しても読めないのだと、
ほんとうにさびしかった。

その中に、ちょうど今の時季、桜のことを書いた文章があった。

                                                                                     続く

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日曜日に寅さんとでかけた近所の土手の桜。
by sarakosara | 2012-04-11 23:56 | 読んで思ったこと

【宮崎野菜で東北支援】「野菜サポーター」

震災から3ヶ月。
毎日の仕事や日々におわれて、いまだ避難所生活の方々が9万人もいることも
ついついどこかに忘れてしまうこともあります。
先週の新聞には避難所「自助も限界」と書かれていました。
自警団を作って防犯に努めたり、
食中毒防止のためにどうしても揚げ物類が多くなってしまう弁当などに不足しがちな野菜、
自分達で山に山菜取りに行って、栄養バランスをとったり。
でも暑くなってきた避難所、ハエや蚊の発生も深刻化しているようです。

そんなときに、ちょっといい話をみつけました。
【宮崎野菜で東北支援】「野菜サポーター」募集!
今回の大震災の起きる前の一月に、宮崎県でも新燃岳が噴火して
大きな被害がありました。
それ以来、宮崎の野菜も風評とか、
火山灰をかぶって売り物にできないものが出ているとのこと。
野菜としては何ら問題のないものもたくさんあると。
でもそれが売れない。
そんな二つの被災地をつなぐ、ネットワークができ、活動しているそうなのです。

なかなか売れない宮崎の野菜を買い取って、東北の被災地に送る
そんな「野菜サポーター」を募集しているというのです。
ひとつの負担が、二つの被災地の役に立つ。
こんな嬉しい話なんです。

で、この活動を続けてきたある女性。
送ってはいるものの、果たしてほんとうに役立っているのだろうかと、
ありがた迷惑になっていないかと不安になり、
このあいだ被災地を訪れて、実際に野菜が使われている状況を見てきたそうです。
その野菜を喜んでくれている被災地の方々をみて、ほっとしたと、よかったと言っていました。

義捐金が中に浮いてしまって、
なかなか被災者の方々に行き渡っていない現実も報道されています。
そんな中、こんな民間の小さな力が頑張っています。

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地震のあった時間に止まってしまった時計。
昨年なくなった伯母のお香典返しに選んだ品、届いたのが3月初め、
あっという間に壊してしまったかと思ったけれど、
電池が飛んで止まっているだけで、無事でした。

でも、だんだん遠くなっている日々がある。
ありがたいな、申し訳ないなの、ジャムの小瓶も同じ。
あ、と思っている自分がいます。
ジャムの小瓶のささやかなお金、
今回は1口3000円の「野菜サポーター」にしてみようかなと思っています。
by sarakosara | 2011-06-12 12:31 | 読んで思ったこと

千羽鶴飛ばそう

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被災者の方々への支援、色々な形や方法があると思うのですが
今私達ができるいちばん身近で簡単なことはやはりとりあえず募金だと思うのです。
必要なものをそろえたり、これからの復興にもいくらお金があっても足りないでしょう。
だけど、いざ義援金と思ってもなかなか手軽にできるところが少ない、
郵便局や銀行に行くのはちょっと面倒、ネットからというのもイマイチわからない、
でもなるべく役立ててもらえるところへと思っているときに、こんな方法もあります。
お友達のツィッターにのっていて、あ、いいなと思ったこと。
もし近所にコンビニのファミリーマートがあれば、
ほんとうに簡単に日本赤十字社に募金ができる方法です。

それを呼びかけたのはグラビアアイドル・女優としても活躍している女性タレント多田あさみさん、
千円札に描かれている鶴を「千羽鶴」にたとえ、「今、本当に必要な鶴を被災地へ」と綴っています。

「一人じゃこの千羽鶴はできませんがみんなで力を合わせればきっと千羽以上になるはず。もちろん、鶴より小さい小鳥でもいいし、余裕のある方は諭吉さんのお供の朱雀だか鳳凰を飛ばすのもいいと思います。大人の千羽鶴始めましょ」(多田あさみさん公式ブログより引用)

多田あさみさんのブログ記事
こちらに写真入りで募金の仕方が書かれています。
http://ameblo.jp/tada-asami/entry-10830603917.html


いいなと思ったけれど、ほんとうに簡単なのか
実際今日ファミリーマートに行ってみました。
あさみさんのブログの記事のとおり、実に簡単、
私の行ったお店でもATMのすぐ右隣に緑色のFamiポートという機械があり
指でタッチしていくだけで、ものの2分もかかりませんでした。
出てきたレシート状の紙をレジに持っていって、自分が申し込んだ募金額を払えば終了。
お年寄りには少し難しいでしょうが、
ふだんATMなどを使っている方には難なくこなせるものと思います。
ただし匿名の募金なので、税金控除のための領収書とかはありませんが
東北関東大震災義捐金と入った受付票が
日本赤十字社からの受領証としてもらえます。

千円札で鶴が一羽、二枚でツガイ、三枚で親子連れです、鶴さんの団体でもいいし、
みんなで鶴を飛ばしませんか?
by sarakosara | 2011-03-17 15:27 | 読んで思ったこと

シズコさんを読んで

佐野洋子さんの書かれた、「シズコさん」を読みました。
私にとって今はきれいな思い出ばかりになってしまった30年も前になくなった母、
それゆえか、私にはあまりお勧めできないと読んだ友達が心配してくれたけれど、
読まないほうがいいと言われると、天邪鬼なせいか、がぜん読みたくなってしまう性分です。

シズコさん (新潮文庫)

佐野 洋子 / 新潮社



いっきに読みました。
とても切なかったけれど、思いのほか淡々と読めました。
予備知識があったせいなのかとも思ったのですが、
たぶん母との思い出が大人になってから無いせいなのではないかとも思います。

母がなくなった時私は21歳でした。
21歳といえば、もう大人の仲間入りなのですが、当時の私は未熟で幼くて、
母にはあくまでも母であってくれと要求していたのだと思うし
母もまた私のそんな要求に自然に応えてくれていたのだと思います。
でも母とて生身の人間、今の私とたいして違わない年齢、
一家の家計を担って、ぎりぎりのところに立って休まず働いた、
倒れて四日でなくなってしまった日々の中では
どんなにか葛藤も迷いもあったろうなと思うと、
それをきいてあげられなかった、甘えるばかりだった自分の未熟を思います。

でも今思えば、甘えてばかりだったということは、甘えさせてもらっていたということなのです。
母を失った悲しみははかり知れなかったけれど、その時に私は思いました。
きっと人が一生かかって母親に甘える分を私は21年間で受けたのだと。
だから寂しくても悲しくても、その愛された記憶が私を守り強くしてくれたと思っています。
しかし子供が母親に甘えるということは、
あたりまえのことのようで、実はあたりまえに与えられることではないのかもしれません。
そのことを思うにつけ、シズコさんの娘である、洋子さんが不憫になるのです。
子供はいつだって、母親に認めてもらいたい、
あなたが大事よと振り向いてもらいたくて、健気に立ち居振舞う。
4歳の時につなごうと思って差し出した手を、
チッと舌打ちして振り払われてからというもの、母の手の感触がなかったという洋子さん。
それなのに、愛されないのは自分が悪いのだと子供は自分を責める。
大人になってからの洋子さんは、表面上はそんな母に邪険にあたりながらも
ほんとは母を愛せない自分を責めるのです。
それがシズコさんが呆けてから、母と娘の再生が起きる。

「母さん」と呼びかけるとびくっとする。そして焦点の定まらない目で、「誰?」と云う。
もう私がわかならないのか、「洋子よ、洋子」と大きな声で叫ぶと
いつもぼんやりしている黒目が、パァーと喜びに輝く様な気がした。
「まあ洋子なの」
妹が行っても同じだったかもしれない。
でも母は特別私だけに黒目を光らせるのかもしれないとどこかで私は思うのだった。


いくつになっても子供は「私だけ」の特別の母を恋うているのかもしれない。
一緒のベッドに入って、母のふとんをとんとんとしながら子守唄を歌う、
母さんも洋子さんのふとんをとんとんしながら歌う、
いつか洋子さんは母さんの白い髪の頭をなでていました。
この時に、何十年も閉じたままだった心の蓋がはずれ
いっきに氷がとけ、互いの赦しのときがおとずれる、
60代になった娘と80代になり呆けた母が、
幼い子供と若い母親のように抱きしめあうことができた。
子供は「ごめんね母さんごめんね」と謝る。
母は「私の方こそごめんなさい、あんたが悪いんじゃないのよ」
何十年も凍り付いていた心が一瞬で融ける瞬間。
もしシズコさんが呆けなかったら、この瞬間は訪れなかったかもしれない、
人生とはかくも皮肉で、かくも愛おしい、ほんとうに不思議なものだと思います。

私は年老いた母親を知りません。
だからなのか、このお話の場面でも私は娘よりも母親の視点になっています。
呆けてどんどん素に清らかになっていくシズコさんも切ないけれど、
ずっと母に抱かれずにいたのに、それでも自分が悪かったと
ごめんと謝る洋子さんがふびんでした。
私にも年老いた母がいたら、どんな今があったのでしょう、
老いた母がなく、生まれた時から母をひとりじめして愛されてきた私には
それゆえかもう一歩最後のところで感情移入ができなかったのが正直な読後感でした。

あとがきで、内田春菊さんがまさに書いておられます。

そんな佐野さんの言葉に皆が助けられ。励まされ、自分が生身だってことをしっかり思い出し、涙を流す。涙を沢山流すのは、とっても体と心にいい。本気で感情移入して流す涙ほどいいそうである。佐野さんはその作品で皆を治療している。

この共感こそが、
もしかしたら、友達が私には勧めないと言った訳だったのかもしれないとも思いました。

それでもやっぱり読んでよかった。
いっきに読み終えたこの作品は、
洋子さんの生身の声、正直な気持ちの記録として素晴らしいものだと思います。
洋子さんも昨年11月に他界されました。
お母さんと洋子さん、互いの生前に気持ちが通いあう時が訪れたこと
ほんとうによかったと思います。

百人の母娘がいれば、百通りのそのあり方があるはず。
娘として、また母として立ち止まった時に手にすれば
洋子さんの想いが心に重なり、癒され涙がこぼれるのだと思います。
by sarakosara | 2011-03-11 11:30 | 読んで思ったこと

夢中

昨日の記事を書いてから、もうひとつ思い出したことがありました。
それはTちゃんの家で誕生会があった時のこと、
みんなでおばさんの心づくしをいただいてから遊びだした時
Tちゃんの本棚にかねてから読みたいとずっと気になっていた本をみつけました。
その本は「ももいろのきりん」

ももいろのきりん (福音館創作童話シリーズ)

中川 李枝子 / 福音館書店


学級文庫に置いてあって、可愛い表紙にひかれ
読もう読もうと思いながらまだだった本。
その本を手に取って読むうちにすっかり夢中になってしまったのです。
まわりでぐるぐる遊びまわる友達の中に座ったままずっと読みふけり
みんなと遊ばず本に夢中の私を気にかけたおばさんが
「そんなに気に入ったら貸してあげるからおうちで読んだら」
そう声をかけてくれたような気がします。
しかしそんなことを言われても私はお構いなし、とうとう最後まで読み終えました。
母も後からTちゃんのお母さんにこの時の話をきかされたようで
ふたりで笑ったのよと話していたのをおぼえています。

けっきょく自分では持っていなかったので、主人公の女の子の名がるる子だったことや、
折り紙で作られたきりんの名がきりかだったことはおろか
その話がどんな内容だったのかも忘れてしまっていました。
でもTちゃんのことでふっと思い出したこの本、
きっといっきに夢中になって読ませるほど、
子供心をひきつける魅力に満ちた本だったのだと思います。

夢中になって読むといえば「1Q84」のBOOK 3が出ました。
BOOK 1と、BOOK 2は、息子のスマが友達から借りてきて読み
私もそれを借りて読んだのですが、今回はスマが買いに走りました。
昨日は帰ってこなかったので私はまだ見ていないのだけど
きっと部室に泊まって読みふけっているはず、夢中になっているはずです。
BOOK 1と、BOOK 2を読んだ知り合いの感想は二つに分かれ
難解で頭が痛くなりそうだったとか、意味不明だという人と
もう一方は、はまってしまったという人。
私は最初に少し違和感を感じたものの、どちらかというとはまってしまったほう。
これからどんな展開をみせるのか
そして作者がここに込めた意味はなんだろうと
もう少し読み進めながら自分なりに考えてみるのも楽しいことと思っています。
今読書中の一冊も生き生きとした主人公の魅力に引き込まれています、
その本のことはまたいつか。
by sarakosara | 2010-04-17 11:28 | 読んで思ったこと | Comments(12)