カテゴリ:旅( 80 )

スマとの夜

Mちゃんと別れてからスマにすぐ連絡。
鍵を持って迎えに行くと聞いていたので
これから東山に向かうのでよろしくと。
ところがなかなか既読にならない
夕方は研究室からいったん出られると言っていたのに。
合鍵は持っていないので部屋に入れず
もう一度「おーい」と大声で。

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やっと連絡に気がついてくれて、無事にスマの部屋へ。
少し話してから
晩ご飯は近所に出かけて一緒にしようということで
スマは再び研究室に戻って行った。

好きに過ごしていてよ
近所を歩いてきてもいいんじゃない?
そうスマに言われていたので
まずはトイレと思って入ったら
あらやだ、掃除できてない。

部屋の掃除機だけはかけておいたよと言っていたけれど、
お風呂場も今ひとつな感じ。
私も泊まらせてもらうわけだし、ささっと掃除しちゃおうと。

となると、足りないものがあれこれ。
すぐ近所にスーパーがあるので買い出し。
翌朝の朝食やらなんだかんだ買って
トイレ掃除、風呂掃除、洗い物。

まぁ男の子の一人暮らし、
毎晩深夜まで研究室だというし
我が家の近くのミコのように
具合が悪くても来てやれない距離。
たまにこれくらいのサービスはしてやらなくちゃと
つい甘くなってしまう。

ひととおり掃除も終えて腰を下ろして時計を見ると8時。
そろそろお腹が空いたなぁ
でも、急かしちゃかわいそう。
テーブルの上の「あすなろ白書」を読み始めた。
昔ドラマがあったっけと
面白くなってきた頃、スマから連絡、9時をまわっていた。

連れていってくれたのは、神宮丸太町にあるクウカイという居酒屋。
こじんまりとしていて居心地のいいお店。
食材や味付けにもやはり京都らしさが感じられる。


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食べたら研究室に戻ると言っていたので
ビール一杯だけねと二人で乾杯。
ところがお料理は美味しいし、お酒も美味しいし。
スマも、ああたまにはいいかなぁと
リラックスモード。
もう誰も研究室には残ってないというし
やり残しもあと少しだから明日の朝早く行くよというので
うん、たまにはいいじゃない
好きなもの食べなさいよ、とまた甘くなる。

高校生の頃は一緒に出かける用事があっても
わざわざ隣の車両に乗るくらい
母親といることに照れや抵抗があったのに
今はこうして二人でお酒を飲むことができる。

カマをかけてもけして話さなかった話も聞けて
遠距離恋愛をしている彼女のこともスマの方から話してくれた。
そしてこれからのこと
研究、就職、山積みの難問もあること
時に弱音も垣間見せながらも
この先取り組んでいきたいことなど
彼なりに真剣に考えているビジョンがあることも知ることができた。

こちらにきた当初、夏になるくらいまでは
生きているのかと、本気で心配したこともあった。
そんな一年もなんとか過ぎていこうとしている。

ほろ酔いで外に出ると
底冷えのする夜気に震えあがる。
繁華街からは少し離れているので
もうあたりはすっかりひっそりと暗い。

自転車を押すスマにバッグを預け
コートのフードをすっぽり被って
両手で襟元を抑えても、カタカタふるえそうなくらい寒い。
でも、こんなふうにスマと歩く夜もいいものだ。
遠く離れて暮らして
お互いに今までとは違う気持ちで向き合うこともできたような気がする。


by sarakosara | 2017-01-31 21:53 |

嵯峨野さやさや

竹林を通り抜けると、やがて嵐山のメインストリート。
Mちゃんのお薦めの甘味屋さんがあるというのでついて行ったのは
渡月橋にもほど近い
X cafe(イクスカフェ)というお店。

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旧豪邸をリノベーションしてあるらしく
石庭や緑の美しいお庭を見ながら甘味が楽しめる
とても雰囲気の良いところ。

色々魅惑的なメニューがあったものの
思いの外お腹がすいていなくて迷った末に
京黒ロールの抹茶味を二人で半分に。
黒い生地は竹墨が練りこんであるとのこと
もっちりした食感で、クリームも抹茶のほろ苦で美味しい。
これなら二つ一人でいけたかも。
また足を運んでみたいお店です。

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Mちゃんとは、6年前の春に
山口のKちゃんも一緒に三人で大阪で会う約束をしていました。
しかし、その直前に東日本大震災が起きて
我が町は計画停電もあったり
関東圏も少なからず影響があり
私がとても旅行に行ける気持ちじゃなくなってしまって
大阪を味わってもらおうと、あれこれ計画を立てていてくれたMちゃん
三人で会うのは初めて、と楽しみにしていてくれたKちゃんには
ほんとうに申し訳ないことをしてしまったと
それからも時々思うことがありました。

今回ももし叶うなら
山口のKちゃんにも声をかけてみようかなと思ったのだけれど
お嬢さんがお産で帰ってこられるという記事を見ていたので
それはまたの機会にして
まずは、せっかくひとり時間の取れる今回
Mちゃんに会えたらいいなと
思い切って誘ってみたのです。

「あの頃楽しかったね〜」
と、Mちゃん。
「うん、楽しかったね」
そう返事をしてから、Mちゃんの言う、あの頃を思い出していました。

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あの頃はブログに夢中だった。
時に現実の生活がなおざりになるくらいに
仕事から帰るとパソコンに向かって
みんなの記事に一喜一憂して。
感情移入しすぎて友達との距離もうまくとれず
正直言って、私には楽しかっただけではなく
ほろ苦い思いもいっぱい詰まっている時間でした。

遠くの国の友達の話も出ました。
ちょうどオバマ大統領が誕生した時だった
彼女の気持ちも浮き立っていたっけ。
あれから8年。
どうしているのかなぁと思う人達は他にも何人か。
そして、もっと遠くの国へ旅立ってしまった大切な人もいた。
色々なことが変わって
それぞれの今がある。

ちょうど偶然
その「あの頃」を共有していた
別の友人から、年賀の返事のメールが届いていたので
行きの新幹線から
これからMちゃんに会いに行くこと
嵯峨野を二人で歩くことを伝えると
よろしくと一緒に、懐かしい歌のことが書かれてありました。
それからしばらく、この歌が頭の中でくるくる。



もうブログを書かなくなってしまった方も多いけれど
今も変わらず、こうして語り合える存在でいてくれる友達に感謝。

スマのところへ行く路線を念入りに教えてもらい
これからもよろしくね、
また会いましょうと、さようなら。
ありがとう、トックン。




by sarakosara | 2017-01-22 16:17 |

あの日の景色

念仏寺からまた引き返し
もと来た分かれ道を今度は行きとは違う方へ。
そろそろお昼だねと、行き当たりばったり
惹かれる方へ。

寿楽庵、ここにしようか。
靴をぬいで板戸を開けると座敷にヤカンの乗った石油ストーブ。
ガラスの入った障子の向こうには庭が見えて。
知り合いのおばちゃんのお家に
お邪魔したかのようなほっこり落ち着く雰囲気の茶店。

二人とも、あつあつの鍋焼きうどんにしました。
お餅入り、具沢山。
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品のいいお店のおばちゃんが
地のレモンをいただいからレモン茶を作ったので
どうぞとサービスしてくださり
それから庭の方を指して、
このすぐ裏手に、寂聴さんの寂庵があるんですよ、
せっかくだから寄って行ったらと
これまた品のいい京言葉で教えてくれました。
ゆず茶ならぬ、レモン茶美味しゅうございました。

お薦めの寂庵さんをまわり
表札の瀬戸内というお名前に、おお、ここにいらっしゃるのかと感心し
嵯峨野の竹林方面へと向かう。

二尊院の山門に書かれた小倉山の文字を見ながら
百人一首より先に小倉大納言を思い出していたその時
Mちゃんが、
「あ、ここ!」と、指差した。
「ね、ここじゃない?」

左に折れると落柿舎がある曲がり角の向こうに
確かに私の記憶の中の風景が広がっていました。

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「そう、ここ、ここ!」
それにしても、Mちゃん、よく私の説明だけで
ここだとわかってくれて。
「やっぱり奈良じゃなかったのね」と喜んでくれた。

その時人力車のお兄さんがお客さんを乗せて立ち止まり
ここは数百年前から変わらぬ風景が広がっているのですよと
まるで私に伝えてくれているかのように話し、また走って行きました。

高校生の時に来た時は
反対にこちら側から念仏寺に向かったのでしょう。
なぜかこの道が印象的で記憶に焼き付いていたのです。
原っぱの向こうの茅葺き屋根が落柿舎。
その名のとおり、まだ柿の木には赤い実がいくつか残っている。
念仏寺をリクエストした一つの理由に
この風景をもう一度見てみたいという思いがあって
ほんとうに嬉しかった。
あの18歳の嵯峨野を追想することができました。

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嵯峨野の有名な竹林を通る頃は奥の道は
山の影になり仄暗くて、妖の世界。
二人一緒の写真を撮ってもらい
最後のお茶の時間。



by sarakosara | 2017-01-20 17:15 |

化野念仏寺

念仏寺、ここはかつて風葬の地だったとのこと
野ざらしになっていた遺体を
空海が供養したことがこの地の始まりだそうです。

京都には、鳥辺野(とりべの)、化野(あだしの)、蓮台野(れんだいや)という
三つの風葬地があったと言われており
化野のあだしとは、はかないとか、むなしいという意味があり
このあたりは、あだしなる野辺と言われていたのが
化野となったのだといいます。

西院の河原。

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儚いの変換をしていたら、
墓ないと出てきて、偶然とはいいながら
まさにお墓のない人たち野ざらしになった人たちの
供養のためにできた場所だったのだなと。

Mちゃんに聞いた話では
鳥葬という風習もあり、その場所もあったそうで
やはり野ざらしになった遺体を鳥がついばむ形で弔う。
これを酷いと思うのか
あるいは、自然に帰っていくととらえるのか。

今ではありえない形ではあるけれど
誰もがいつかはたどり着く死というもの。
そしてお墓というものへの考えを
あらためて思うものであり
互いに一人っ子のMちゃんと私。
親のお墓や仏壇の話
そしてやがて迎えるであろう自分の最期の時のことも
少し話しました。

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トーラナという鳥居の原型となった
日本でも珍しい三層の門が
仏舎利塔の前に建っています。
お寺に鳥居?と思ったのですが

トーラナがインドの仏教寺院やヒンドゥー教寺院にみられる門のことだそうで
それで納得というわけ。

本堂のそばに
こんな言葉が書かれていました。

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出典はわからないのですが
なかなか深くて面白い。
豆腐の美味しい嵯峨野ならではの例えなのでしょうか。
なかなか豆腐のような女人には程遠い我が身を
思い知るばかりだけれど
終わりの三行がいいなと。

豆腐の如く柔らかくてしかも形を崩さぬ
味がないようで味があり
平凡に見えて非凡

もう一つ、そのそばにこんな言葉も。
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俗世間つもり違い十ヶ条。
ああ、わかるわかる。
こちらは、すっとわかります。
煩悩は捨てきれないし
欲もまた。
生きていくって奥深いものです。



by sarakosara | 2017-01-16 19:49 |

念仏寺への道

京都駅からJRの在来線に乗り換えて降りたのは嵯峨嵐山駅。
そこから一緒に歩いたのはブログの旧友Mちゃん。

もうずいぶん前に初めて会った時、
歩き潰したという靴を片手に持っていて
びっくりしたり笑ったりしたのも懐かしいこと。
だから歩け、歩けはお手の物と思い
前もって、いくらでも歩きますよ〜と伝えてあった。
私のリクエストは化野念仏寺。

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穏やかに晴れ、そぞろ歩きにはもってこい。
道案内は任せたよと大船に乗ったつもりだったけれど
案外方向音痴なのよぉと言いながら
でも今はこれがあるからねとスマホ片手に笑うMちゃんについていきます。

平日、しかも化野は少し奥まったところにあるためか
観光客の姿もまばらで
うらうら静かな田舎道が続きます。
少し勾配があるのか
おしゃべりしながら歩くと、軽く息がきれる感じ。
私より少し年上のMちゃんは涼しい顔で颯爽と。
さすがテクテクのプロ。
聞けばハイキングのサークルに入ったのだけど
80代のお年寄りがそりゃぁ元気とのこと。

竹細工の店やおみやげ屋さんが並ぶ通りに出ると
現れたのは異様な姿の達磨さん。
ちょっとぎょっとする姿。眉毛でお目目もかくれているし。
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日本一の良縁ヒゲダルマとある。
お互いまだ独身の子がいるので
これはありがたくご利益にあずからねばと、お髭をなでなで。
good match of top of Japan と書いてある。
top of Japanにほんまかいな?と言ってはご利益はないでしょう。
お願いしますね、ダルマさん。

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まだ正月飾りのある鮎料理の店が数件並ぶあたりを通りすぎると
化野念仏寺への入り口が見えきました。

念仏寺はもう40年近く前
高校の卒業の時に
友達数人で卒業旅行に来たところ。
当時はanan nonnoが女の子に人気の雑誌で
アンノン族は雑誌片手に旅に出た
まさにそんな流行に乗って、この地を訪れたのだと思う。

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その時に念仏寺までの道で
とても印象に残っていたのが
開けた風景の中の田舎道。
田んぼでも畑でもない、そんな記憶があるのだが
念仏寺への道すがら、
その記憶の中の風景はなかった。

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Mちゃんも一緒に、ここら辺かしらと探してくれたけれど
どうも違う。
もしかしたら奈良だったのかも。
私の記憶も曖昧で自信がないし
風景も当時とは変わっただろう。
家もけっこう建ったのかもしれないしねとMちゃん。

果たしてその記憶の中の風景は見つかったのか。

続く


by sarakosara | 2017-01-16 18:25 |

三十三間堂のお餅

今日は鏡開き。
今回の旅、お餅にまつわるちょっとしたエピソードがあったので
順不同になりますが、京都の最後に寄った
三十三間堂のお話。

私はミコと一緒の二度目の京都で行ったことがあるのですが
寅さんとスマがまだ行ったことがないから
一度は行ってみたいと。
折しも雨降りの一日になってしまったので
本堂の中を拝観できるのもちょうど良いしということになりました。


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内部の写真は撮れないのでホームページからお借りした画像ですが
ここでは見えない中尊という大きな観音様を中心に
左右にまだまだいっぱい観音様が並んでおられます。

正式名は蓮華王院 三十三間堂。
中尊を中心に左右500体の、十一面千手千眼観世音。
千手観音を蓮華王というのですが、これは観音の王という意味だそうで
蓮華王院という名にも納得でした。
1001体の観音さまそれぞれに十一面。

と、ここで疑問、十一面なら眼は一体につき22眼ということでは?
それなら千手二十二眼では?
そんなことを思って今さら調べてみたら
この千眼とは、千本の手のひらに眼がひとつついているということらしい。
で、実際は手も千本ではなく
胸の前で合掌する二本の他に40本の手があるとのこと
その各一本の手が25の世界を救うものであり
よって20×25で1000ということなのです。

その観音様たちを
28体の国宝の仏像がお守りする形で居並ぶ姿は
何度見ても圧巻。
それぞれ少しずつ表情や輪郭も違い
どこかに自分と似た観音様がいらっしゃるみたいです。

ミコと行ったのは二度とも暑い夏の盛り。
そして今回は氷雨降る冬の最中。
雨の中あちこち歩いたので靴が濡れてしまい
右足の靴下も指先が濡れて
靴を脱いで歩く本堂は冷え切っており
外は降りしきる雨音。
足がジンジンとかじかんでいきます。

と、中尊の前が暖かに明るく照らされていて
なにやら人だかり。
何かと思えば、お正月に観音様にお供えされた鏡餅のお下がりが
いっぱい積まれていて
ご自由にお持ちくださいと書かれているではないですか!
時々取り替えるのか、
お下がりのお餅がたくさん出るようなのです。

包丁は入れず開かれているので
形も大きさもまちまちですが
これをいただかない手はないねと
五つほど頂いてきました。

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縁起物だからと二つはスマに渡し
残り三つ、帰ってきてからさっそく焼こう焼こうと。
鏡開きまで待ってお汁粉にしたらよかったのだけど、待てなくて(笑)
お餅本来の味というのか、とても美味しかった。

観音様のお下がりというだけで
なにやらありがた〜い気がしてくる。
お正月あたりに行くことがあったら
ぜひ覚えておかれるといいと思います。

今朝は缶詰のあんこを開けて
我が家のお餅でお汁粉食べました。
寒い日にコトコト小豆を煮て作りたいのだけど
二人だと持て余しそうで。

でも、この冬、一度はコトコトしてみようかな。



by sarakosara | 2017-01-11 17:19 |

京都へ

京都に行ってきました。
スマがいるうちに泊めてもらって
何度か行っておきたいねと、寅さんと話していたものの
なかなかそれぞれの都合と休みが合わず
他の約束が入ってみたりで、ぐずぐず先延ばし。

結局一年近く経ってしまいそうなので
これは思い切るしかないねと
新年の私が休みのうちにと決まった京都行き。

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今回は私が一日早く発ち
ひとり京都をするつもりだったけれど
もし、もし会えたらと思う友達がいた。
どうしようと迷って思い立ったのがもう年も押し詰まった頃。
まだ松の内なので無理はしないでね、と連絡したところ
年明けに、都合がついたのでランチしましょう
積もる話はその時に、とお返事。
やった〜と小躍りで
ウキウキ京都の始まりです。

一日目は友人と。
二日目、三日目は寅さんも合流して
スマも一緒に三人で巡った二泊三日。

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まずは初日、
友達との待ち合わせは京都駅中央乗り換え口。
2009年に会って以来8年ぶりの再会。
ぜんぜん変わらぬ笑顔が
乗り換え改札の向こうで手を振っていました。

懐かしいけれど、ついこの間会ったような気もするのは
互いの近況を知っているせい?
8年の間には色々なこともあったのに
時間はぎゅっと縮まります。

電車を在来線に乗り換えて
私のリウクエストで化野へ。






by sarakosara | 2017-01-10 16:23 |

韓国ソウル ライブ旅行 仁寺洞

ソウル二日目。
お腹がぺこぺこで、前日のキムパッのお店で
キムパッと、カルグクスをみんなで分けて食べる。
カルグクスとは、日本で言うなら温かなうどん。
ズッキーニによく似た韓国カボチャなどがはいって
とても優しいお味。

ちなみに、韓国語でお腹がすいたは、ペコパ
ペコペコと似ているけれど
この二つの言葉に関係はないそうです。

いったんホテルに戻り
夕方からのライブ二日目の用意だけして
ソウルは初めての私のために
それまで近場を見て歩くことに。

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まずは、仁寺洞(インサドン)。
仁寺洞は骨董品や古美術を扱うお店、
それにギャラリーなどが並ぶ、落ち着いた雰囲気の街。
朝鮮王朝時代には王宮に勤める両班(リャンバン)たちが住む屋敷が立ち並らび
そのリャンバン達が
19世紀末に困窮し伝来の品を売り払う店を開いたことにより
骨董品売買のこの街が形作られてきたという。

通りのわきにも小路があって、
その奥におしゃれなカフェなどがあったりする。

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日曜日の朝だったので
まだ閉まっている店も多く
ぶらぶら散歩がてらにウィンドウをのぞいては楽しむ。

版画なども、手に入りやすい価格のものもあって
なかなか素敵。
時間があれば、印鑑を彫ってもらいたいなと思うが
まだ開店もしていないで、諦める。

韓国伝統の紙「韓紙(ハンジ)」を専門に売っているお店は
開いていたので、入ってみると
韓国ならではの模様がはいった紙製の可愛い小箱やら
見ているだけで楽しい。
色々な美しい柄のチマチョゴリのカードと
韓国伝統のパッチワーク「ポジャギ」の小袋をお土産に購入。

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いったん一休みということで
少し通りを入ったところにあるカフェに入った。
まだ時間が早いせいか
私たちが一番乗りのお客さんらしい。
入り口のドアは開け放たれて
10月の穏やかな気持ちいい風が入ってくる。

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音楽も心地よい。
知らない曲だけれど、
雰囲気のある韓国語のボーカルが流れ
ああ、ここはソウルだなと思う。

何曲めかに、聴き覚えのある曲が流れ
なんだったっけ?
みんなで一生懸命考える。
サントラじゃなかったから、よけい思い出すのに時間がかかったけれど
ハウルの動く城の「人生のメリーゴーランド」だった。
私たちが日本人だとわかってかけてくれたのか
それともいつも通りのBGMなのか。

外に出ると、
どこからか歌声が
日曜日の礼拝があったあとなのかもしれない
少女達が数人集まって
寄付を募りながら歌っていた。
休日の仁寺洞。
by sarakosara | 2016-02-24 19:29 |

韓国ソウル ライブ旅行  トッポッキの夜

ライブが終わったのが9時頃。
それから夕食を食べに新堂洞(シンダンドン)のトッポッキタウンへ。
ここは、CNのヨンファが少女時代のソヒョンと一緒に
「私たち結婚しました」という、仮想結婚番組で訪れたところ。

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トッポッキとは長細い餅のことだが
日本でよくみるトッポッキ料理や
韓国での屋台のものは、
赤いソースと餅のみのものが多いけれど
この新堂洞のものは、それとは食べ方も価格も全く違い、
鍋料理のようにテーブルを囲んでワイワイ食べるもの。

日本のさつま揚げみたいなかまぼこや、ゆで卵、餃子、即席ラーメン、野菜など
それにトッポッキを入れた鍋に
コチュジャンとチャジャンの特製ソースをいれて煮込むスタイル。

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CNBLUEゆかりのお店は
マボンニム・ハルモニ・マンネアドゥルネ
ハルモニは、おばあさんの意味
マンネは末っ子。
マボンニムおばあさんの末息子の店という意味になる。
トッポッキタウンの老舗で
店内は広いうえに、一階二階とある。

ライブの余韻にひたりながらの話は尽きない。
私は海外ツアーは初めての参加だったけれど
常連さんはいつの間にか知り合いになって
私も初対面の方とも
友達を通して挨拶をしたら
共通の話題があるから、すぐに盛り上がることができる。

トッポッキ鍋は思ったより辛くないけれど
ピリッとして美味しい。
色々な具材があるから、それも楽しいし
ふぅふぅ言いながら食べるピリ辛はビールとも相性バッチリ♪

旅行に一緒にでかけたのは4人だったのに
現地で合流した顔見知りの友達も一緒に総勢9人。
まさに、お鍋を囲んでワイワイにもってこいの夜だった。
by sarakosara | 2016-02-14 17:39 |

韓国ソウル ライブ旅行 CNBLUE My Love

時間通りコンサートは始まった。
日本のライブでは二時間半から三時間
ほとんど立ちっぱなしで盛り上がるけれど
韓国では座ってきく人もけっこういて
後ろの人に迷惑だから、私たちも腰掛けて
ちょっといつもと勝手が違うけれど
郷に入れば郷に従えスタイルで。
もちろん、途中からは会場中が盛り上がってスタンディング。

昨日もシンガポールでコンサート。
私たちが観に行った 「 2gether 」のアジアツアーはまだ続いている。

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CNとの出逢いは5年前
職場の友達から無理矢理(笑)貸し付けられたドラマがきかっけ
そこに出ていたヨンファ。
韓ドラも初めてだったし
ドラマの役柄にも正直、ん?だったのに
ライブシーンのメイキングで
ほんとうに幸せそうにギターを弾きながら歌うヨンファと
その声に恋してしまった。

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彼らは日本ではバンドとして活動しているが
本国ではアイドルのくくりに入る。
お国柄バンド文化は日本に比べれば認知度は低くて
音楽番組もダンスグループが主流
多くの人にきいてもらおうと思えば
アイドル番組やバラエティにも出なくてはならず
時にはドラマに出ることもある。

日本でいえば、TOKIO のようなグループといえば
わかりやすいかもしれない。
事務所の方針には沿わぬ訳にはいかず
彼ら自身もジレンマや不本意な思いもたくさんしてきた。

二十歳そこそこでデビューして
今は20代も半ばを過ぎ
彼らもどこかわりきったのかもしれないし
最初韓国では自作曲はなかなかタイトル曲として出してもらえず
自作は日本で発表することがほとんどだった。
しかし、ここ数年は韓国でも自作曲をタイトル曲として出すことができるようになり
それなりに好きな音楽もできるようになってきたように見える。

また日本での活動と
韓国、そして海外での活動は少し線引きをして
それぞれを楽しんでいるように感じる。
あっちも、こっちもと、粗製濫造にならないか、時々心配になることもあるが
日本のためだけに作ってくれる曲があることは嬉しいこと。

もちろん韓国より市場があるし
お金になると言ってしまえばそれまでだが
まだ韓国でも日本でも知る人がいなかった10代の頃
日本でバンド文化を吸収しようと修行時代を過ごしたことは
少なからず彼らの中に色々な思い出として残っていると思う。

日本のツアーへご両親たちを招くことも多く
プライベートでも家族を日本へ連れて遊びにくる。

オーディエンスのあり方も違う
それぞれのお国柄の要望にも沿いながら
日本でしか聴くことができない曲
また韓国でしか聴けない曲。
それがあるから楽しい。
だからソウルコンにも行きたいと思う。


最初日本での活動を知って
CNBLUEを聴きだした頃は
70年代80年代、私がまだ10代や20代の頃にきいていた
洋楽の香りがする曲も多くて心惹かれた。
そんな曲は日本曲に多くある。

日本でインディーズだった頃の曲 「Y, why」



大好きな一曲。
「Crying Out」
母国では恋愛の曲も多い中
日本の曲には英語詞が多くて
そんな中に本音や迷いなど20代の彼らの思いがこめられているものもある。
ヨンファとジョンヒョン、ダブルボーカル冴える一曲。



韓国でしか聴けない曲。
ドラマの挿入歌。「my love」
アコギ、好きだ〜♪




今回のツアーのタイトル曲。
「Cinderella」
ダンサブルで華やかな曲。



韓国デビュー当時、提供された曲が盗作疑惑で
まだ右も左もわからなかった頃の彼らまで
偽バンドと誹謗中傷された頃もある。
それから月日が流れ、
厳しい韓国芸能界の中で精神的にずいぶん強くなったと思う。

そんな今までの悔しい思いを振り切って走る気持ちを
リーダーのヨンファが歌う「CATCH ME」




彼らの音楽も進化し続け
模索し続けている。
最近はバンドサウンドから離れていっているという
批判的なコメントをするファンも多いけれど
スマと同じ年頃の彼らをみていると
迷ってあたりまえ
まだまだ自分たちの可能性を色々試してみたい盛り。
私はそんな進化を楽しみたいと思う。

彼らの真骨頂はやはりライブ
ぜったい手抜きなしで楽しませてくれる。

もちろん彼らのルックスも大好き。
整形は韓国のお家芸といわれ、芸能人はみんなと思われるかもしれないが
CNBLUEのメンバーはひとりも整形はしていない。
汗だくになって歌う自然な美しさはライブならでは。
音で、ビジュアルで、
そして音楽に身を任せ自分自身も身体中で楽しむライブ。
ほんとうに幸せな気持ちになる。

CNを通してたくさんの出逢いもあった。
こんなときめきや、幸せをくれた彼ら
CNBLUE My Love。
by sarakosara | 2016-02-14 16:40 |