カテゴリ:旅( 80 )

さよなら北斗星

今日の昼にテレビをつけると
さよらな北斗星のニュースが流れていました。

青い寝台特急として長年親しまれてきたブルートレイン
日本各地を走っていたブルーとレインも
この北斗星で最後の運行となった。

日本初のブルートレインは
1958年から走り始めた「あさかぜ」
この年に私は生まれ
そして上野から札幌へ走る「北斗星」の運行開始は
1988年の3月のこと。
この年の2月にミコが生まれました。
そしてまた今日、私の誕生日の朝、上野に最後の列車が到着
不思議な縁を感じる
私と同い年のブルートレインが幕を閉じました。

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特徴のあるヘッドマークをつけて
走るブルートレインは憧れ。
高校の修学旅行で九州へ行った時もブルートレインでした。
中でも北斗星は両親の故郷、
大好きな北海道へ走る列車として
その姿を見かけるたびに、いつかはと思い続け
そして一度だけ乗っことがあるのです。

それは父も一緒に家族そろってでかけた夏のこと。
その時にブルートレインならではの出逢いがあったことも
懐かしい思い出。

その時のことは、
以前のブログに夢を運んだ北斗星として書きました。


こうして愛されてきた列車が姿を消していくことは寂しいけれど、
時代の流れの中では致し方ないこと。
車体の老朽化と新しい主役新幹線の開通で
また次なる時代の始まりなのでしょう。

群馬の夏旅のことを書こうと思っていたけれど
お昼のニュースをみて
急遽北斗星のことを書いておきたくなりました。
日本全国のブルートレイン、お疲れさまでした。
by sarakosara | 2015-08-23 16:38 |

立冬の北陸 美味しいもの

白えびから始まった北陸美味しいものざんまい。
まずは、初日の夜、富山で向かった居酒屋さん。
コンサートに行く前に散歩がてら目星をつけておいた店で
北陸の海の幸を手頃なお値段で楽しめそうな感じ。

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寅さんがいちばんに頼んだのは、のどぐろの刺身。
こののどぐろ、以前スマの富山の友達のご両親が見えた時に
寅さん大真面目で、
「あの腹黒の刺身はうまいですね〜」と。
一同はらぐろ?と??がいっぱいになり
そのあと、のどぐろの間違いだとわかって大笑いしたことがありました。
あの時ねぇと、また笑いながら舌鼓。
笑いながら撮ったせいか、二十日大根にピントが^^;


次はお昼に食べた天丼の白えびを
お刺身でいただこうと。
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これはふつうの刺身とおぼろ昆布締め二種。
天ぷらにした白えびとはまったく違った味わい。
ぷりっと張りがある身、美味しい!
へ〜これがお昼に食べた?
ぜんぜん違うけれど、どちらも美味しい富山の白えび。

そして、日本酒唎酒師の資格をとるほど日本酒好きな寅さん
お待ちかねの呑み比べ。

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私もお相伴しましたが、
父親に似て日本酒は翌日に残ってしまう体質。
お味見くらいにして焼酎にしました。
いやぁ、日本酒好きにはたまらない地元のお酒の呑み比べです。

そして〆は、とろろ昆布のおにぎり。
これは初めて食べた味。

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富山はおぼろ昆布やとろろ昆布が特産で
こんなおにぎりも定番のようです。
自然な昆布の甘みや香りが広がって
初めての美味しいおにぎりでした。


二日目の夜は加賀温泉の宿で。
居酒屋とは違い
自分たちが選ぶのではなく、お宿まかせのコース料理。
可愛らしい仲居さんが程好い頃合いで料理を運んでくる
北陸心づくしのもてなしが心地よく
ほんとうに美味しい料理ばかりでした。
少し多すぎるねと言いながら、
最後の松茸の釜飯までぺろり。
そんな料理の中でもやはり私のメインディッシュは蟹!

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ちょうど蟹が解禁になった直後の時季で
穫れたての蟹を幸せいっぱいいただきました。
蟹大大好き、蟹子の私は
食べながら、何度「蟹だ〜蟹」と喜びの声をあげたことか。

そして寅さんはやはりこれ。
美味しい料理には、これがなくちゃねと。
今宵も呑み比べ。
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米、水、仕込み。
ひとつひとつの日本酒に、それぞれの味わいがあるのですね。

最終日の永平寺のあとに食べたのが
永平寺蕎麦。
大根おろしと一緒に食べるのですが
冷たいお蕎麦のつゆが関東のものとは少し違います。
バスで一緒だった広島からの三人連れの男性も珍しがっていたので
この地方の特色のあるものなのかも。
薄めのだしなのだけれど、深みがあって
すっかりはまってしまいました。
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胡麻豆腐もこっくりと美味しくて
これはミコとスマにも食べさせたいねと
蕎麦と胡麻豆腐は帰りにお土産に購入。
北陸美味しいものざんまいの締めくくりの一品になりました。
by sarakosara | 2015-03-15 22:54 | | Comments(10)

立冬の北陸 永平寺

永平寺に着いた頃は雨も本降りになっていました。
ガイドさんは同行無し。
バスで同乗した方々と一緒に歩きます。

今回利用した定期観光バスは
正直いって利用者は少なくて
同乗者は、高校の同級生だったという
寅さんと同年代の男性3人組と
20代とおぼしき女性ふたり。
大型バスに総勢7人です。
道中、疲れたのか3人組と2人ぐみ
ガイドさんの話は子守唄に、そろってコックリうたた寝状態。
寅さんと私だけでも聴いていなくてはと
二人とも、うんうんと相づちにいそしみました。
日曜日だというのに、この様子で
旅人はなかなか思うように集まっていないように思われます。

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そんな同乗ご縁の7人
しのつく雨の中、墨絵のような木々の中に立つ
永平寺の山門をくぐりぬけたのですが
さすがに永平寺は見学の人が多くいました。

開山は道元。
福井県吉田郡永平寺町にある曹洞宗の寺院です。
パンフレットには寛元二年(1244年)道元禅師によって開かれた
坐禅修行の道場です。と書かれています。
その言葉のとおり、
お釈迦様から伝わった「坐禅」という仏の教えを中国で学び
それを伝えるために開いた場所だということです。

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傘松閣。昭和5年当時の天井絵をそのまま修復した
「絵天井の大広間」がまず順路のはじめに出てきます。

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磨き抜かれた廊下、
時折行列をして通り過ぎる修行僧の雲水は
引き締まった表情で脇目もふらず、ひたひたと歩いていきます。
青々と剃り上げた頭、
粗食で過ごすためか、頬もすっきりと凛々しいお顔。
まるで、そこに誰もいないかのように
まっすぐ前を見つめて歩く姿。
思わずみとれてしまいます。
スマと同年代と思われるこの方々は
全国の曹洞宗の寺院の跡継ぎの青年たちだとのこと。
長い歴史の中で、延々と守り続けられ
繰り返されてきた日々の重みを感じます。

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折しも秋の盛り。
雨に洗われた木々の紅葉が美しく
観光の人が去った夜や早朝は
まったく違った様子を見せてくれるのでしょう。

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帰りに永平寺蕎麦と、胡麻豆腐を
少し遅いお昼にいただいて、バスに戻りました。
by sarakosara | 2015-03-08 23:48 |

立冬の北陸  越前竹人形

道すがら、もうひとつ寄ったのが
越前竹人形の里。
越前竹人形といえば、いちばん先に思い出すのが
水上勉の小説。
なぜか日本海側の風景に心惹かれる私には
水上作品は同じく心惹かれるものが多く
若い頃には有名な作品をよく読みました。

この小説は竹人形が先にあって、それによって発想創作されたものではなく
小説が有名になって、人形も名産となったという話をききます。
ずっと昔から越前の名産だと思っていたので
それは意外な話でした。

細かい髪の毛いっぽんいっぽんを竹を割き
また、竹の丸みやカーブを生かして作られる人形。
妖艶にも可憐にもなるその人形の姿。
(写真はお借りしました)

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欲しいなと思う人形もあったのだけれど
やはり手がかかるせいか、けっこう値が張って
買うのはあきらめました。

ちょっと心残りでバスにもどると
ガイドさんから、今日はこの竹人形にちなんで
みなさんにプレゼントですと
竹の夫婦箸。

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ちょうど使っていた箸の先が少し折れてしまった私。
帰ってから、さっそく毎日の食卓に。
細身だけれど、手にもなじんで
旅の思い出とともに愛用しています。
by sarakosara | 2015-03-07 18:09 |

立冬の北陸 日本一短い母への手紙

東尋坊をあとに向かったのは永平寺。
その道すがら、バスの中からご覧くだいと
とまったところは、丸岡城。
降りられなかったのは残念だけれど
ちょうど桜の葉が色づき、春の桜の頃はさぞやと思います。

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丸岡城といえば、ん?という人も
「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」
の短い手紙は知っているのではないでしょうか。
丸岡藩の藩祖といえる本多重次
別名鬼作左と言われていた勇猛な武士が
長篠の戦いの時、留守を預かる妻にあて
妻や子を心配して送った簡潔な中にも愛情のこもった手紙ということで
このお仙が、のちの越前丸岡初代藩主・本多成重だということです。

これにちなんで
丸岡町では、「一筆啓上賞」と題して
日本で一番短い手紙文を再現しようと作品を募集しているのだそうです。
毎回テーマはあるそうで、今は新一筆啓上賞かな。
以前文庫本を買った記憶があるのですが
どこかみつからなくなってしたので
今回丸岡町編集のこの一冊を旅の思い出に買ってきました。

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母への愛情あふれる想いばかりではなく
チクリと胸の痛むものもある。
百人いれば、百人の母への手紙があると思う。

お母さん、私は大きくなったら家にいる。
「お帰り。」と言って子供と遊んでやるんだよ。


と書いたのは、9歳の女の子。
学校の先生をしている母親は毎日仕事で帰りが遅く
休みの日も忙しくて寂しいのだそうです。
そういえば、私も同じことを母親に言ったことがあったなと思い出しました。

今でも弟のほうが気になるかい。
もうどちらでもいいけど。
今はもういいけど。

                                               44歳の男性



お母さん
ぼくの机の引き出しの中にできた湖を
のぞかないでください。

                                                11歳の男の子



おかあさんの おならをした後の
「どうもあらへん」という言葉が
私の今の支えです。
                                    
                                                  30歳女性



今朝、階段の下から
私を呼ぶお母さんの夢をみました。
元気ですか。
                
                                                  28歳女性

賞もとっていないこの作品だけれど
この文章、なぜか鼻の奥がつんとしました。


私の母が亡くなった時
もう30年以上前のことですが
仕事に使っていたハンドバックから
私の書いた手紙が一通出てきました。

そこに書かれていたのは
私から母への抗議の手紙。
母が留守のあいだ、父と祖母との諍いのあいだにはいって
仲を取り持つことに苦慮していることに対しての
抗議の手紙でした。

母への感謝の手紙は
母の日など、それまでいっぱい書いていたのに
よりによって、いつも持ち歩いていたのは抗議の一通。

その手紙が出てくるとは思ってもいなくて、
遺品の整理の時に、愕然としたことを憶えています。
母が何を思い、毎日持ち歩くハンドバックに
その手紙を入れていたのか、
今となっては知る由もありません。
でも母としては、娘にすまないと思う気持ちを忘れずにいようと
その一通を持ち歩いていたように思われてなりません。

母への手紙。
ひとひとりの深い想いがこもったもの。
そして受け取る人にも
特別な一通なのだと思います。
by sarakosara | 2015-03-01 22:46 |

立冬の北陸 東尋坊

三月初日は雨の日曜日です。
あれから4ヶ月の
どこまで行ったっけ?状態の北陸旅行ですが
旅は最終日、コメントもちょっとお休みして
スピードアップします、もうちょっとだけおつきあいください。

五箇山から直行したのは、加賀温泉。
ここでもう一泊しました。
こちらの夜のことなど
美味しいことはあとでまとめて。

さて、翌日最終日は雨模様だったのですが
この日は一日定期観光バスに乗ることにしていたので
運転はおまかせで、のんびりゆきましょうと。
まず向かったのは東尋坊。
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東尋坊は海食によって海岸の岩肌が削られた
輝石安山岩の柱状節理という
高さ約25メートルの岩壁が続く地質上極めて貴重な断崖。
福井県坂井市三国町にあります。

30数年前まだ独身の頃
友達と金沢から京都に向かう途中に
このすぐそばに泊まったことがありました。
あの時も真冬の2月ころだったはず
空は時雨れて波が荒々しく人影もあまりなかったけれど
泊まった小さな旅館で夕食に出た蟹が
それはそれは美味しかったことをおぼえています。

この日も細かな雨が時折落ちてくるあいにくの天気
足場もあまり良くなくて
そろそろと突端まで行こうとする寅さんに
ストップ、ストップと声かけ。
切り立った岩場をみながら
ガイドさんの話してくれた言い伝えを思いました。

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昔むかし、平泉寺というお寺に
東尋坊という怪力の悪僧がいて
誰も手がつけられず
困り果てたほかの僧侶たちが、東尋坊をだまして誘い出し
酔って眠ったすきに、この海へ投げ入れてしまったところ
にわかに一天かき曇り豪雨と雷鳴
東尋坊の怨念が他の僧をも絶壁の底へと吸い込んでいった。
それ以来この断崖を東尋坊と呼ぶようになったと。

そんな伝説がよく似合う風景
ことにこんな雨の日は下から吹きあげてくる風に足がすくみ
そろりそろりと、一歩ずつ歩を進めても
小さな岩がごつごつで滑りそうになる。
傘をさしながら危うい足元だったので
写真もほどほどに引き返してきました。

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すると、どこからともなくいい匂いが。
土産もの屋の店先の大鍋の蟹汁でした。
蟹大好きの私の様子をみて
寅さんが、食べる?と訊いてきたけれど
さすがに朝食を食べて間もないし
バスにもどる時間もあるしで、断念。

しかし、ほんとうに心残りするほどいい匂い。
東尋坊の蒼茫とした風景に
ほっとする一こま。
30数年前同様、また東尋坊の風景に
蟹の記憶が一緒に刻まれることになりました。
by sarakosara | 2015-03-01 15:28 |

立冬の北陸 五箇山

せっかく富山まで行くのだから
もう一泊して少し足をのばしてみようと旅の予定をたてていました。
翌朝は朝食のレストランから、
なんと昨日見ることのできなかった立山連峰が
朝の光の中に姿をみせてくれて感激。
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そして向かったのが五箇山。
隣接している白川郷とともに「白川郷・五箇山の合掌造り集落」として
1995年に世界遺産に指定されました。
今は富山からも高速を乗り継いで、
東海北陸自動車道で五箇山まで直接行くことができるので
レンタカーを借りて向かうことに。

しかし高い山々に囲まれていた場所
袴腰トンネルと城端トンネルが続いて現れ
一車線通行で合計9㎞のトンネル
寅さんも難儀していました。

トンネルを抜けるとじきに五箇山インター。
インターをおりて少し走ると五箇山の菅沼合掌造り集落です。
ここからは徒歩で集落までおります。
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高いところからみると、まるで箱庭のようだけれど
ここは今も人々が生活をする家々なのです。
冬は豪雪地帯となるため
傾斜の急な大きな屋根を持つ合掌造りの家屋が生まれたとのこと。
今頃はすっぽりと雪景色の中でしょう。
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この日は秋の穏やかな日差しの一日でしたが
家の中にあがると、一階の板の間はしんと冷えて
今のような暖房のない時代はさぞやと思います。
そして囲炉裏の熱がのぼる暖かい二階三階は養蚕のための部屋。
またその蚕の糞を使って
塩硝という戦国時代の火縄銃に使う黒色火薬の原料を作っていたのです。
この塩硝の作り方がまた絶妙。
最初は偶然の産物だったのではといわれるものですが
蚕の糞、自然の草木などを使って作る。
ことにこの地域は山深く、幕府の目の届かないところにあったため
300年以上も塩硝作りが続き、
稲作には向かない地域での生活の糧になったそうです。

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五箇山の人々が過ごしてきた生活をみながら
なんて無駄のない、みごとな暮らしぶりだったのだろうと。
人が住む場所、お蚕さんが住む場所
床下には塩硝作りのための土を作る穴を掘り。
昔の人は五箇山に限らず
自分が地域柄得られるわずかなものを
最大限に生かして特徴あるものを作り出し捨てるものが少なく
あるいは捨てても自然に還っていくものが多かったのだろうと
つくづく思うのでした。

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今ある、便利すぎて不便な生活
さりとて、もう持ってしまった便利な物をそう簡単に捨てられるわけもなく
つかの間のタイムスリップのような時間に
思うことも多くありました。
by sarakosara | 2015-01-13 16:30 | | Comments(10)

立冬の北陸 高橋真梨子コンサート

もときた道を引き返し
北口駅前のオーパードホールへ。
高橋真梨子コンサート。
これが今回の旅のきっかけであり、メインイベントでした。

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高橋真梨子は寅さんが大好きで
はじめて一緒にコンサートに行ったのはもう7、8年前のことだったでしょうか。
全国ツアーの皮切りが、
いつも我が家からそう遠くない町のホールだったので
たびたび行くようになりました。

昨年、一昨年も行きそびれ
今年も取らなくちゃと言っているうちに、ツアー初日は間に合わず。
他にどこか近くであるかなと調べているうちに
たまには地方に行ってみようかと寅さんが言い出しました。
あ、それいいね!
さっそく今まで行ったことのない街での公演をさがすと
初冬の富山公演が目にとまりました。
こうして予約を入れたのがたぶん昨年の春だったと思います。
11月までおよそ半年楽しみに待ちました。

満席の会場はやはり真梨子さん世代がいちばん多いでしょうか。
私と同じ50代あたりも次くらいに多い感じ。
10代の頃にはペドロ&カプリシャスで耳なじみの曲も多いし
真梨子さんがソロになってからの有名な曲もあるし
新曲もふくめ飽きることがありません。

中にはツアーをずっと追いかけているという
スマとちょうど同じ歳の青年もいて
真梨子さんも顔なじみらしく
きけばファン歴10年とのこと、びっくり。
14歳の時から真梨子さんの歌に魅了されてしまったそうです。

真梨子さんは、なかなかテレビで歌うことがないのに
チケットはいつも早々にソールドアウトになるらしく
まさにライブが真梨子さんの生きる場所。

毎年半年以上もの長いコンサートツアーは
今年の全国ツアー「Adultica」で通算38回目
もう40年近く全国ツアーを続けている
7月の大阪フェスティバルホールの公演で
ソロ・コンサート総動員数650万人を突破したそうです。
こんなに続いているのは彼女の努力と魅力ゆえでしょう。

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何度か着替える衣装も楽しみ。
今回は少し短い膝上丈のドレスで登場、
「可愛いすぎたかしら?年甲斐もないって笑わないでね」
って茶目っ気たっぷり、とてもチャーミングでした。
特にアンコールの衣装が素敵で
真っ白なロングドレスに色々な映像や色が映し出され
虹色のドレスや蝶が舞い飛ぶドレスになったり
まるで真梨子さん自身が宙を舞うような錯覚を起こさせるライティング。
最近の傾向なのか
ライティングの演出が素敵なライブが多いような気がします。

寅さんに誘われなかれば
おそらく行くこともたかっただろう高橋真梨子ライブ。
大人のラブバラードをきく楽しみができました。

for you…は
夫のヘンリー広瀬さんと結ばれた頃の気持ちが重なるとのこと。
私もこの曲が好きです。
そして、『ごめんね』昨年のツアーの映像。

ライブは一回一回違うもの
その地方ならではの雰囲気もあるもので
今回地方公演をきいて、すっかりはまってしまい
また今度もと話しています。
長丁場のツアー、
体調管理なども難しいような話もしていました。
どうか元気でできるだけ長く続けられるよう願っています。

あたたかいライブの余韻にひたりながら外に出ると
きんと冷たい空気が心地よく
さぁどこかで一杯やろうねと足取りも軽くなります。
by sarakosara | 2015-01-11 16:19 | | Comments(0)

立冬の北陸 世界一美しいスタバ

いちど駅まで引き返して、こんどは駅の北側へ。
駅から続く大通りは
官庁街のある南側とは少し趣がちがい、
きれいに整えられた新しい町並みでした。

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この先にある運河にちょっと訪ねてみたいところがあったのです。
それは世界一美しいスタバ。

ちょうどこの夜に向かうべき場所からほど近いところ。
歩いて旅先を感じたい旅にはぴったりでした。

実は、でかける前に、前日は遅くまで仕事だった寅さん
夜のメインイベントの前にホテルで仮眠しようかなぁと言っていたので
それなら、ひとりで、プチ一人旅気分を味わうのもいいなと
密かに目論んでいたのです。
ところが世界一美しいスタバにちょっと行ってくるねと言うと
せっかくだから自分も行くと。
うーん、そっか、いいのよ寝てて。
何度か言ったけど、
いやいや、僕も行くよってなことになりまして。

でも早い夕暮れ
ぐんと冷えこんできて、人影も少なく
やっぱり一緒でよかったと、歩きながら思ったことは内緒です。
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暮れなずむ空をみながら
ほんとうにこの道でいいのだろうかと通りすがりの方に尋ねると
もうすぐそこですよと、笑顔で指差してくれました。
指差す方にもうしばらく歩くと、それらしき建物が見えてきました。
運河に面した広い公園の中にそれは建っています。

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富岩運河環水公園内にあるスタバのコンセプトストア。
2008年度、スタバの世界中で最もすぐれたデザイン店舗に贈られる「グッドデザイン賞」を受賞して、
「世界一美しいスタバが日本に!」と話題になった店舗。
公園のシンボルである「天門橋」がどの席からも眺められる。
公園がライトアップされる夕暮れ時から夜の景色もGOOD。


道すがら人影はまばらだったものの
さすがに、世界一美しいスタバ
店内は満席状態。
でも幸運にもちょうど「天門橋」に向いた窓際の席があいて
ふたりで座ることができました。

世界一美しいスタバのコンセプトは定かでないけれど
2008年、世界中にあるスタバの中で選ばれたことは素晴らしいことだと思います。
たぶん、街中にあるスタバとはひと味違う
近辺にまったく店舗らしきものがない運河沿いに
ぽつんとあるところも選ばれた要因のひとつかも。
私はふだんは、ちょっと価格が高いので他のお店を選びがちだけれど
価格だけのサービスがあるのかもしれませんね。

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「期間限定、紅茶のシフォンケーキです」
試食をいただくと、美味しい〜♪
さわやかな笑みを浮かべるおにいさんに薦められて
まんまとその術中に
半分こしようと、寅さんにもちかけて注文してしまいました。

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すっかりあたりが暗くなってきた頃
天門橋がライトアップされ
それはきれい。

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お腹もほどよく満たされたところで、
本日のメインイベントへ。
by sarakosara | 2015-01-09 00:00 | | Comments(6)

立冬の北陸  富山の路面電車

さて、少しずつ昨年の11月の北陸3県の旅のお話の続きから。

白えび天丼のお昼ご飯でお腹がいっぱいになったので
夕方のメインイベントの前に
少し街を歩いてみようということに。

まずは駅の南側から県庁方面へ向かってみようかと
駅前からまっすぐ伸びる大通りを歩く。
ここは富山地方鉄道の路面電車のルート。
ゴトゴトと昔懐かしい雰囲気の路面電車が走ってきます。

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駅前でみた最新型のトラムが
新車両なのだと思い込んでいたのですが
後々になって、このふたつの電車は
違う運営会社の違う路線なのだと知りました。

懐かしい雰囲気の電車が、富山地方鉄道のレトロ電車
モダンなトラムが富山ライトレールのポートラム。
ポートラムは写真を撮りそこねたのですが
2両連結のおしゃれな感じの路面電車でした。

街の風景にとけ込むように走る路面電車。
そんな市電は各地にまだ元気に走っているけれど
ここ富山の街でも
駅の南と北をその二つの路面電車が走り活躍中です。

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車の川の中州をゴトゴト走る姿がなんだか好きで
この時もすぐにカメラを向けました。
デザインは九州新幹線など
九州旅客鉄道の列車を数多く手がけた水戸岡鋭治氏。
普通の市電の軌道を走る観光用の車両とのことで
そうと知っていれば、ちょっと乗ってみればよかったなぁと思いました。

またしばらく歩くと市役所の展望台が見えてきます。
玄関の守衛さんに訊くと無料で上れるというので
最上階へ。
雨あがりの日差しは穏やかだけれど遠くはかすんで
残念ながら立山連峰は見えずでした。

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見渡せる日ならこんな風景が広がっているはず。

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これだけの高い山々が連なって見える様は壮観だろうなと
見えない山々に未練たっぷり。

次は暮れないうちに、駅の北側に向かいます。
by sarakosara | 2015-01-07 22:59 | | Comments(4)