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出逢いあればこそ

今朝ミコから電話があり、無事に着いたとのことです。
ところが元気?ときく間もなく
こちらで契約をしていったネットがどうしてもつながらなくてパソコンが使えないと。
こちらのパソコンでマイアカウントに入ってほしいと言われたのですが
何度やってもエラー。
事務的に返さなくてはならないメールがあって困った・・と。
サポートセンターにもつながらずだけど、なんとかもうちょっと頑張ってみると電話が切れました。
落ち着くまではいろいろ大変ですね。

で、ミコの出発までに書いてしまおう思っていた京都だよりでしたが
最後はバタバタと追い込みで、けっきょく書き終えませんでした。
遅くなってしまいましたが、
ここはミコも時々のぞくと思うので、思い出のページとしてあと少しおつきあいください。


翌18日も快晴、朝から容赦なくお日さまが照り付けていました。
思えばこの京都行きの頃が今年の猛暑の始まり、
まさかあれから延々とこの暑さが続くとは思っていなかったけれど
処暑を過ぎてもこの暑さです。
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朝の出し撒き玉子がほんとうに美味しかった、
甘すぎず、上品な出しの味が活きて、私には出せない味でした。
湯豆腐に、ミコの大好きな白いご飯、しばらくこんな朝ごはんは食べられないけど
アメリカの食卓にも早く慣れるといいね。

それから宿にほど近い、清水寺へ。
それにしても暑い!
清水への参道をのぼりながら、用もないのにお土産やさんについ立ち寄ってしまいます。

容赦なく照りつけるお日さま、清水の舞台からの遠望。
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遠く京都タワーも望め、風が吹き抜けていきます。
清水の舞台から飛び降りたつもりで・・
人生50年と少し、私も何度かそんな気持ちになったこともありましたが、
今回のミコのアメリカ行きはまさにそんな思いもあったかもしれません。
一年前、もう決まっていた小学校の先生への道を断念しての方向転換、
迷いに迷って決断したことだったけれど、
予定していた春には行く目処もたたなくなり、
次々と社会人になっていく友達をみながら、やっぱりあのまま先生になっていれば・・
そう思ったこともしばしばでした。
清水の舞台から飛び降りるような気持ちで迎えた今、
その決断の答えはこれからミコ自身がひとつひとつみつけていくのだと思います。

ひとめぐりしてから、夏の特別公開の大講堂へ。
本道の賑わいとは対照的に、訪れる人もまばらで閑散としています。
いちばん奥手には大日如来坐像、
見上げるほどの大きさで柔和なお顔で鎮座まします。
ふだんは顔を見せてくれない仏さまにみつめられ、ひととき暑さを忘れ、
お隣の多宝閣には4メートルの巨大な仏足石
4メートルもあるこんな足に踏まれたら、ひとたまりもないだろうと
不謹慎な妄想をしている傍らでは
小学生の男の子とお父さんがお釈迦さまの背丈の計算をしていました。
ここもこの親子連れと私達だけ、
四方に4076体もの小さな仏さまが刻まれているけれど、しんと静かです。

ふたたび参道を下り、あまりの暑さに一休み。
抹茶の向こうのカメラはミコのもの、スマに見立ててもらって中古をひとつ手に入れました。
ミコも写真を撮るようになってから、
一緒の時に写真をとっても、クレームがこなくなったのは思わぬ副産物。
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甘みのないよく冷えた抹茶をあっという間に飲み干し、
三年坂、二年坂とくだり、
桔梗の青がそこだけ涼しげに揺れる店先で一枚。
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しかし真上にのぼったお日さまは日影も作ってくれず、
すべての根気をうばっていくように照り付けます。
さすがに歩くのをあきらめて地下鉄に乗り、
やはり夏の特別公開を見たかった下賀茂神社は泣く泣く割愛。
京都へは何度か来たことがあったけれど、いずれも寒い時期ばかり
やっぱり京都は冬の湯豆腐かな・・なんて言い訳しながら
猛暑の中での計画はなしくずしになっていくのでした。

とにかくこの暑さからのがれたい一心で
腹が減ってはいくさができぬとへりくつをつけて、お昼は二人とも行ってみたかった
イノダコーヒー本店へ。
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この冬、札幌に行ったときに、マローさんから教えてもらって知ったのがイノダコーヒー。
ひとりで入っても居心地がよくて
増毛から帰ってきた札幌でほっと一休みしたところ、
あまりに居心地がいいので、お店の人に東京にもありますか?と尋ね、
その時に京都が本店であることを知りました。
いつか本店に行ってみたい、そう思っていたら、ミコもイノダコーヒーのことを知っていたのです。
前回一人で京都に来たときは、清水の支店に行ったとのこと。
それなら今度は本店だね、と意見が一致。
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コーヒーと一緒の食事に注文をしたのは、あの時と同じハムサンド。
しばれた北海道で食べたハムサンドを真夏の京都でも食べながら、色々なことを思いました。
ミコにとっても、私にとっても、数々の出逢いが人生をつくり、支えてきてくれたはず。
それはもちろんこれからも。
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「出逢いあってこその人生だよね
 ミコもこれからも出逢いを楽しんでね」
そう言った私の言葉にミコもうなづいてくれました。



昨日も後からの荷物を送ったり、残していった愛用品を見てはしんみり。
でも今朝の電話で元気そうな声をきいたら、すっかり安心しました^^
みなさんのところへもコメントにと思いながら
今朝もミコからのパソコンの一件で時間切れになってしまいましたが
今日は週末金曜日、帰ってきてからゆっくり読ませていただきますのでしばし<(_ _)>

by sarakosara | 2010-08-27 07:24 |

加茂の流れに

出発は25日に決まりました。
送るもの、自分と一緒に持っていくもの、パッキングがうまくいかずに四苦八苦。
パソコンの無線ランも買ってきたものが手持ちのノートに合わないことに今日気づき、
スマが買いに走ったり、まだまだてんやわんやです。

ということで、京都便りは続きます。
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制限時間の午後6時半少し前に食事を終えて外に出ると
通りにはあかりが灯りだしていましたが、
まだ空は暮れる前の明るさを充分に残していました。

宿に帰るには早すぎるし、かといってもう見学できるお寺はないしってことで
またまたそぞろ歩き、
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裏道は楽しい。
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こんなところには京野菜なのだろうか、
そういえば夕食のお漬物盛り合わせに出ていた黄色くて美味しい野菜
なんだろうと思ったら、なんと南瓜の浅漬けだった。
パリパリとした歯ごたえとみずみずしさ、さっぱりとした塩味がきいて
初めての味なのに、すっかりとりこになってしまいました。
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裏裏と道を探して歩くうちに振りだしにもどる。
京の五条の橋の上、遠く上流のほうを眺めながら、やっぱり鴨川を歩いてみようか。
そいうえば、17日の夜は八坂神社から三基の大神輿が氏子に担がれ市中を練り歩くはず。
もし運がよければ遭遇できるかも。
もうすっかり日は暮れ、西の空が燃え残りのように少し明るくなっているくらい、
やっと昼間の照りつける暑さから開放された河原、五条あたりは、まだ人影もまばらです。
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ミコとぽつぽつと話しながら、いつのまにか、「加茂の流れに」を口ずさんでいました。
やっぱり古いなあ(笑)

やさしい雨の祇園町
加茂の流れにうつるあなたの姿
あれは、初めての恋
みつめあう、みつめあう瞳 あなたとふたり


「加茂の流れに」っていう、かぐや姫の歌があってね・・
ミコに言うと、ふ~ん、とそっけない。
かぐや姫といえば、神田川くらいしか知らないのかな。
それでもやっぱり私には懐かしい青春の歌。
ミコにとってのそんな歌はなんだろう、あの時きいてみればよかった。

四条に近づく頃、通りのほうが賑やかなのに気づいて一度通りにあがってみました。
なんと幸運なことに、お神輿に遭遇。
ちょうど南座の少し手前あたりでした。
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それからまた河原にもどる途中、階段を下りながらみると
だいぶ暮れた空にはいつの間にかお月さま。
思いのほか鴨の流れも早く、足をとめてしばらくその風景に見入ってしまいました。
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三条で一休みしてから
もう一度三条大橋の欄干に身をもたせかけて
ミコと二人ならんで河原を見下ろします。
午後9時過ぎ、祇園祭りの続く京都の夜、
河原はまだまだ涼む人がいっぱいいました。

橋のすぐ下でギターをかき鳴らしている人がいます。
一種独特のオーラを発しながら歌うのだけど、お世辞にも心地よいとは聴こえないその歌。
前に立ってきいている人5、6人、
なりゆきで立ち止まってしまい、
立ち去るには少なすぎる人数に、歌が終えるまではと
じっと聞き入るしかないように見えてしまいます。
河原の奥手でももう一人歌っているらしく、
そこからは可愛い女性の声と人だかり。
そんな声を掻き消すがごとく、リフレインする雄叫びとギター。
ミコとどうなるんだろうねとちょっと笑って言いながら、
私たちまでつい曲の終わりまできいてみたくなってしまいました。
歌詞の片鱗すら覚えていないけれど、なんだか不思議な歌、
やっと終わった歌声に、ほっとするようにその場を立ち去る人。
ミコと私も欄干から離れ、鴨川は京都の人に愛されているのだろうなと、
そんなことを思いながら宿に向かいました。



鴨川の表記について
通例として、高野川との合流点より上流は賀茂川または加茂川といわれ、
それより下流は鴨川と表されることが多いが、
実際は1964年(昭和39年)公布、翌年施行の河川法により、起点よりすべて鴨川の表記に統一されている。

by sarakosara | 2010-08-22 23:01 |

京の夕空夏の色

つかの間の舞妓さんから、いつものミコにもどり、
一度宿に荷物を置かせてもらおうということになりました。
宿は五条にあるこじんまりとした居心地のいい旅館。
ミコがみつけておいてくれた宿で、
チェックインの時間には少し早かったのですが
まだエアコンが効いていませんがそれでよかったらと、こころよく部屋に通してくれました。
ぎしぎしといいそうな木の階段をあがると、すだれ越しに小さな中庭がきもちよく見えます。

案内してくれた年配の仲居さんがお茶をいれながら、
祇園さんの頃のこんな暑さは珍しいのですよ、
いつもの祇園山鋒巡行の頃は、雨がじゃじゃ降り、
お天気は嬉しいけれど、ちょと暑すぎますねえとねぎらってくれました。

エアコンでほどよく涼しくなってきた部屋でミコと向き合って
ふ~とひとごこち。
初めての二人旅なんだな、そうあらためて思います。
今回は二人ともそれぞれ何度か来ている京都なので
お寺さんめぐりというよりも、一緒に京都の町を歩こうということで意見が一致していました。

それじゃそろそろと、
昔からずっと行ってみたかった場所で夕食のため
少し傾きかけた、でもまだかんかんと照りつけるお日さまのもとへ踏み出しました。
最初は鴨川のほとりを歩いて行こうかと思ったのですが、
さすがに猛暑の中川原を歩く気はうせ、平行して流れる高瀬川添いを歩きます。
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かつては物流用に開削された運河というだけあって、
流れにそって家々が並び、その風情をみながら歩くだけでも飽きません。
旅はやっぱり歩かなくちゃ。
歩いていると、町の顔がみえてくる、匂いがしてくる。
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電線と屋根と空、
どこも一緒のようで、どこか違う、それぞれの町。
富士の高嶺に降る雪も~ 
京都先斗町に降る雪も~♪
なんて歌って歩いたわけではないけれど、たどりついたのは先斗町の

こんなところ
by sarakosara | 2010-08-21 12:23 |

即席ですが・・

七五三の時に晴れ着を着た時、まるで舞妓さんみたいってみんなに褒められて
すっかりご機嫌だったミコ。
その時の印象が強かったのでしょうか、成長してからも舞妓さんになりたいなんて
冗談半分、本気半分で言うこともありました。
そんなに簡単なことじゃないからって、一笑に付したけれど
案外本気で言っていたようにも思います。
そのことがあったのが私の中にも残っていたのかもしれません、
いつか、ミコに舞妓さんの姿をさせてやりたい、させてみたいと思うようになっていました。

今は一万円ほどで、すっかり化粧やお支度をしてくれ
写真まで撮ってくれるところがあるときき、
今回の旅行、これは絶好のチャンスとばかり、
お母さんがスポンサーになるからともちかけると、ミコもそれならとのってきました。
自分で着物も選び、すっかり支度も出来上がった姿で待っていたミコをみて、
やっぱりよく似合う。
親ばかなのは重々承知のうえだけれど、そう思いました。
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ミコの曾祖母、寅さんのお父さんの母親は京都の人でした。
慣れない東京で身体をこわし、なくなったのは義父がまだ15歳の時。
それまでは義父達きょうだいも毎年夏休みになると
母親の実家の京都に長逗留したと、よく思い出話をしてくれたものです。
二条のあたりにその家はあったというのですが
大戦の頃にはもう母はなく、戦争のどさくさのなか母親の実家とはそのまま疎遠になり
亀山の方へ越したらしいという消息は、つい先日病気入院中の伯母からきいたばかり。
今は幻となってしまったような京都の曾祖母、
でもミコにもその血は間違いなく流れているのでしょう、
一人旅や、友達と一緒の旅で、何度も京都を訪れているミコ、
なんとなく町にすんなり馴染むような気がするのも、あながち思い込みばかりでもなさそうです。
どちらかといえば、派手なメイクは映えない顔立ちのミコ、
生まれる時代を間違えたよね、と笑いながら言うのです。

即席舞妓はん。
by sarakosara | 2010-08-20 23:48 |

追いかけて京都

お休みも今日でおしまい。
予定通り父の庭の草取りを終え、寅さんと映画、
そして一昨日はミコとスーツケースやお土産を買いに。
昨日はミコも友達に会いに行って不在だったので、
私も専門学校の時の仲良し4人とひさびさに全員集合しました。

そんな昨日でミコとの京都の旅からちょうどひと月、
書こう書こうと思いながら、7月は時間に追われてしまったこともあったのですが
8月になってみると、最後の最後まではっきり決まらないアメリカ行きで、
どちらにしても、11日の面接が終わってから、
行けても行けなくてもそれから書こう、そう思い始めていました。

出発は23日、あるいは24か25になりそうです。
それまではなるべくミコとの時間を大切にと思っていますが
京都のことは初めて一緒にふたりででかけた旅として、
ミコへのはなむけとしても、
また向こうへ行ってから、時にページをめくるアルバムのようになればとも思い
少しずつ書いてみようと思っています。
出発までは何かと落ち着かないので、
旅立ちの日まで一週間ほどコメ欄お休みしますが
一緒に京都の旅を楽しんでくださればと思います。



7月17日、ちょうど暑さが一番になった梅雨明けすぐの京都は照りつける暑さの中でした。
前日一足早く祇園祭の宵山に間に合うようにでかけたミコ。
大好きな森見登美彦の作品ゆかりの場所をたずね歩き
夜は宵山を堪能したらしく、
どうしているかなと携帯に電話すると、
屋台でりんご飴を買ったよと、声がはずんでいました。
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そして翌日の土曜日、私も追いかけて京都。
山鋒巡行に間に合うように駆けつけた烏丸御池は通行止めの道路に人波。
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少しでも日影をと探しながらも、
お囃子とともに、通り過ぎる華麗な山鉾にも夢中。
祇園祭は京都の八坂神社の祭りで、日本三大祭りの一つに数えられ、
祭りの期間も7月を通してひと月続く長い祭りです。
その山場が17日の宵山と18日の山鋒巡行。
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いつか一度は行ってみたいと思っていた祇園祭、
ミコの京都行きに便乗して滑り込みなれど何とか巡行に間に合い、
鉾に見入って、やれやれと暑さにゆだっていたら、うっかり時間の経つのも忘れ、
ミコからメールが入っていたのに気がつきませんでした。
ふと携帯を見て、いけないっ、約束の時間になってる!

いつも行き当たりばったりの私は
駅でもらったばかりの地図を広げて食い入るようにみます。
しかしミコのいる祇園までの最速の移動方法がいまいちわからず、
どこもかしこも通行止めだし、こうなったら歩いちゃおうか・・
とはいってもこの炎天下、いくら碁盤の目とはいっても
方角と距離がつかめぬままあてずっぽうに歩くのはやはり無理だと
人波整理の若いおまわりさんに尋ねました。
するとおまわりさん、
歩くなんてとんでもなく遠いですよ!と、あきれ顔。
しかしよくきけば、おまわりさん自身少し要領を得ていない様子、
タクシーがいいかもしれないが、通行止めだしな・・
二時のバスまで待ちますか?
まてまへん。
京阪線がいいけど、その駅も遠いですよ~
こりゃ埒があかないとしびれがきれて、
ありがとうございますと言い残し
一番近い地下鉄烏丸御池の駅まで行って駅員さんにきくと
少し歩くけれど、東西線で京阪三条がここから行くなら一番近いと教えてくれました。

実はこの約束の時間、急がなくてはならない訳がありました。
地下鉄の中で走りたくなるほどじりじりして、京阪三条からはやむを得ずタクシーに。
近くてすみません。
いえいえと、優しいドライバーさんは、
祇園祭ですか?と、次から次へとパンフレットや、しおりを渡してくれながら
宵山というのは、実は宵宵山、宵宵宵山まであって、そのあたりも見ものですよとのこと。
やっぱり宵山も見たかったな・・
そんなおしゃべりをするうちに、ぎりぎりセーフで到着しました。
待っていたミコは。
by sarakosara | 2010-08-18 09:02 |

遠花火のような

f0231393_2310944.jpg翌朝、そらさんが取り出した雨降りスカート、
実はずっと以前から、このスカートをはくと雨が降ったとか。
そらさんが、まるちゃんだった頃からその話はきいていたけれど、今回は思い切ってもってきたのと、そらさん。
障子をあけると、いい天気、どうやら雨降りスカートの名前は返上のようです。
みんなでおすまし、タイマーで撮った写真、行儀よく並んだこのお部屋、二間続きの檜風呂つき、トイレは二つで眺めも良好、それで4000円ぽっきり、夏得プランとはいえ、朝食付きで消費税込み、なんだか申し訳なくなってしまうようなお値段でした。
そんな朝食ビュッフェで、おなかいっぱいになったら、
ふたたび門司港へ。
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前記事、気がつけば、門司港にてというタイトルだというのに
港の写真は一枚もアップしてませんでした(笑)
それでは、さっそく。
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レトロな雰囲気をかもしだしている街並みとはいえ港は現役。
煙をたなびかせて停泊する船、
大きな船が行き来する関門海峡に隣接する港は活気があります。

そして、いよいよ本州は下関までわたります。
九州から本州山口県までは、船でもわずか5分ほど、
あっというまのことだけど、ここを渡るのは高校の修学旅行以来、
それも修学旅行の時は列車での移動だったので、
船での海峡越えは初めてのことでした。
雲は暗く見えるけれど、お天気は悪くありません、しかし関門海峡波高し。
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時おり大きなタンカーも通り抜けていく海峡、
潮の流れもめまぐるしく変わるらしく、一日の船の往来も700隻とか。
そのあいだを縫うように渡っていく船は、大波小波をうけてしぶきをあげていきます。

とうとう渡った下関、そして唐戸市場へ。
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f0231393_2318398.jpgやっぱり地元の市場は楽しいね、こちらでは見かけない魚があちこちに。名物のふぐ、こちらでは「ふく」と言います。
ふくがいっぱいくるように、かな。
ね、ここさん。


f0231393_1847145.jpg亀山八幡宮にて、またまたふくがいっぱいきますように。
手を合わせる横顔がかわいいね、ほっこりちゃん、
なんてお願いしたんだろう。

ちょうど30日が、夏越祭(なごしまつり)だったようで、茅の輪くぐりの茅の輪がまだありました。
あ、そらさんのお天気スカート。
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夏越の祓をする人は千年の命を保つと云う祭りで
昔からこの神事が行われるのは夕日の降(くだち)と定められ、
今でも薄暮せまる頃から始められるのだそうです。
「母の分 もひとつくぐる 茅の輪(ちのわ)かな」と
小林一茶も詠んでいるとか、この夏の暑さの中でもみんなが元気でありますようにと願います。
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ブログを始めて4年。
ほんとうに数々の出逢いがありました。
いつも思うことですが、まさかパソコンという機械を通しインターネットの世界で
こんな出逢いが待っているとは夢にも思っていませんでした。
まだ会えない方もいるけれど
そしてもう言葉を交わさなくなった方々もいるけれど
ひとつひとつのめぐり逢いを忘れてはいません。
記事を読ませてもらいながら、身近な人になっていく不思議。
たとえ、自分のことは詳細に語らないブログを書かれていても
そこから感じられる、その人がいます。

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二年前の暑い夏にでかけた「よがんすの旅」、
その時も未踏の地広島でのめぐりあいがありました。
私にはまったく縁のなかった広島でしたが
不思議なことに、最初に書き始めたブログの頃から始まり
その後もなぜか広島に関係する方によくご縁がありました。
それからというもの、しだいに8月6日の意味を深く考えるようになっていました。
毎年広島原爆ドーム対岸の親水テラスでお琴の演奏をされるちるさん。
みぃさんも記事に書いておられたっけ。
私にとって広島は遠い町でありましたが、
それがブログでの出逢いを通して自分の身近な場所になり、
私の知りえなかったこと、想いを、ごく近い想いとして感じることができるようになったのです。

門司港にもどり、ここさん推奨名物、瓦蕎麦を食し、
〆のビールをいただき、
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小倉にひきかえして、ここさん、ほっこりちゃんと握手、
ありがとう、楽しかったね、
名残惜しいけれど、またこんどねとお別れ。

そしてそらさんは博多にもう一泊、私はふたたび空旅で羽田へ。
ちょうど暮れなずむ頃、雲の上は夕焼けのいちばんきれいな時間帯でした。
あっという間の一泊二日だったけれど楽しかったなあ。

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うとうとしてふたたび外をみると、もう真っ暗、
しだいに高度を下げた旅客機の窓の下には、宝石箱をひっくりかえしたような街明かり。
と、その時、
ポーンと花火がひとつあがりました。
もしかして隅田川?
ちょうどその日は隅田川の花火大会、
位置関係がよくわからなかったし、たった一発だったので、よその花火だったかもしれないけれど
パッと咲いた見下ろす遠花火。
あっという間に過ぎてしまった楽しい時間みたいに小さく明るくやさしく光っていました。
by sarakosara | 2010-08-07 23:30 | | Comments(18)

門司港にて

今年の7月ほどスケジュール満載の月はありませんでした。
やらなくちゃならないことや、楽しみなことが、
波のように寄せては返し、寄せては返し。
気がつけば8月。
少し順不同になりますが、直近の旅のお話をまず。

7月30日、かねてからのお楽しみ、
慌しかった7月、最後に大きなご褒美のような旅が待っていました。
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羽田を定刻で発った飛行機は、低気圧の影響で揺れが予想されますとのアナウンスどおり、
ガタガタと揺れたり、フワンと一瞬からだが浮くように落差がついたり、
特に広島上空あたりで激しく揺れて、
もしかしたら、今回のっぴきならない用事で参加できなかった
広島のお方のパワーのせいじゃなかろうかなどと、ちょっと思わせるような揺れっぷりでした。
そういえば、大阪上空付近を通過する時も、かすかに揺れが?
そんなそら旅をおえて、福岡空港で、一便早い飛行機で先着していたのは、そらさん
博多でお昼をいただいてから、向かうは、小倉。
ここさんほっこりちゃん、お待たせしました、
ほっこりちゃんとは、実に二年ぶり、ここさんとは昨年の東京タワーデート以来の再会。
そして、ここさんとそらさんは旧知のような初対面、
さあ待ちに待った4人旅の始まりです。
翌日博多泊のそらさん以外はみんな一泊二日の日程、今回は関門海峡をはさんだ
門司、下関に焦点をしぼって、歩きます。
名ガイドのここさん率いる4人組。
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門司港駅は鹿児島本線の起点で、大正時代に完成した現在の駅舎は国の重要文化財、
駅からはじきに海が見え、門司港が開けます。
海の匂いがする。
暑いねぇが合言葉みたに交わされるけれど、そういえば二年前の広島も暑かった。
あの時も暑かったよねぇ。
思わずここさんに言って、
おっと、あの時はここさんはブログを始めてなかったんだ。
そらさん、ほっこりちゃん、ちるちゃん、そしてここさんがいた、
どうしてもそんな気がする二年前なのでした。
つながって、つながって、ここにきた、
出逢いは不思議。

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実はこの門司港、バナナの叩き売り発祥の地とか。
叩き売りの口上のひとつにこんなものがあるそうな。

春よ三月春雨に
弥生のお空に桜散る
奥州仙台伊達公が
何故にバナちゃんにほれなんだ
バナちゃんの因縁を聞かそうか
生まれは台湾台中の
阿里山麓の片田舎
土人の娘に見染められ
ボーッと色気のさすうちに
国定忠治じゃないけれど
一房二房もぎとられ
唐丸籠にとつめられて
阿里山麓をあとにして
ガタゴトお汽車にユスられて
着いた所が基隆港
基隆港を船出して
金波銀波の波を越え
海原遠き船の旅
難関辛苦のあかつきに
ようやく着いたが門司ミナト


というわけで、バナナ同様、ガタゴト電車にユスられて
ようやく着いた門司ミナトにて、叩き売られた・・
のではなく、みつけちゃったのが、こんなところ。
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というわけで?
ふるふるの泡が魅惑的なヴァイツェン、ならんだ4つのグラスが嬉しいね。
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再会と、新しい出会いに乾杯。
夜は小倉で乾杯だったのに、その前にここですでに乾杯してしまった私達って。
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レトロな門司港駅をあとに、小倉へ引き返し、
もつ鍋、その他もろもろ美味しいもの満載の夜の部の写真は暗さにカメラが負けました。
楽しい夜の写真は、ご想像に託しましょう。

つづく
by sarakosara | 2010-08-02 22:47 | | Comments(12)