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少女

今までの片付けで出てきた捨てられないもののひとつ。
奥の奥にしまわれていたLPレコードが20枚ほど。
中にはこんなの買ったっけ?とすっかり忘れていたものもありました。

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このふたつはよくおぼえていて、
どこにしまったのだろうと探していたもの。

五輪真弓は「恋人よ」で広く知られるようになりましたが
私はこの初期の頃の作品が大好きです。
煙草のけむりや、冬ざれた街。
かっこいいなあ、素敵だなと憧れました。
特に「少女」という曲。



このLPを買ったのはたぶん高校生の頃だったと思うのですが
「少女」が作られたのは私が14歳の頃。
初めてきいた時から歌詞にも旋律にも惹きこまれた曲でした。
曲の中の少女のようにちょうど多感な頃だったので、よけいに感情移入したのかもしれません。



そしてもう一枚は、ビージーズのインザモーニング。
このLPはたぶん専門学校時代にお茶の水の中古レコード屋さんでみつけたものだったはず。
当時は一ヶ月に2,3枚LPを買っていたと思います。
このレコードも13歳の時にみた映画「小さな恋のメロディ」の音楽が印象的だったので
またきいてみたくて買ったような。



このオープニングの映像もよく憶えています。
愛らしいトレイシー・ハイド、まだ幼さの残るマーク・レスターに好対照のジャック・ワイルド
当時の私と同じ年代の彼らが身近に、
でも瑞々しくて素敵にみえて、
また映像にぴたりとあったビージーズの音楽がとても新鮮でした。
このyoutubeにはのってないけれど、若葉の頃も大好きな曲です。

昨日はアイロンがけをしながら、レコードに針を落としてみました。
あっという間にさかのぼる30数年の時。
by sarakosara | 2010-11-28 08:34 | 好きなこと | Comments(22)

三階に家あり

我が家は築20年の三階建て。
父が一階に、寅さんの両親が二階、そして私達家族が三階という住まい方をしてきました。
15年前に義父が、そして5年前に義母がなくなってからは
一階に父、そして私達が2、3階を使っているのですが、
来年早々に20年目の屋上のビニールシートの張替えがせまっています。

これは屋上から撮ったつい3日前のよこしまな朝の雲。

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で、屋上にある物置を、この際だからと撤去することにしました。
そもそも屋上に物置を作ること自体違法なのでしょうが、
しっかりワイヤーで固定されてはいるものの、
やはり台風の時などギシギシときしんで、気がもめてしかたありませんでした。
ああ、これですっきりする~
とは思ったものの、知らず知らずに詰め込んできた品々がぎっしり。
さぁ思い切って処分、処分。
おおよそは思い切れば捨てられるものなのだけど、
やはり処分できない品々もあるにはあります。

ということで、捨てられないものを移動するため
先月くらいから土日に少しずつ、
まずは家の押入れや作り付けのもの入れの整理から始めました。
どうも我が家は捨てられない系の人が多いらしく難儀しています。
一年だか二年使わないものは、もう要らないものという話もきいたことがあります。

特に二階の寅さんの両親のものでなかなか捨てられないものもそのまま。
それから子供達が使ってきて捨てられないもの。
三階の押入れはなんとか片付けたけれど
これから難関の二階の整理に手をつけなければなりません。
ああ、暮れの掃除と重なって気が重いなあ。

それはそうと、ビニールシートの張替えで出て行くお金も大金です。
あと5年もしたら、二回目の外壁の塗り替えもあるし・・
見栄えだけでなく、家を保全するためにどうしても必要なこと。
マンションとかの修繕費のように、少しずつ積み立てておくのだったと
今さら言っても後の祭り。
これから家を建てる方にはぜひとお奨めします。
って、これって常識なのかもしれませんが(汗)

家の前の公園の桜も、こんなに色づきました。

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そして避けて通れないのが、これからの住まい方。
家族構成も変わり、年齢を重ねれば私達夫婦もいつまでも三階には住めなくなるでしょう。
家を建ててすぐにまだ60代前半の若さで義母が倒れて、
その時にバリアフリーにしてなかったことをほんとうに悔やみました。

私も若かったので、寅さんの留守の通院時なども、
ソレッと車椅子を持って階段を降り、
次に義母を介助しながら階段の上がり下がりもこなしたけれど、
これから自分達が年寄りになれば、
ましてどちらかの足腰が不自由になれば三階からの上がり下がりはもう無理です。
これからどう住まうかという計画も、
そろそろ少しずつ始めなくてはと思っているところです。
by sarakosara | 2010-11-27 11:38 | 日々 | Comments(8)

ともしび

ちょうど一ヶ月前、
観覧車の夜を一緒にすごした伯母の容態がよくありません。
あの時の驚くほどの元気がむしろ不思議だったのだけれど、
その勢いをかりてあれからまた一度家にもどり、
先週末に限界を感じてふたたび病院へ。
今は風前の灯みたいな命です。

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もうじき90歳を迎えようとしているひとつの命の前に
悲しいというよりも、厳粛な気持ちになります。
我慢強い伯母も弱音がでます。
少しでも安らかに・・
と祈りながらも
命のともしびの力の前には
誰もいかんともし難いものがあります。

伯母の歩いてきた道が、
たくさんの思い出が、今も灯っています。

母がいき、祖母もいき、義父も義母もおくりました。
そして父や、私自身もいつかはいく。
どんな人にも平等に訪れる死だけれど、
その最後の時はひとりひとり、いろいろな形で迎えるのだと。
あらためて、そう思いました。
by sarakosara | 2010-11-27 00:07 | 想う

いとこ会

土曜日、日曜日と、寅さんの「いとこ会」がありました。
義母の育った小田原と、生まれた足柄からほど近い箱根でということで。
こんな集まりは初めてのこと、
こういう会があると、従姉妹たち、さぞ仲がいいのだろうなと思われるかもしれませんが、
こんな話が出るようになったのはほんの数年前のこと。
子供の頃に一緒に遊んだ記憶はあっても、
それからそれぞれに成長し、それぞれの家庭をきずいて、
ずっと疎遠になっていた方々ばかりなのです。

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義母のお母さんは義母を生んでまもなくなくなられ
長男長女をのぞいた、まだ赤ちゃんだった義母を含めた小さな子供達は
親戚の家に散り散りにもらわれたそうです。
後に生まれた母親違いの兄弟をあわせるとみんなで8人。

それから、長い長い年月が流れ
きょうだいの訃報などを機に散り散りになった兄弟の糸がまた繋がれて、
その子供達の糸もふたたび繋がりだしました。

5年前になくなった義母の後を追うように、兄である伯父も逝き、
ますます従姉妹達の集まる機会も増えて、
誰もちゃんとしたことのわからない家系図を誰からともなく書き始め、
そのうちに、ずっと若い頃になくなった末の叔母がいたということも手繰り寄せられ、
幼くして残された従姉妹もどうしているかという話になったのです。

その二人姉妹も今回初めてみんなに会いました。
まだ小さな子があるので、日帰り参加でしたが、箱根に移動する前に小田原で数時間。
それぞれが自己紹介をしてから
ずっと小さな頃に会ったことのある従兄弟が、幼い頃の二人の様子や
若くしてなくなった二人の母親である叔母のことなど
思い出せる限り話をきかせていました。

仙石原に着いた頃はもう夕暮れ。

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結婚をすると、もれなく相方の親戚もついてくる。
私は一人っ子のうえに、
私の母もまた、生まれてすぐに他人の家へ養女として出されて
結婚を機に北海道を出たので、
母方の親戚というものを、ほとんど知らずに育ちました。
おまけに父方も、やはり北海道という遠方だったためか、
親戚がわいわいと集う場面という経験をしたことがないのです。

寅さんと結婚して初めて、こんな親戚づきあいをして、
正直いって初めは煩わしさを感じなかったわけではありません。
たまたま続いたというのもあるけれど、
つい先月も寅さんの父方の伯母を囲む日があったばかり。
特に今回の母方の里の親戚はみんなかざらぬ人柄で、
人のことも自分のことのように心をくだくので、
互いにそれをありがたくも迷惑な話だと思うこともあるみたいだと、ちょっぴり本音も。
でもそれが微笑ましくも、可笑しくも感じてしまう義母の里なのです。

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今回初めて会った従姉妹が40代前半なほかは、
私の50代前半から、60代前半くらいまで10人。
ちょうど年代的に、みんな親のこと、連れ合いのことで何かしら背中にしょっている。
今回もどうして出席は無理と言っていた従姉妹が思い切って参加。
温泉に入ったのは何年ぶりだったろう、出てきてよかった~と言っていました。
実は今回すべてを段取りをしてくれた従姉妹が今一番、ずっしりと肩にかかる荷があります。
なんでもこなしてしまうスーパーウーマンで、
伯父が残した田んぼを駄目にしたくないと、すっぱりと仕事をやめて始めた農業も
なんとか軌道にのってきました。
慣れぬ田作りを始めて三年、今年はこの猛暑の中、初めて一等米が作れたと嬉しそう。

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自分の母親と、同居の義母さん、二人のおばあちゃんも今回のツアーに参加しました。
90歳の母さんと、83歳の母さん、一人は膝の手術を、一人は心臓の手術を
数年前に終えたばかり。
それでも声をかけあって、小さな背中をまるめて、二人とも達者に歩きます。
母さんが前日から庭に釜を出して、木っ端を燃やして煮詰めてくれたのよという
タッパーいっぱいのイチジク、美味しくて食べ過ぎました。

落ちていく葉のそばには、もう春を待つ銀色の新芽、
何の木なのだろう、きらきらととてもきれい。

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おばあちゃん二人に合わせての行程になったけれど、
いろんな意味で、すっごくてんこ盛りな「いとこ会」でした。
毎年11月には集まることになり、いちばん若い従姉妹が
パソコンで家系図を完成させてきてくれるそうです。
もちろんわかるところまでね♪
by sarakosara | 2010-11-23 17:20 | | Comments(12)

案山子

ミコが発ってから、もうじき三ヶ月。
以前パソコンがウィルスにやられてしまったお話しをしましたが
それ以来、ずっと不調で、もうひと月ほど前からすっかり使えなくなってしまいました。
現地で買おうか(日本語の設定が面倒らしい)
それともこちらから送ろうかと検討していたのですが
いちばん楽なのは、ソフトも必要なものは全部入っている、
スマの使っているものを送るのが一番だろうと。
スマはちょうど写真の整理用にマックが欲しいと
自分で少しずつお小遣いをためていたので、この際だからと少しだけカンパしてマックを購入。
それからデータの移行やら、ソフトのインストールをい終えてやっと送れるということになり、
さあ今週こそはと、クッション材に温かそうなセーターやら
身の回りのものも一緒に入れて、インボイスも作成、やっと荷造りも完了。
集荷依頼の電話をしたら、
なななんと、先日イエメン発のアメリカ行きの航空機でテロ未遂事件があった影響とかで
とうぶんアメリカへの荷物の発送ができなくなっていると・・
ああ、あと10日早く荷造りを終えていたら・・

ノートパソコンはリチウム電池が使われているため
同じくテロ関係で、海外発送がとても難しいものらしく、やっと送れる手段をみつけたところでした。
おそらく航空便が再開しても、今まで以上に送るのが難しいのではないかと思われます。

これは現地で買うしかないなと、
仕方なく事情を書いたメールを送ったのだけど、返事が来ない。
今は仕事先の学校のパソコンを借りているので、
ウェブメールの確認も間遠になっているのでしょう。

出発前に契約を切る時に撮っておいた、ミコの大好きな歩けよ乙女の待ちうけです。

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しばらく声もきいていないしなあと
時差があるからひかえていた電話をかけました。
こちらは夜の11時だったけれど、
「おはよう・・」と、眠そうな声で電話に出たミコ。
ちょっと計算違いをして、朝の5時にかけてしまったみたい。
ひさしぶりの電話にききたいことがあふれてきます。

色々あるけどね・・と、ちょっぴり愚痴もききました。
でも友達もできたし何とか元気でやってるから大丈夫、と。
遠くにいるのに、すぐそばにいるようにきこえてくるミコの声。
うん、いろいろあるよね、でもきっと大丈夫ね。

元気でい~るか、街には慣れたか~ 友達できたか~♪
懐かしい案山子という歌を思い出します。
何かにつけて思うミコのことだけど、
その晩はミコの声がきけて、ほっこり温かい気持ちで布団に入りました。



明日あさってと、寅さんの親戚(今度は義母の里の方々)と一緒に小旅行です。
今夜は週末家仕事を片付け、明日早朝に出発。
行ってきま~す。
by sarakosara | 2010-11-19 20:03 | 家族のこと

くるみのころころクッキー

寒くなってきましたね。
通勤途中の桜の葉も色づいて、
公園にいっぱい散り敷き、色とりどりにとてもきれいです。

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仕事も今月が忙しさのピーク、あっという間の一週間。
来月になると家仕事が山森だしなあ、
そんな時は、あわてない、あわてない、ひとやすみ、ひとやすみ。
ということで?
私が最近はまっている、つい先日の記事
にも少しだけ書いた「くるみのころころクッキー」の作り方、
お友達からのリクエストもあったのでついでにみなさんにも。

最初に食べたのは職場の若いママさんが作ってきてくれ時、
そのほろっとした食感と、やさしい味のとりことなり、
作り方を教えてもらったら、またその作り方のあまりの簡単なことに感動。
(ただし、フードプロセッサがあればなのですが・・)
それ以来ちょちょっと作っては友達にプレゼントしたりしているのですが
大好評で、必ず作り方教えてと言われます。


<材料(約70個分)>
家でちょこっとつまむ分くらいなら
ちょうど半分の分量で作ってもいいと思います。

  薄力粉・・・・・130g
  アーモンドパウダー40g
  くるみ・・・・・50g
  バター(食塩不使用)95g
  グラニュー糖・・40g
  塩・・・・・ひとつまみ
  仕上げ用の粉砂糖・・適宜

<下準備>
  ●バターは1.5センチ角に切り、冷蔵庫に入れておく
  ●天板にオーブンシートを引く

<作り方>
 ①フードプロセッサーに薄力粉、アーモンドパウダー、グラニュー糖、塩を入れ、
  粉類をふるうつもりで、ざっとまわす。

 ②バターを加えてスイッチのオンとオフを繰り返し、バターと粉がさらっと混ざり合ったら、
くるみを加える。再びスイッチのオンとオフを繰り返し、
ひとかたまりにまとまったところで生地を取りだす。
  

 ③平らにまとめてポリ袋にいれるかラップで包み、冷蔵庫で一時間以上休ませる。

 ④オーブンを170度に暖める。生地を取り出し、スプーンや手で等分にちぎり取りながら
  直径1,5~2センチのボール状に丸め、天板に間隔をあけて並べる。

 ⑤170度のオーブンで、回りがほんのり色づくくらいまで15分ほど焼く。
  完全に冷めたら(ここ大事)、ポリ袋などに入れた粉砂糖の中で転がしてまぶしつける。



ここまで生地を寝かせる時間をはぶけば、30分もかかりません。
いちどおぼえたら、ほんとうに簡単なクッキーです。

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こんな可愛いお茶のセットがあったらいいなと思いながら
以前出先で撮った写真。
寒い日にあつあつの紅茶でゆっくりって、幸せだよなあ。
by sarakosara | 2010-11-19 05:44 | さら子の皿

おべんとみっつ

今夜はひとり、ひさびさにゆっくりパソコンの前。
金曜日の夜がいちばん心もからだものんびりです。
さて、そんな今日の一日前、
木曜日にフラを始められたお友達がいるようですが(すてき♪)
私の木曜日は中国語のレッスンの日でもあると同時に、
もうひとつお弁当みっつの日になってしまいました。

というのも、ことの始まりは二週間前の木曜日。
スマがお弁当を忘れて大学へ。
あ~あ、せっかく作ったのになあ・・
自分の分はあるし、どないしょ。
ぶつぶつ文句を言っていたら、寅さんが
「それ、僕が持っていこうか」と。
「だって、外回りがあるからお弁当はいらないって言ってたじゃない」と、私。
それがね、木曜日はないの、と。
わっ、助かる。
ということで、寅さんがお弁当を持っていってくれて、一件落着。

ところがひょうたんからこま。
家に帰ってから、お弁当箱を出しながら、寅さん、
お弁当美味しいな~と。
へっ、スマのだからテキトーに作ったのにな。
あららら、それなら作りましょか?
そう言わないわけにはいかないよね。
それならお願いってことで、木曜日だけ寅さんもお弁当持参となりました。

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ひとつも、ふたつも、みっつも同じことなのだけど、
やっぱりちょっとあわただしい。
そのうち、木曜日は私がカップ麺持参なんてことになるかもしれません。
by sarakosara | 2010-11-12 22:37 | さら子の皿 | Comments(27)

痛み

友達に紹介されて買った据え置き型の浄水器が壊れたのはまだ暑いさかりでした。
フィルターを取り替えながらもう10年以上、実によく働いてくれたけど、
もうじきこの型はなくなるそうで、フィルターも来年で生産終了。
今から直してもなあ、かといって新しい浄水器設置も高くつくしなあ。
ってことで、ここ最近はスーパーにサービスで置いてあるクリアウォーターを
せっせと運んで使っています。
この水、最初に大きな容器さえ買えば
あとは無料で浄水がいただけるというもの。
数日にいっぺんくらいの頻度だけれど、けっこう重宝しています。

で、一昨日のこと、いったん帰ってからボトルをもってスーパーに。
並んでいない時をみはからって水をくんでから買い物をと
4リットルのボトルをいっぱいにして、カートの持ち手にひっかけて歩いていたら
うっかりボトルが持ち手からはずれて
ゴトン!と、足に。
右足の小指にみごとに命中、痛いのなんのって。
でも足にあたったことで、かえってクッションになりボトルは壊れなくて済んだようなもの、
プラスチックとはいえ、かなりの重さ。
ここで壊れて4リットルの水がこぼれていたら、スーパーの床はびしょ濡れ
大変な騒ぎになるところでした。
慌ててボトルを取り、何ごともなかったように家にもどったけれど、
小指はズキン、ズキン。
靴下を履く時も、スリッパが当たっても痛みました。

そもそも痛みというのは、熱のように客観的に測れるものじゃないからやっかい。
私が腰痛で通っている整形外科の初診時に書く用紙にも、
痛さの度合いが何段階かに分けて書かれています。
普段は痛みを感じない、から、我慢はできるがけっこう痛むとか、常に激しい痛みだとか、
にっこりマークから、泣きべそマークまで、5段階くらいに分かれて
自分の今の痛みを表現するようになっています。
それくらい人の痛みというものはなかなかわかりにくい。
そして私はどちらかというと、あまり痛みに強いほうじゃありません。
頭痛薬もわりとすぐに飲んでしまうし、
そういえば20代の頃、スキーで骨折をした時に病院で整復をする際
あまりの痛さに泣いてしまったら
隣の小学生を見なさいと叱られたことがありました。
恥ずかしい。
この痛みの感じ方というのは、どこからくるのでしょう。
もちろん我慢強いとか、我慢がないという気持ちの持ちようもあると思うけれど
それ以外にも痛みの感覚の違いというのはあるような気がします。

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今朝、東の障子をあけると、ちょうど朝の光がさしこむ一瞬手前でした。
すわっ、カメラ。

最初はぷっくり腫れていた小指も今はだいぶ腫れはひいてきました。
全体が濃い紫色になり、靴をはくとまだズキンと痛むけれど、
水がこぼれなくて、ボトルが壊れなくてよかったと思うことにしました。
by sarakosara | 2010-11-12 20:22 | つぶやき | Comments(6)

かっこめかっこめ酉の市

昨日は寅さんと二人で、我が家毎年恒例の酉の市に行ってきました。
すんごい長蛇の列を作って色んな人が並んでいました。
今年は二の酉までしかないからかな、それとも果てしない不景気だからかな。
ここで見知らぬ人たちと、おしくらまんじゅうしながら
色んな人が色んな思いをかかえて生きてるんだろうなって、いつも思います。

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浅草が大好き。
母が足しげく通ったところだからだろうか、
それとも根っからこんな雰囲気を愛した母のDNAが私にも流れているからだろうか。

結婚する前の年、ちょうど出逢っていくらも日のたたない頃に
寅さんに一度行ってみたかったのと言って
一緒に来てもらったのが始まり。
それから一緒に、あるいは時に片方で、でも毎年かかさず通い続けてる酉の市。
一年って早いねと言いそうになって
一年前は私が新型インフルになって寅さんひとりで来てもらったんだと思い出しました。
そっか、私が来たのは一昨年だったんだ。
まるでついこのあいだのことのようなのに。
ほんとうに一年が早い。
でもやっぱりここに来られると年の瀬がやってくる気ぜわしさを感じながらも
なんとはなしに心がはずみます。

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かっこめ、かっこめ。
銚子のいいお囃子がきこえてくる。
父のところと、いつも頼まれてる友達のところ、都合三本熊手を買ってきた。
今年は元気な売り子のおばちゃん二人(一人はおばあちゃんという年齢)と話がはずみ、
そのパワーをいただきたくて、握手してもらった。
元気な人にも、元気じゃない人にも。
かっこめ、かっこめ、福よ来い。

帰りはもちろん寅さんと一杯。
ここは最初に来た店の向いがわなんだよって言われて
25年前に来た店を思い出しました。
そうか、あれからずっと、よく通ったよね、しみじみそう思いました。
by sarakosara | 2010-11-08 07:34 | ぶらさら子 | Comments(12)

野菊

前記事を書いていたら、お隣のおばさんから電話がありました。
菊が咲いたから取りにいらっしゃい。
毎年この季節になると、この電話がかかります。
まだパジャマだし(汗)
あわてて着替えて外に出ると、お隣の庭に菊をかかえたおばさんがいました。
おん歳90歳。
私が子どもの頃からお隣さんで、
母が留守の時に祖母の具合が悪くなったときには
どうしていいかわからずおばさんのところへ駆け込んだこともありました。
私の浴衣を仕立ててくれたり、祖母の話し相手にもなってくださった。
一時は腰をいためて歩くこともできなくなったけど、今はこうして元気でいてくれる。
「お父さんのところへもあげてね」そう言いながら
両手にかかえるほど花をわたされました。
台所はたちまち菊の花の香りでいっぱいです。

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by sarakosara | 2010-11-07 09:39 | 日々