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思い出のかけら

札幌駅の北口を抜けて北大方面へ向かう。
父にそっちじゃないだろう、こっちだと指摘され、えっ?と思うが、
昨年来たとき思い込み方向が違っていた、
街は様変わりしても、父の方向感覚は以前の記憶をきちんと残しているのだ。
ナビゲートするつもりが、されて、ちょっとしゃくだが、もちろん年季が違う。

北大のすぐ近くに私にとっていちばん思い出深い祖父母の家があった。
そのあたりを歩いてみようと思ったが
ひとまず北大にはいり、正門脇のカフェテラスでひとやすみする。
父はコーヒーが好き、昔からミルク無しの砂糖入り。
外の日差しが強かったが、一休みしなが見る木洩れ日は心地よい。

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今回は父の写真をよく撮った。
写真に残すことにどんな意味があるのかちょっと迷ったが
やはり父とのこの時間をとっておきたかった。
ちょっと前までは、こんなしわくちゃジイサン撮らないでくれと言っていたのに
父も今回はカメラを向ける私を嫌がらなかった。
このごろは、疲れてくるとしらずに口がぽかっと開いてしまうことが増えた父、
そんな横顔をみていると、少しさびしい。
カメラを向けてはい、笑顔、とリクエストすると、父もそれなりに意識する。
少し背筋もピンとするようだ。

ちょうど座った席の横に昨年ノーベル化学賞を受賞された
北大の鈴木章教授のコーナーが設けられていて
その業績と化学反応式がまとめられた簡単な冊子が無料で置いてあったので
化学の好きなスマに一冊いただく。
私には意味不明の化学式が並ぶページをぱらぱらめくりながら
子ども達の話をしたような気がする。

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北大の校章入りのカップのコーヒーは父のほうが先にからっぽ。
骨だらけの身体には、固めの椅子に座り続けるのもまた堪えるらしく
そろそろ行こうかと外に出る。

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この北大に面した通りには以前は市電が走っていたような記憶がある。
そして「えびすや旅館」という、小さな宿屋があって
ロバパンの看板がかかったパン屋さんがあった。
ちょうどその二軒の中間あたりにある通りを右に折れると、
少し行った右手に祖父母の家があったと思う。
昨年の冬に私一人で来たときに訪ねた、結婚する前の本籍地は
今の札幌テレビがある場所に位置していた。
私はてっきりそこに思い出の家があったのだと思い込んでいたのだが
後から確かめてわかったことには、そこは父が子供の頃に住んでいた家があった場所で
北大の近くの私の記憶にある家は本籍地ではなかったのだ。
札幌テレビのあたりで、どこかに面影を探してみたけれど
北大近くという自分の記憶と少し食い違うことに違和感があったが
その後本籍地と懐かしい家の場所が違うことがわかって、やっと辻褄があった。

もちろん、その懐かしい家ももう今は跡形もない。
祖父母はさらにそこから新琴似というところへ越し、
そこにずっと住んでいた伯父夫婦も、
伯父なきあとは伯母も引き払って息子のいる秋田に越した。

従姉妹とソリ遊びをした路地も、すっかり当時の面影はない。
伯父と従姉妹と父と祖父、
4人で北大まで歩き、
子ども達はゆるいスロープでスキーをしたこともあった。
ロバパンの店にお使いにやらされると
髪が長いのねぇと、ほめてもらったこともあった。あれは小学校2年生のとき。
お祖父ちゃんの薬をとってきてと祖母に頼まれて
近くの診療所まで行ったこともある。
二階の部屋から遠くの花火が見えた夏の夜、
降りしきる春のぼたん雪を飽きずに見ていた一階の通りに面した寒い部屋。
「もうどこにも、昔のものはないなぁ」
父も自分の思い出のかけらを探しているようだった。

いつのまにか、すっかり日が陰り、雨をふくんだような雲も出てきた。
やはり台風の余波で天候も急変する。
父の足取りも重くなっているし、
ここで降られたら困るな。
そろそろ切り上げて今夜の食事を考えていた場所に移動することに。
タクシーをひろって行き先を言うと、
ほどなく雨が降りだした。
by sarakosara | 2011-09-23 16:23 |

いつか来た道

札幌に向かう列車の中で父と話す。
この前に来たときは、いつだった?
父が札幌に来るのはもうずいぶん久しぶりだと思っていたけれど、
よくよく考えると8年前に伯父がなくなったときは父がひとりで来ていたのだ。
札幌で叔母と落ち合ってはいたものの、
父はもう80歳になる頃と思われ、
当時義母の介護があったにしても、私がついてこようと思った記憶がないので
父がひとりで札幌まで行くことにほとんど不安を抱いていなかったのだと思う。
ここ数年で急速に足腰が弱くなり、視力も落ち
夏の暑さにもぐったりとするようになった。
「もうとてもひとりじゃ右も左もわからないな」
父の今の一年は私の一年とは違うのだ。
やはり今回来てよかったとあらためて思う。

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札幌到着。
札幌駅の様変わりぶりは来るたびなのだと思う、JRタワーなど見上げて驚く父。
千歳で軽くお昼は済ませたので、とりあえずホテルに行って荷物を預けることに。
あと30分待っていただければお部屋に入れますがとフロントで言われる。
少し部屋で一休みしてからのほうがいいかなと思い
その旨父に話すが、休まなくても大丈夫だと。

実はこの日、ホテルの目と鼻の先で友人が個展を開いているお知らせをいただいていた。
marronwさんのタペストリー二人展。

8月に来ていたら見ることができなかったけれど、
今回の急遽決まった札幌行きとタイミングがぴったりだった。
パックでセットになっていたホテルが個展の会場の至近距離にあったのも
偶然のめぐりあわせ。
今回は父のために来る旅だったので、
北海道の友達にもいっさい連絡せずに来ていた。
父の気持ちがそちらに向かわなかったら、すっぱり諦めようと思っていた。
一日のうちでも気分はあっという間に変わるので
直前に話してみた。
この日の午後は北大の方面をぶらぶらしてみようと思っていたので
道すがらにある友達の個展にちょっとだけ寄り道してもいいかな・・と。
すると思いのほか父の快諾。
台風の遠い影響の強い風を受けながら駅前通りを歩く。

個展期間は6日間、常時marronwさんがいるとも思えなかったので
もしいなければ、作品だけ見せていただき
伝言をして帰るつもりで行ったが、、幸運にもいてくださった。
いたずらっぽく笑いかけると、父と一緒だったせいもあり
ん?誰?というような戸惑いの表情。
次の瞬間、ええっ!とびっくりして気づいてくださった。
それでもどうしてここに??と、目をまるくするmarronwさんだったけれど
ほんとうに喜んでくださった。
父と一緒に作品を見せていただく。

エネルギッシュで、やさしくて、繊細で。
ひとつひとつにmarronwさんの想いが色となり風合いとなって
うつし込まれ、織り込まれている。
タペストリーというよりも、それは絵画のよう、
凛と、しかも愛らしいチューリップの花びらの一部が招待状の赤。
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どれも想いのこめられた作品ばかりだけれど
その中に、ぱっと目を引く感じではないのに、ぜか心惹かれるひとつがあった。
いつか来た道。
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秋の木の葉舞う道を想わせる色合いと趣き。
どこか懐かしいような、あたたかな雰囲気があふれている。
たまたま父と一緒の札幌という自分の心情と重ねてしまったところもあったかもしれない、
今回の旅をしながら、たびたび
幼い日に父に連れられて札幌の街を歩いた頃のことを思い出した。
かつては父に手を引かれて来たところへ
今は私が父を気遣いながら歩く。「いつか来た道」

メールもしないでの訪問、ほんの10分か、15分ほどの短い時間だったけれど
作品にじかに触れることができて大満足。
もっとゆっくり見せていただき、おしゃべりもしたかったが、
父が疲れないうちにとおいとました。
ブログを始めた頃は、そんな得たいのしれないものに現を抜かしてと
手厳しい批判いっぱいの父だった。
でもいつしか私のブログのつながりを少しずつ話していくうちに
そんな友人達の話をこころよくきいてくれるようになっていた。
こうして父と一緒に札幌に来ることができたのも、
ブログの友人たちのおかげのような気がしている。


外に出ると、日差しが強い。
駅まであと少しというところで、
「さっきの道を行ったりきたりしているだろう」と
父、急にご機嫌ななめ。
いやいや、まっすぐだよと説明しても、なかなか納得しない。
暑くて疲れたのだろう。
これから駅の北側の北大のほうに行くからねと何度か言うと
そこは父にも馴染み深い場所、
やっと納得してくれる。
どこかで少しお茶でものんで休もうと思いながら歩く。
by sarakosara | 2011-09-19 16:00 |

札幌へ

毎日暑い日が続いていますね。
悪戦苦闘、獅子奮迅?したミコの学校の運動会もなんとか無事終えたようです。
ミコもほ~っとひと息、
帰ってきてからは、まさに泥のように眠る、そんな感じでした。
朝も5時過ぎには起きて、夜も連日の残業
毎日夕食は10時、11時。
そんなミコの生活のペースに合わせたりで、まさに一週間もあっというま。
私の仕事もいよいよ秋の健診シーズンが始まり、
父との旅の記録も、記憶が新しいうちにと思いつつ
パソコンを開いてじっくり向き合う気持ちの余裕がなくて
なかなか記事の中では札幌にたどりつけない日々でした。
やっと連休で家仕事も終えてちょっと前に進めそうです。

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出発の朝、最寄駅まで寅さんに車で送ってもらう。
車の中でも忘れ物がないか気にする父、
とりあえず体と薬とお金があれば大丈夫だかららと何度か言う。

私は父の分の荷物もキャスターつきのスーツケースに入れ、
父はショルダーバックひとつで歩けるように。
それでも下りのエスカレーターは足もとが危ないこともあるので
なるべくエレベーターを使うようにする。
思っていた以上に時間がかかる。
スマからジイジにもSuicaを買ってあげたほうが楽だよと言われていたのだが
果たしてタッチ式のカードを使うことを嫌がらないかなぁと少し迷う。
しかし思いのほかひとつひとつの移動に時間がかかるので
スイカを買ってしまったんほうがかえって楽かもと、急遽購入。
父、88歳のスイカデビュー。
初めは戸惑う様子も見えたけれど、
「こうしてピッとね」と言いながら私が前に、後ろに父、
見よう見まねでピッとしながら、改札を通過。
「ふ~ん便利になったもんだな」
そう言いながら、まだ半信半疑な顔。わかっとらんな、きっと。
繰り返し使ううちに慣れるだろうと、私が預かり、
使う都度渡して、「またピッとね」を繰り返すうちに、しだいに納得の表情になった。

空港に着いたのが出発時刻の一時間前。
だいたい予定どおりなのだけど、手荷物検査や
搭乗ゲートまでの距離を考えると内心少し焦ってきた。
焦るとろくなことにならないのはわかっているのに
機械での搭乗手続きのときに必要な予約番号がどうしてもみつからない、
迷っているあいだに時間が経過してしまうので
仕方なく機械ではない窓口に並ぶが列はなかなか進まない。
ロビーの椅子に座って待つように言ってある父のことも気になる、
私のことが気になって動き回らないといいけれど。
やっとあと数人で順番というときに、
手元に持っていた数枚のプリントの中に予約番号をみつける。
あちゃ~、これにさえ気づいていれば機会ですぐに手続きできたというのに。
さら子不覚の巻。

さらに、それからスーツケースを預ける列に並び。
待ちぼうけの父に、ごめんごめんと言いながら手荷物検査へ。
やはり搭乗ゲートまで少し距離がありそう、
出発20分前。
ちょっと急ぐよ、そう父に言うが早足は無理、
神妙な顔つきで私の後に前になりして父も歩く。
動く歩道に乗れるかときくと、大丈夫というので、
他の急ぐ人の邪魔にならないように後ろを気にかけながら動く歩道の上をゆっくりと歩く。
歩道の切れ目に近づくと、さぁもうじき終わりだからね~と念を押して、ヨイショっと。
何本か乗り継いでやっとゲートに到着。
搭乗の前にトイレを済ませておかなくちゃと父に言う、
出てきたらここにいてねと念をおして私も慌ててトイレへ。
トイレを済ませて出るともう搭乗が始まっていた。
やれやれ、なんとかセーフ。
ああ、慌しい、もっと時間に余裕をもつべきだった、
父のことも無駄にせかしてしまったと反省。

ところが、ここでやれやれと言っている場合ではなかったのだ。
機内に乗り込んで、ほっと座席についた途端ハッとする。
あれっ!私のカーディガン・・
どう見てもショルダーバッグひとつと、父のために買ったペットボトルの水しかない。
わっ、もしかしたらさっきのトイレ!?
頭の中はぐるぐる。
一瞬、もう仕方ないな、諦めるか・・と思ったのだが
つい数日前に買ったばかりの一枚。
アフタヌーンティーのセールで2900円、
値段的には諦められるギリギリライン。
でも珍しい明るいパープルで私の大好きな色だった。
ほんの30秒ほどの間にポンコツコンピュータがカタカタと考えていた。
よし、だめもとで言ってみよう、
父にはカーディガンを忘れたから、ここに座っていてねと伝え
入り口の客室乗務員の女性にかくかくしかじかと伝える。
「搭乗口前のトイレですね、紫のカーディガン。
 わかりました。お客様は席についてお待ちください」
すぐに機外の職員に連絡をしている。
ああ、恥ずかしいなぁ・・
頭の中のポンコツコンピュータが、またカタカタ・・
あれ?トイレだと思ったけれど、
父のことに夢中でいつまで持っていたのかはっきりしないぞ。
JRでは持っていた、モノレールは?ん?
まずい、トイレじゃないかもしれない。
慌てて近くに来た客室乗務員のおねえさんに、
もしかしたら登場口近くのトイレじゃなかったかもしれない、
もう諦めますので、出発時刻に差しさわりのないようにしてくださいと伝える。

と、その時、
これですか?と
私のカーディガンを手に、むこうから別の客室乗務員さん。
「ああ、それです、それです!」
向こうの向こうで、初めに話をきいて対処してくださった女性もVサイン。
顔から火が出そうだったが、
迅速な対応と心配りに感謝、感謝。
ANAの乗務員の方々、ほんとうにありがとうございました。
父のことで心ここにあらずの出だしにカーディガンをなくしたとあれば
少なからずこれからの旅に暗雲がたちこめるような気持ちになったかもしれない
そこにスッと明るい光が差したように嬉しかった。
どうなることかと事態をはらはら見ていた父も、よかったなぁと安堵の様子。
父に何かアクシデントがあるのではないかと、はらはらしていたのに
私がいきなりのポカ。
情けないというか、立つ瀬がないという状況、
離陸のときに、耳がおかしくならないように父に飴を渡したら
ほっとした反動や早起きのせいもあって
札幌までの上空では思わず居眠りが出てしまった。

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波乱含みの父との旅、まずは私に早くもペケマーク一個だったけれど
無事に降り立った千歳。
札幌に向かう列車快速エアポートの車窓から見える空は
気持ちよさそうな雲を浮かべていた。
ピーという警笛をきくと、ああ、北海道にきたのだといつも思う。
by sarakosara | 2011-09-19 11:58 |

父の帰郷

父と出発したのがちょうど先週の日曜日、
早いものでもう一週間です。

留守中には、ミコも学校で次々と起きるアクシデントやクレームに悪戦苦闘していたらしく、
最終日に札幌からかけた電話にちょっと涙声。
途中引継ぎの新米教師、
私の声に、ピンと張っていた緊張の糸がちょっと緩んだようです。
夏休みの宿題のまとめ、今度の週末の運動会に向けての準備
普段の授業の準備などなど、毎日10時近くまで残業
土日も休み無しで学校に行っています。
それでも子ども達との他愛もないやりとりをきくと心がなごみます。
色々思うこともあるけれど、
社会に出るということは、いろんな状況に面と向かうこと。
何もないほうが不思議、
少しずつ手際もよくなるはずだと思うし
家がほっとできる場所であるようにと、家族はそんなことしかできません。

父との旅行記も空き時間に少しずつ書いていこうと思っています。
今回の旅は父にとっては旅というよりも帰郷でした。
書くこともたぶん私的なことばかりで
旅行記というよりは、父と私の記録、
自分のために書いておくものだと思っています。

こんなプライベートなこと、心情もふくんだものを公開で書くことに
少なからずためらいもあります。
でも、ブログを始めてからここ何年も言い続けてきた
父との札幌行き。
いろんな方がそれをきいてくださり、
いつか行けるといいねと、声をかけてくれました。
なので、やはりこの旅を見届けていただきたいとの思いもあります。
例によって私の旅の記録はだらだらと長くなると思いますし、
マイペースで書いていきたいので
しばらくコメントはお休みします。

でかける日の早朝の朝焼け。

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ひさびさに過ごす父と二人きりの数日のことを思い
少し緊張していました。
by sarakosara | 2011-09-11 15:30 |

ただいま

ただいまが遅くなってしまったのですが、
父との旅から無事に帰ってきました。
父も疲れは隠せないものの、行ってよかったと何度も言ってくれています。
亀の歩みのような旅程でしたが
心配していたお天気も、帰る日以外は晴れ間に恵まれ
海にかかる虹も見ることができました。
帰ってすぐに仕事だったり、
無事に帰ってこられたことでほっとして、気疲れも今さらで
さすがにチカリタビぃの状態です。
父と自分の記録、おいおい少しずつ書いていこうと思っています。
by sarakosara | 2011-09-09 07:43 | 日々

行ってきます

父と北海道に行ってきます。
思い立ったのは8月も終わろうとしていた29日、
私の仕事が9月半ば過ぎからはいっきに忙しくなりそう、
北海道もじきに寒くなってしまうだろうと思い、
父の様子が元気そうなのを見計らって話をもちかけてみました。
すると、思いのほか乗り気な父、
いっきに話がすすみました。
先週は仕事から帰ると父の支度と、もろもろの準備におわれていました。

今回は寅さんが休めないので父と私と二人旅です。
ずっと台風の様子が気になっていました。
台風のお尻を蹴飛ばしてやりたい気分でした。
大きな被害に遭われた地方の方々には心からお見舞いもうしあげます。
もうこれ以上被害が大きくなりませんように。

北海道も雨模様、どうする?ときいたのですが
飛行機が飛びさえすれば行くと、父。
よし、それなら行こうね。

何とか発てそうです。
いまさっき電話をしたら元気そうな声で
「お願いします」と。

それでは行ってきます。
by sarakosara | 2011-09-04 05:49 | 日々