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動き始めたタクシー、駅までを快諾してくれたものの、
やはりそこは営業、
「灯台のほうの海は見ましたか?」と、
北運河から歩いてきたら父が疲れてしまったので、もう他は観光はしないと
そう伝えたら、
そうですか、いいところなんだけどなぁ。
車ならそう遠くないし。
父のほうを、ちらっと見ると、
「それなら行ってみよう」と、父。
小樽観光も今年は震災の影響か、さっぱりですよという
その前の運転手さんの言葉もあっての父の気持ちもあったかもしれない。
たしかに、タクシーの列にも、いっこうに人の来る気配もない。
どこも厳しいのだなと実感する。
駅へ向かう車は方向転換、ふたたび海のほうへ向かう。

ここは、小林多喜二の小説「不在地主」ゆかりの場所にある店なんですよ、
船見通りを運河までの坂道を降りて行く途中にある「海猫屋」をさして話してくれた。
小樽高商を出てから、一度拓銀小樽支店に勤めたことがあったときいて、
拓銀時代を知らなかった私は、
小林多喜二の作品と、イメージがつながらなかったが、
この「不在地主」という作品がきっかけで、拓銀をクビになったときいて、
ああ、そうなんだとあらためて思った。
蔦のからまる、赤レンガ、かつての倉庫が食堂になっているらしいが
寄ってみたいなぁ、と思う。
また、あらためて小樽もゆっくり歩いてみよう、いつか。

私と運転手さんが、いろいろ話すのを父は黙ってきいている、
ときどき父にも話をそれとなくふるのだが、
うん、とか。ああ、とか、そっけない。
というか、ほんとうに疲れてしまったのだろう。
タクシーの座席に身体をもたせて、ただ外をみている。


と、その時、右に開けた海をみて、あれっ?
すぐにまた海が隠れ、はっきりしないのだが、
しばらく待つと、また姿をみせた海に、なんと虹がかかっていた。

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「わぁ、虹がかかっている」
遠く海の上で雨が降っているのだろうか、
こんな虹ははじめてみた。
タクシーの窓越しにわずかに見える。
ほらほら虹、父に言うけれど、顔を向けると家の陰になったりで
なかなか父には見えないらしい。
岬に着くまで消えないでいてくれるといいな、と祈るような気持ち。
やがて虹は見えない道になり、
車はくるくると道を登り始め、最後に突端に着き、海が大きく開けた。

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ああ、虹がはっきり見える。
エンジンをとめると、外はそうとう激しい風が吹いているのがわかる。
台風まじりの風なのだろう、
せっかくなので外に出てみようと思うが、父は大丈夫かな、
迷っていると、運転手さんが、一緒に降りますから、お父さんもと声をかけてくれる。
私が先に降り、
ゴーという風に足元をすくわれそうになって踏ん張った。
運転手さんがドアをおさえて、私が父の腕をとり、
ドアを閉めた運転手さんも、反対側から父を支えてくれた。
風はそうとう強いが
茫洋と広がる海と、そこにかかる虹。
運転手さんも、こんな虹は初めてみたと言う。
きれいだな、と父も言う。

ほかに誰もいない、三人きり、
反対側を見渡しても、半周ぐるっと海、虹と海と風を三人占め。

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ゴーゴーと風はうなりをあげるが、
思いがけない光景が父との旅に贈られたような気がした。

しかし、車にもどった父は、ふたたびだんまり。
そのまま札幌に向かう列車の中でも不機嫌な様子。
私もあれこれ言葉をかけるけれど、
疲れたんだと言うだけの父に、だんだん腹がたってきた。
でも、ここでこちらまで言葉を荒げるわけにはいかない、
数年前の私なら、完全にここらへんで決裂、口喧嘩になっていた。
でも、ここ一、二年、父の急な老いを感じだしてから
自分が少し我慢すれば済むことだと思えるようになった。
老いた父のいらだち、
思うようにならないもどかしさ、
今の私にわかるわけのない気持ちが押し寄せてくる時もあるだろう。
私のいらっとする気持ちを何とかしずめようと、
ご機嫌をとるのはやめにして、私も黙って携帯を見始めた。

この時の岬行きは、
ろくに観光もできないまま、父に同行している私のためにという気持ちもあって
父が無理をしてくれたものだと思う。
帰ってきてからも、小樽はしんどい思いだけさせてしまったのだろうか
あの虹も果たして憶えているのだろうかと少し気になっていた。

ところが、先日家で食事のときに、
夫に父が、あの虹の話をしていたのだ。
ほんとうにめったに見られない虹らしいんだ、みごとだったよと、
笑顔で少し自慢げだった。
よかったと思った。
私もあのゴーゴーと吹く風と
父の腕をとりながら一緒に見た海にかかる虹は忘れないと思う。

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by sarakosara | 2011-10-22 11:45 |

北運河

なんと、なんと、食事を終えて外に出ると雨があがっていた。
雲がきれて、青空さえ見えている。
ほんの近くをぶらっとしたら
タクシーをひろってざっと観光してもらってもと思っていたが
この晴れ間が私を誘惑する。
目の前の北運河も今はきれいに遊歩道が整備されているが
観光客の姿はまったくといっていいほど見当たらない。
この運河の景色を味わいながら歩いてみたいなと思う。

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少し遊歩道を歩こうか、
晴れ間に気を良くしたのか、父もうなづいてくれる。
右手には古い倉庫。
左手には運河。
昔から水辺と倉庫のある風景に妙に惹かれるところがある。

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私はそんな風景を味わいながら歩き、
父は前をゆく。
来る前にろくな靴のない父に歩きやすそうなものを一足買った。
一緒に選んだ靴は、軽くて柔らかくできていたが
履きなれなくて大丈夫だろうかと心配したけれど、どうやら歩き心地はいいようだ。

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台風の影響で強い風にあおられ黒い雲が流されていく、
それでも晴れ間からの日差しは思いのほか強くて
父が少し咳き込んで、歩みが遅くなった。
ちょうどベンチが見えたので、
少し休もうかと腰かけ、飴をひとつ渡した。
何かの気配に振り向くとカモメがすぐベンチの後ろに一羽きょとんととまっていた、
父と目をあわせて笑う。

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しかし父の元気もそろそろここらへんまで。
一休みしたから大丈夫かと思ったが、かえって一度休んだら動きたくなくなってしまったらしく
足腰も少し痛むのか、もう歩くのは嫌だと言い出した。
無理もないか、
わかった。あと少しで、賑やかな通りに出るから、タクシーを拾おうね、
もうちょっとだけ、ゆっくりでいいから歩いてくれる?
わかったと歩き出すが、
ものの数分で、どこまで行くんだと不機嫌全開。
やっぱり無理だったかと、半ば私の都合で歩いてしまったことを反省するが
ここで、無理させてしまってごめんねが言えない。

日差しの暑さも手伝ってよけいに疲れるのだろう。
不運にもタクシーも通りがからない。
あとほんの少し先に行けば観光スポットなので、タクシーもあるだろう、
ただそのほんの少し先が遠い。
ちょうど観光物産プラザがあったので、
とにかく一度屋内に入って日影で水分補給と
タクシーを呼んでもらってもと思いまた休憩。
ありがたいことにテーブルと椅子が並んだ休憩スペースがあったので
父にはペットボトルの水を買って一休みしてもらい、
私はすぐわきのお土産と展示コーナーをぶらっとひとめぐり、
そこに閲覧用の一冊の写真集が置いてあった。

『記憶の小樽』 岡田明彦写真集。
モノクロの写真集をめくると、
まだ観光地と変化していく以前の小樽の町の様子、人々の生活が写しだされていて、
思わず見入ってしまった。
この写真集に写っているのは
1972年から83年までの小樽の町を『記憶の小樽』としてまとめたものだとされ
作者の言葉にこんなものがある。

この町の坂道を数え切れないほど登ったり下ったりしたものです。
小樽の町を歩いていると、ふと記憶が町の影や光の中から蘇ってくることがあります。
それらは繰り返し思い出される、記憶されなければならない記憶とはちがって、
記憶にないはずの記憶となって現れてくるようです。
過ぎ去った時間がそうさせるのかは分わかりませんが、
小樽の町には記憶を再生させる不思議な仕組みがあるのかも知れません。


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小樽は坂の多い町。
父も言っていた。
父はここで数年学生生活を送っていたが、途中で身体をこわし、
戦時中だったこともあって、小樽での日々に複雑な想いもあるようだ。
その時のことになると、あまり多くを語ってくれない。
だからこの町にどんな父の思い出があるのか、私にはよくわからない。
けれど、
小樽の町には記憶を再生させる不思議な仕組みがあるという
父にも何かよみがえるものがあったのだろうか、
疲れて黙ってしまった父の背中からは、うかがい知ることは出来なかったし
私も何もきかなかった。

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そろそろ行こうか、と父に言う。
反対の入り口から出た道路を渡ったところにタクシーが何台も並んでいたので
そこから乗ることにした。

運河からまた名所をまわる観光用なのだろう、
大通りの先に見ることのできる小樽駅までと言う人はいないと思う。
でもそこまでを歩くのが今の父にはできない、
仕方ない、
「ほんとうに近くて申し訳ないのですが、駅までお願いできますか?」
父をみて、運転手さんも察したのだろう、どうぞどうぞと快く言ってくれた。
少し早いけれど、札幌にもどろう。
しかし、このあと小樽にもうひとつ思い出ができた。


父との時間を反芻しながら、書いています。
米欄もお休みしていますが、
カメさんペースの旅行記もう少し続きます。

by sarakosara | 2011-10-16 15:29 |

小樽でお昼

降り止まない雨に、いったんホテルに帰ろうかと迷うが
帰ったらそのままあれよ、あれよと時間がたってしまうと思った。
でもこの雨の中、うろうろ歩き回るのも父にはきついだろう・・迷う。
実は今回ちょっと行けたら行ってみたいところがあった。
小樽北運河。
観光用に整備された南の運河ではなく、
今も生活のために活きている運河とのこと。
私ひとりなら、間違いなく行って歩き回ってみたい。
ただ、今回ばかりは父のことを優先しないわけにはいかない。
今回の大きな目的である、まずひとつ、札幌の地に立つこと、
そして墓参。それから最後に病気療養中の叔父を見舞うこと。
この中で二つは果たすことができたけれど、
空港と札幌の中間地点に住む叔父のところは
最終日に空港へ行く途中に寄るつもりをしていた。

「どこかここだけは行ってみたいというところがあったら、午後に行ってみようか」
父に相談するが、どこもないと言う。
小樽は父が学生時代を過ごしたところ、
「それならどうせ雨だけど、お昼だけでも食べがてら小樽に行ってみない?」
思い切って言ってみた。
函館本線の快速なら30分ほど、それほどきつい移動じゃないはず。
最悪駅の近くでお昼を食べてふらっとして帰ってきてもいいと思ったが
あわよくば北運河という下心もあったし、
もしかしたら海の近くの天候は札幌と違うかもしれないという淡い期待もあった。
おまえに任せるよとの父の言葉に、迷っていてもと小樽行きを決める。

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列車の窓から雨にけむる風景をみながら走る、
やがて見えてくる海。
私は北海道の海をみながら走る列車が大好きだ。
昨年行った祖母の故郷増毛、留萌から増毛に向かう冬の海
そして20代の頃、母の生まれ故郷静内に向かうときに見えた
日高本線からの海も忘れられない。
この日は雲を映して重い色をしていたけれど、
車窓いっぱいに海が広がった。

小樽駅到着。
私の一人旅のときは、たいがいガイドブックを持ち歩かない。
現地の駅で、簡単な観光地図をもらうか、
現地の人にきいて、歩いてしまう。
今回も来られるかどうかわからなかったので、下調べもざっとした程度、
いつも同様駅で案内地図をもらってみた。
駅からまっすぐ続く運河方面への道、
天気がよかったら、少し歩いてお昼の場所を探してみるのもいいのだろうが、
無情な雨は小樽にも降っていた。

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父は少し疲れたのか、ぼんやりと雨の街を見ているだけ、
何はともあれお昼だと思い、
タクシーの運転手さんに訊くのが一番かと
北運河の方でお昼が美味しいところはないだろうかと尋ねる。
それならいいところがあるよと、請合ってくれた。

着いたのは北運河の鱗友朝市にある、小さな食堂。
市場で買った魚の料理もしてくれるらしい。
カウンターを囲む椅子席が10席ほど、なんとか席があったが
少し窮屈で父がゆっくりできないかなぁと気になる。
父が頼んだのが、銀鱈定食、私は鮭とイクラの親子丼、
魚のアラの味噌汁がついてご飯のおかわりもできる。
父は美味しい、美味しいと、私にも自分の魚を食べろと喜んでくれた。

今回の旅の間中、どうも私は食事を楽しめなかった。
ふだんはいつも毎食一緒に父と食べているわけではないので
父の食事の量が読めない。
我が家に食事にきても、家族みんなで食べるので
父の食事量もなんとなくしかつかめていなかった。
もともとご飯を残せない性分の私、
作ってもらったものは完食しないと申し訳ないと思ってしまうので
父が食べ切れなかった場合のことを考慮しながら自分が何を食べようか、そこから迷い、
食べている間も、
時々咳き込みながら、マイペースで食べる父のことが気になってしまって、
もういっぱいなのかな?無理して食べているんじゃないか?
なんだか落ち着かない。
北海道流にいうと、あずましくないのだ。
つくづく貧乏性だなぁと思う。
で、結局私のやきもきはよそに、父はいつも亀の歩みのようにゆっくりゆっくり食べながら
完食してしまうのだ。やれやれ。
by sarakosara | 2011-10-10 07:58 |

紫陽花

とりたてて予定のない三連休、
ここずっと週末に用事が立て込んでいたので、こんな週末、ほっとする。
書き遅れていた北海道の記事、
あの旅からもうひと月が過ぎてしまった。


札幌二日目。
午前中にお墓参りに行くことにする。
地下鉄の南平岸という駅からも徒歩で行けるが
天候と父の体力を考えてタクシーで移動。
前日の変わりやすい天気というよりも、
この日は朝からどんより、重い雲からは今にも雨が落ちてきそう。
なんとかお墓参りのうちだけは降らないでくだいという願いもかなわず
途中から雨が降り出した。

ホテルの近くの花屋さんがまだ開店前だったので
霊園で調達しようと思っていたのだが
到着してみると、仏花もお線香もない。
我が家の墓地も都営の霊園で、現地でもひととおり売っているので
公営の霊園ならあると思い込んでいた私の手抜かり。

正門横の事務所でお墓の場所を確認する。
もうずっと来ていないので、場所がわからないのだ。
事前に秋田の伯母にたずねたのだが
なにしろ広い霊園なので、説明がいまひとつわからない。
事務所ではお墓の持ち主の名前で検索できるときいていたので尋ねると、
丁寧に案内地図に場所を書き入れてくださった。

ついでに、近くに花屋がないかときくと、
駅まで行くばあると。
お線香はよかったらこれをどうぞと、
ロウソク二本とマッチと一緒に
お線香をひと束封筒に入れてくださる。
お線香くらい家からちゃんと持参するべきだった。
心遣いに感謝、感謝。

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父は事務所で待たせてもらうことにして
私は歩いて10分ほどの駅の近くの花屋まで行く。
細かい霧雨が本降りになってきて
父のところへもどって閉じた傘は雨でぐっしょり。

どうしたものかなぁ、もう少し小降りになるのを待とうかとも迷ったが
雲の切れ間も見えない。
傘で歩いても大丈夫?
そう父にきくと、大丈夫だから行こうと言う。
よっしゃ、待っていても仕方ないねと事務所にお礼を言って歩き始める。

平日の雨降りとあって、人の姿はほとんどない。
お墓はゆるい上り坂をあがった奥手のほうになるらしく、
父とゆっくり歩いていく。
雨に濡れながら紫陽花が咲いている。
札幌はまだ紫陽花が咲いてるのだなと思いながら歩く、
そういえば、北海道では桜のあとに梅が咲くとおしえてもらったこともあった。
北国の花々がしらせる季節はまた違うのだなと思う。

シラカバの林をくぐり、スロープをのぼりながら、
葉の緑が少し明るくなったように感じる、
林を通り抜けるころ、あれ?と思うと雨があがっていた。

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雲が切れているわけでないけれど、
幸運にも雨があがってくれたのだ。
あとで知ったことには、この夏に札幌郊外に住む叔父と叔母が
通院の帰りに寄って草取りをしてくれたとのこと。
ふたりとも身体をこわしていて、大変だったろうにと思うが
お墓がきれいになっていて、ありがたかった。

ロウソクをたて、お線香をつけ、お参りしたあとに
しばらく父とお墓の前で立ち話をする。
ときどき風がロウソクの火を消してしまうのだが
いっきに消えることがなく、
ひとつが消えたら、もうひとつに火を移し、
もうひとつが消えたら、もうひとつへを繰り返した。
同時に消えてしまったら帰ろうねと決めたのだが
これがなかなか消えない。
ふーっと、消えたろうと、思うと復活する。
こうなったら最後まで燃えてくれるといいね、
そう言いながら、父と一緒の墓前。
墓石の横に刻まれた祖父母や
8人いた父の兄弟の話もしてもらった。
亡くなった年齢も刻まれているが
十八、二十歳、中には一歳という文字も刻まれていて痛ましい。
祖母もつらかったろう。

父は次男、上京してからはお墓参りに帰ることもあまりなく
母がなくなった30年前に東京にお墓も建ててあり、
ここに父が入ることはないのだけれど、
ひさしぶりの墓参に、穏やかな表情に安堵の様子がみえる。

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まさに風前の灯を繰り返しながら、とうとうロウソクは最後まで燃え尽き、
その間雨が降ることもなく、
よく消えなかったね、と父と話しながらお墓をあとにしようとしたとき、
待っていたように再び雨が落ちてきた。
by sarakosara | 2011-10-08 14:04 |

柿の実色した水曜日

あなたが天使の梯子をのぼってから今日で一年。
youtubeの貼りかたも教えてもらったんだっけって思い出した。
柿の実色した水曜日。
このようつべは、三年前の10月にあなたがアップしたんだよね。
小さな花をみても、色づく木の実をみても、
あっちこっちにひょいと顔をだすあなた。
顔は知らないのにね(笑)
昨日も仕事帰りの夕日がきれいだったんだ。
ずっと忘れないよ、まろんママ。



by sarakosara | 2011-10-05 07:44

秋の光

昨日はお手伝いをさせてもらっている幼稚園の運動会でした。
鼓笛ドリルで最後に演奏された「見上げてごらん夜の星を」をききながら
楽しそうに、でも一心に演奏する子ども達にミコやスマの小さな頃をかさね、
走り回り奮闘している先生をみては、今のミコに重ね、
鼻の奥がツーンとして、胸がいっぱいになってしまいました。
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一昨日、ミコの教員採用試験の結果がでて、
残念ながらミコは不合格でした。
別に逆上がりができなかったからだとは思えず、
現役ではないハンデを差し引いても、たぶんミコに足りないところがあったのだと思います。
今ひとつ、どうしてもの情熱がなかった、
そんなミコの中の迷いが
準備不足をふくめて、試験に出てしまったのだと思います。
もちろん、そんなふうにミコには言いませんでした。
それはミコがいちばん感じていることだと思うから。

でも9月から始まった担任生活を通して
ミコの中でも色々な変化があったように見えます。
必死で子ども達に向き合いながら駆け抜けた一ヶ月。
ほんとうになりふり構わぬ、いっぱいいっぱいの日々だったと思います。
保護者からのクレームも色々あったけれど、
たしかにミコの不備もあったし、私もひとりの親として
新任の臨時採用教師に不安も不満もある気持ちもわかるのです。
でもあたたかく見守ってくださる保護者もいる
そして何より子ども達には受け入れてもらったようで、
運動会もなんとか無事に終え、
子どもから、「先生おつかれ~」なんて、
友達かい?みたいなためぐちだったけれど、なんか笑える癒しの言葉と笑顔があったとか。
日々のエピソードをきかせてもらうのが、私の楽しみでもあります。

家ではとにかく、あったかいご飯を用意すること、
自分の不備は職場でおしえてもらう、注意を受ける、
身をもって感じているはずなので
とにかくほっとできるようにと帰りを待つ日々でした。

ミコもそんなひと月を終えて、ちょうど不合格をうけ
かえって覚悟ができたようで、
東京の二次募集も受けてみると。
それでもだめなら、同僚の先生達がすすめてくれている
臨時採用をもう一年しながら、再度来年の試験にトライすることに決めたようです。
今日も休日出勤しているけれど、
昨日は大学時代の友達と会って楽しんできたようで
ミコ自身も気持ちにひとくぎりついた様子、3月までは、3年3組の先生としてがんばれ。

前記事にも書きましたが、
9月から我が家の状況も変わり、なかなか時間的な余裕がありません。
そして今月はまた寅さんも定年を迎え、
また新たなスタートです。
今の出向先でまだ来てほしいと請われているし、
スマもまだ学生、あとしばらくはお父さんにも頑張ってもらわなくちゃなりませんが
私も例年なら冬場は長い冬休みのところ、
来年の冬は友人から紹介された冬季限定の仕事をするつもりでいます。

色々なことが変わっていきます。
将来のことを真剣に考える時期だとも思っています。
今はブログも閉じっぱなし、読み逃げばかりで、心苦しいのですが、
書き始めた頃とは色々なことが変わりました。
もうブログで無理をするのはやめようかなと、
今はそんな自分の気持ちに素直になってみるつもり。
父との旅の記録もまだ途中、
なにはともあれ、それを書き上げたら、次のことを考えることにします。

光の粒が、秋の色になってきました。
もう10月なのですね。
by sarakosara | 2011-10-02 16:45 | 日々

なんじゃもんじゃ

友あり遠方より来る、
それはもう二週間前のことでした。
ご主人の出張に合わせて上京のここさん、
書くのがすっかり遅くなってしまったけれど、
まるちゃんと、三人でたっぷり歩きまわった一日、楽しかったね。

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ふりだしは、葛飾柴又、寅さんのふるさと。
暑い日だったけれど、よく歩いた、歩いた。
ツアーガイドはまるちゃん、
互いにもう気心の知れた同士。
一年ちょっとぶりの再会にも、つい先週会った友達のように、面倒な挨拶は抜き。
いきなり立ち話で本題に突入(笑)
いやいや、みんな暢気なおばさんみたいだけど、
それはそれなりに、それぞれ想うこともある。
そこを突っ込みすぎず、でも共感もし、一緒に笑う。
ありがたいな。

押上駅で降りて、
そ~らを押し上げる~♪ スカイツリーをみあげる。

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口をあけちゃだめよ~
そんな声がどこからともなくきこえる、
気がつけば、見あげる人はみんな口をぽっかり。
人の構造上そうなるのか、
自然の摂理でか?口はぽっかりと開きがちになるらしい。
だれもかれも間抜けな顔して見上げる日本一のタワー、
ああ、これってもしかして、ちょっといいかもしれない。


そこからほどない浅草へ。
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大きな小舟町の提灯をくぐり、
みんなが右に見えるスカイツリーを撮るときに、
天邪鬼は左を見て五重塔をシルエットにする傾きだした西日の方を向く。
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暑い、暑い、喉がからから。
ってことで、しゅわっとソーダだ、そうだ。
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2月に来たちるちゃんとは、日の出桟橋から浅草へ来た
そして、今回は夕暮れ時、浅草から日の出桟橋に向かう。
夏の名残の湿った風を切りながら、隅田川を海のほうへ。
ぐんと首をのばして、また空を見る、
すこうし潮の香りをふくんだような風。

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そしてゴールはここさんのリクエストで、月島もんじゃへGO!
まる子師匠がご自慢の腕をふるって、焼き上げるもんじゃ、

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よく冷えたビールが美味しいよ~
それなら、こんどは私が、と
ここ先輩が、師匠の見よう見まねでキャベツをざくざく、
ああでもない、こうでもない、にぎやかに月島の夜は絶好調。

共通のブログの友人、トックンの話もした。
素敵な人だよね、ここさんの言葉に、まるちゃんも、私もうなづく。

それから一週間、トックンのブログ休止の報せを読んだ。
すーと秋の風が吹き抜けていくようにさびしかった。
それからまた一週間、私も毎日考えた。
ありのままの気持ちを伝えた記事を、ここさんも、まるちゃんも書いていた、
二人の気持ちを読みながら、私も同じ気持ちだよと思いながら
自分がそれを言葉にすることができない、
ここで待ってるからねと、言える自信もないし
私自身が迷いのさ中にあったから。

我が家の生活のリズムが9月から変わり、朝も晩もなかなかパソコンに向かえない。
父との旅行を終えてから仕事も忙しさを増し、
以前は早起きをすれば、6時頃までは自分の時間だったけれど、
今はミコの出勤が早くて、その時間を確保するのが難しい、
夜は夕飯の支度を終える頃寅さんがもどり、
10時過ぎに残業を終えたミコや、研究室が始まったスマが帰ってくる。
へろへろに疲れきったミコの今日の話もきいてやりたい、
パソコンに向かって背を向けたくない。

でも、きっとそれだけじゃないんだと思う。
たしかに物理的に時間がないというのもある、
でもそれだけじゃない、
なんだかブログに向き合おうとする気持ちがわいてこなかった。
どうにも、こうにも、にっちもさっちもいかない気持ち、
なんじゃ、もんじゃ。

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でも迷いに迷いとりあえず出た答えは、
やはりここで私の思いと日々を少しでも書いていこうということ。
遠くにいる友達に、
そして言葉を交わしたこともないけれど、ここを読んでくださる方へも、
今の私のことを少しだけでも届けたい。
でもできるだけ、しんとひっそり書いていきたい、
みんなに忘れられて、
でもある日、ふっと思いだしてくれたら、
あ、そうだあそこどうしてるだろう・・って思ってのぞいてくれたら
まだ細々と書いている、そんなブログになれたらなぁと思っている。

だからトックンに言うよ、ここで待ってるからと。
あなたの記事を読み返してやっぱり思った、
いい記事だなって。
まるちゃんと、ここさんに会った時にも言ったんだ、
トックンの記事を読むと、私も何か書きたくなるんだって。
そうだよね、ここさん、まるちゃん。

あなたは、誰も知らない新しいところで
自分の書きたいことは自分だけの記録として自分のために書くと決めたけれど、
それまでにどんなに迷ったかと思います。
いつも迷っている自分がいるから、
それを引き止めるつもりはないの。
公開で書くのが、ほんとうにしんどい時があるしね。

でもね、こんなふうに、誰かを思って書くことも幸せだよ、
いつかそんなふうに思う時がきたら、また読ませてほしいな。
気長に、気長に待っています。

そして、つないだご縁はいつまでも。
ここさんと、まるちゃんと、三人で歩きながら、トックンとも、またこうして歩きたいと思った。
それはきっと、二人も一緒。
だから、この記事をトックンのために書いたといっても、
二人は納得してくれると思っています。
そんな出逢いなんだよ、うれしいね。

一緒の風に吹かれながら、また歩こうよ。
そして、からからになった喉によく冷えたビールを流し込んで
ああ、しあわせ~って言おう。

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by sarakosara | 2011-10-01 17:27 | ぶらさら子