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花の木

花冷えの昨日は、叔母と従姉妹と三人でお花見がてらのランチ。
父のことでは叔母には入院中からほんとうに心配をかけ、いつも気にかけてもらい、
葬儀の時もいっぱいたすけてもらったから、ありがとうの意味もあって。
ふたりの娘たちとずっとうまくいってない叔母。
叔母さんが悪い、自業自得なのよと言うけれど、いつも淋しそうだった。
私のことも娘同然に可愛がってくれるけれど、
やはり娘に代われるわけではなく、どんなに娘たちと過ごしたいことか。
でも、父のことをきっかけに長女と会う機会も増え、
年齢を重ねた従姉妹も母親の老いを知り、雪解けを考え始めたようだ。
そんな今を大切にできたらと思い、昨日は従姉妹も誘った。
叔母の嬉しそうなこと。
これも叔母を心配した、父の引き合わせかなと思う。

そして日曜日には、やはり父のことがきかっけで、
こんど遊びにいらっしゃいと言われていた、はとこの家に。
小田急線は、この日の深夜に下北沢駅の地下化が行われることになっていて、
でも、そんなこと忘れていて、
地上にある最後の下北沢駅を暢気にゴトゴトと揺られながら通リ過ぎた。
知っていれば、もう少し心にとめて見ておくんだったのにと、その晩思った。

降りた祖師谷大蔵の駅から
はとこの家に行く道すがら、大きな大きな椿の木があった。
こんなに見上げるほどの椿の木は初めてで、驚く。

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小さなほこらの隣。
家々の庭に咲く椿の木のイメージしかもたない私には
この木の大きさは、感動さえしてしまうほどの圧倒的な存在感だった。

咲ききそう桜をよそに、
私はここ、とでも言いたげな赤い花。
頭上の数知れない赤い花に、えも言われぬ気持ちになり、
迎えにきてくれたはとこに
「すごいね、すごいね」と何度も言ってしまった。

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シングルになってから買ったはとこの家。
息子は昨年結婚し、
還暦を過ぎたはとこは、翻訳の仕事を家でしながら、ひとりを満喫してる。
働いては、ひとりでヨーロッパにひと月も出かける気ままな日々。
でもひとりが寂しく、心細く思う日もあるようだ。

以前は104歳になるおじいさんが住んでいたという木造の一軒家。
縁起がいいでしょ、そう言って笑う、はとこのMちゃん。
石巻の実家から認知症になった母親を東京に呼び寄せて奮闘していた。
伯母は震災をしらずに他界したけれど
実家の建物は津波の被害を受け、今はぜんぶ引き払ったという。

東南アジアの木彫りの人形が優しげな微笑みをたたえる居心地のいい居間。
小さな庭には一重の白い山吹が咲き、
お仏壇にも、庭の花が飾られてあった。

今気になる人がいるんだって、嬉しそうに言う。
いいねって、私もうなづいたり、ひやかしたり。
お相手も今はシングル、素敵な恋をしてほしいなと思う。
手作りの美味しい料理が食卓に並ぶ。
昔から手際がよくて、料理上手。
白黒はっきりしていて、ちょっぴり毒舌。
母の従姉妹の子だけど、母は養女だったので、はとこと私も血のつながりは無い。
それでも石巻から東京の大学に来ていた頃から
我が家によく泊まりにきては母の料理を食べ、
映画に連れていってくれたり、セーターを買ってくれたり
互いに一人っ子どうし。7つ違いのMちゃんが大好きだった。

気に入って買ったのだけど似合わなくて、
あなたなら似合うと思うよと靴をもらった。
とても素敵な赤いサンダル。

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帰り道、桜に足をとめ、
その桜色に、少しほっとしたりする。

そういえば、父の庭の50センチに満たない実生の椿が、
今年初めて花をつけた。
小さな庭に椿の木が二本あってもねって思うけれど、
かといって抜くことはできそうもない。
by sarakosara | 2013-03-28 09:25 | ぶらさら子

卒業

今日はスマの大学の卒業式、
これが我が家の最後の卒業式になるかもということで
初めて寅さんも一緒に行くことに。

うららかに晴れた今日。
昨日から我が家に来ていたスマでしたが、
朝の支度の時、慣れた手つきでネクタイを結んでいるのをみながら
4年前の入学式を思い出していました。

スマは中高と詰め襟の学生服だったので
ネクタイの結び方がよくわからないまま迎えた入学式。
仕方ないので、仕事にいく前に寅さんが結び方を教えて
出来上がったのを見届けて出勤。
そこでスマがやめればいいのに、
せっかくおぼえたから、ちょっと自分でもう一度やってみると、
ネクタイをほどいてしまったのです。
しかし自分でやってみると、おぼえたはずのネクタイがうまく結べない。
それらしき様子にはなるけれど、上が短くなったり、結び目がぐずぐずだったり。
本人も初めての大学へのデビュー、こんなんじゃだめだよと青くなるし
時間はなくなってくるし。
そうだ、助っ人がいたじゃないかと、父に来てもらったのです。
なんとか間に合って、じぃじもやれやれ。
あの日の朝のバタバタがついこの間のように思われ、
目を細めていた父の姿も思い出しました。

先に出ていったスマと式のあとに待ち合わせ。
友達5人と、地方からいらした親御さんやら、総勢12名で昼食。
同じ学科や研究室だけではなく、学部を越えての青年6人。
写真部、学祭実行委員、その他不明(笑)
この乾杯のときは学部が違うスマは、卒業証書を受け取りに行っていて不在。
スマはいないけれど、みんな可愛くて思わずパチリ。

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この昼食会は、子どもたちから言い出したこと、
親たちを会わせたいね、そんなことを、みんなで思ったらしい。
富山に行ったときに何泊も気持ちよく泊めてくださった親御さんもいらしていて
私たちも初対面とは思えないほど話がはずみます。
スマの大学4年間で得たいちばんの宝ものは、友達だなと、あらためて思いました。

夜は学科の謝恩会もあって、明日も大学に行くとか。
まだしばらく学生気分は抜けないようだけど
3月末には我が家に帰ってくるための引っ越し。
4月5日に初出勤です。
by sarakosara | 2013-03-22 21:55 | 家族のこと | Comments(22)

スマイリー

昨年秋に急遽大学院に行くのをやめると言い出したスマ。
院試も受けたし、合格もしていたから、まさかの一言にびっくり。
なぜ?

夏頃からなんとなくそんな空気は察していました。
けれど、本人から言い出すまではと黙っていたら、秋になって急遽院に行くのはやめると。
思いつきや逃げならよろしくないだろうと思い、
寅さんと私で詳しい話をしてほしいと言ったけれど、
最初は行く意味がなくなったと、曖昧な返事。
よくよく話をきいてみると、院に進んでから派遣されることになっていた
とある研究機関への派遣の話がなくなったというのです。
そこへ行くために昨年から大学近くで一人ぐらしを始め、
深夜までの実験にも打ち込んできたスマ。

ところが教授の派遣方針と、スマの目指したいことにズレが出てきたと。
自分の好きなことなら一日中していても平気なスマだったけれど、
教授は結果を早く出すようにと要求してくる。
やはり研究機関に研究室のお墨付きで行くとなれば結果は優先。
教授の要求ももっともだったから、
それに応えられない自分の未熟さも痛感したことでしょう。
ただ、その間にも、企業に出て結果を出すことが研究室の方針であることに
違和感をおぼえはじめたこと、
人には向き不向きがあって、
自分は器用な人間じゃないから、遠回りをしてもじっくり研究をしていたい。
これでいいのか?
自分のやりたかったことは、これだったのか?という疑問もわいてきたスマ。

ちょうどそんな時に一ヶ月の教育実習がありました。
中学生との一ヶ月の日々がスマに与えてくれたものは、
予想外に大きかったようです。

それから研究室の教授はもちろんのこと、親交のある他の教授、
大学受験のときに色々心配してくれ、アドバイスしてくれた高校の恩師など
何人かの先輩に今の気持ちを正直に打ち明けて相談したそうです。
試験にも受かっていたし、最初は誰しも院に進む方がと思ったようですが
スマの話をよくきくうちに、気持ちを理解してくれた。
研究室の教授とは、もともと気が合って大好きな人だったから
その人に納得してもらったうえで、院へ進むのをやめることにしたというのです。
それだけちゃんと問題に向き合ったのならわかった。
道はひとつじゃないものね、私たちも納得しました。

そして選んだのが、化学の先生。
もうすでに教員採用試験は終わっていたから
公立の臨時採用も考えながら、私立の募集も探していたスマが
最初に受けた私立男子高から採用通知をもらったのです。
非常勤講師だけれど
一人の採用枠にまさかの合格をもらって、スマ大喜び。
筆記試験のあとの面接の時に
なぜ院に進まなかったのかと訊かれ正直に理由を話したので
もうだめかなと半分あきらめていたスマでしたが
思いがけず採用の通知をもらいました。
決定後あらためての面談の時、これからも勉強はしなさい、
ここには化学の教師として、いい先輩もいっぱいいる、私たちも応援しますよと
思ってもいなかった言葉を校長先生からもらったようです。

もちろんスマ自身まだ勉強をこれであきらめたわけではなかったので
社会に出て自力で働きながら、また機会があれば
自分のめざしたいことができたらチャレンジすることもありそうです。

スマというブログの名前は
もともとスマイリーでした。
それが7年も続けるうちに、いつか短くなってスマ。
小さな頃から笑顔がいいねとよく言われたスマですが
人の笑顔をひきだすのもうまい。
親ばかで甘いのは重々わかっているけれど、
私たちも、父や寅さんの両親も。スマに癒されることが幾度もありました。
実社会に出れば、その甘さゆえ壁にぶつかることもこれからは多いだろうな。
でも大変なときこそ、持ちまえの笑顔を忘れないでほしいと思うこのごろです。
by sarakosara | 2013-03-22 21:53 | 家族のこと

宵心地

なかなか手がつけられない父の家の片付けの前にと
我が家の片付けにとりかかり、寅さんの部屋の引っ越しも継続中。
そして週末は寅さんと春探しの小旅行。
週明けは友人に誘われて、映画「遺体 明日への十日間」を観に。
昨日はお彼岸のお墓参り、そして明日はスマの卒業式。
三月も終盤にはいり、
書きたいことはいっぱいなのに、いっぱいすぎて、なぜか書けずです。
おいおい少しずつ。

昨日はお墓参りの帰りに、少し近くの桜をみてみようかと寅さんと歩きました。
花曇りの春分の日。

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今年の冬はとびきり寒い日が続き、やっと暖かくなったと思ったら
なんだか北風と南風がものすごい勢いで吹き荒れ
寒かったり、暖かかったり、暑かったり。

少しずつ暖かくなって、梅がほころび、やがて沈丁花が香りはじめ、
待ちに待った桜の便りが届く。
今年はそういう季節の穏やかな移ろいを感じる間もなく、
父の庭の金魚椿も、ご近所のモクレンも競うように咲きはじめ、
初夏の陽気の中、薄紅の桜が開く。

友達も書いてたけれど
けして花のせいではないのに、
花は時を知って咲いているだけなのに、
なんだかいつもと違う違和感が少し。
それでも、桜が咲いたときけば、心ははやる。

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都会の桜をみた帰り、ふっと思いついて、
いなければいいや、そう思いミコに連絡したら、
どうぞ!
ミコの新居で夕ご飯にしようということになりました。
駅前で待ち合わせて買い出し。
ミコを待つ間に撮ったピンクの枝垂桜。

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ミコの部屋で三人で乾杯。
まだまだ揃っていないものもあるけれど、居心地のいいワンルーム。
小さなテーブルを囲んで、やっと春らしい宵心地。
by sarakosara | 2013-03-21 23:56 | 日々 | Comments(6)

K子おばちゃん

母の大親友だったk子おばちゃんを訪ねた。
娘のさち子おねえちゃんが父の四十九日に来てくれた時にした約束。
東京タワーにほど近い特養。
さち子おねえちゃんが、
「おばあちゃん誰だかわかる?」
そう訊くと、少し困ったように、にこにこ笑うK子おばちゃん。

せっかく来てもらっても、わからないかもしれないの、
わからなかったらごめんね。
そう言われていたから、想定内のことだった。

ところが、さち子おねえちゃんが
「信子おばちゃんのところの、Cちゃんだよ、
信さん、信さんって、仲良しだった信子おばちゃんの」

そう言ったとたん、ぱっと顔が明るくなって
「え〜Cちゃんなの? ほんとだ、Cちゃん」
そして手のひらで顔をおおって泣き出してしまった。

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お土産に持っていった花瓶とアネモネの花束
とっても喜んでくれた。

昔の写真があったら持ってきてみてくれる?
さち子おねえちゃんから言われて持って行った写真。
懐かしそうに見ながら、思い出話に花が咲く。

あい間あい間に、思い出したように
「ああ、Cちゃんがねぇ‥」
そう言いながら涙ぐむ。

「お父さんは?」と訊くおばちゃん。
「おじちゃんは亡くなったのよ、話したでしょう」
と、さち子おねえちゃん。
「亡くなったの?そうだったの、先に行っちゃったのかい‥」
また涙ぐむ。

でも、少したつと、
「お父さんは?」
また訊かれる。

脳出血で倒れたことも、手術をしたことも、その後骨折したことも、
みんな忘れてしまったらしい。

話しているあいだに、私のこともわからなくなるかな。
そう思ったけれど、その心配はいらなかった。
なんども、
「Cちゃんがねえ」と言って、
私に微笑んだあと、涙ぐむ。

西新橋から愛宕山まで、車椅子のおばちゃんと三人で散歩した。
そこはかつて私の職場のあったところ。
K子おばちゃんも、十数年芝で暮らしていたので、
みんなに懐かしいところだ。

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粋な江戸っ子で、そりゃぁ美人だった。
よくシュークリームを買ってきてくれて、幼い私を膝にのせる。
母が亡くなった夜は、いち早く駆けつけて
親戚たちと雑魚寝の夜、
不憫だ、淋しいだろうと、私に添い寝してくれた。
K子おばちゃんの中では、まだ幼い私のままだったのかもしれないけれど、
もう大人だったから、少し照れくさかった。
着物に詳しくてお洒落だったから
私の婚礼の打ち掛けは、K子おばちゃんに見立ててもらった。
きっと母にいちばん近い選択をしてくれると思って。

いいことや、楽しかったことはよく憶えているのよ。
つらかったことや、痛い思いをしたことは忘れちゃって。
私も色々大変だったんだけどね‥
でも、それがいいと思う。
さち子おねえちゃんが、ちょっと淋しそうに笑いながら言う。

たこ焼きを三人で食べて
また少しおしゃべりした。
しゅんと細くなってしまったけれど、
とても穏やかな顔をしている。

会ったのは10年ぶりくらいだろうか。
すっかり遅くなってしまってごめんね。
また来るからと、お別れ。
別れ際、
「Cちゃんが、こんなに大きくなちゃってねぇ」
そう言うおばちゃんの中では、まだ私は小さな女の子だったのだろうか。
さち子おねえちゃんと顔を見合わせて笑った。

落ち着いたら会おうね、
そんな約束が今月はまだいくつかある。
by sarakosara | 2013-03-09 18:51 | 想う

そらは水色

そらは水色、春の色。
そんな一昨日、そらさんと銀ブラ。
この銀ブラという言葉、
もともとは銀座にある喫茶店“パウリスタ”で
ブラジルコーヒーを飲むことだったのですってね。
銀座でブラジルコーヒー。で、銀ブラ。
このあいだ、初めて知った私です。

待ち合わせた場所から直行したのは、そらさんお勧めの、ぴょんぴょん舎。
可愛い名前の盛岡冷麺のお店です。
昭和29年、朝鮮半島に古くから伝わる代表的な麺が盛岡の地にやってきて、
やがてその地の味になり、盛岡で愛されるようになった。そんな冷麺。

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温かな麺もあるのですが
少し春めいた暖かな日だったので、やっぱり冷たいのだよねと。
チヂミとサラダがついて1250円のランチセット。
コシがあってツルツル美味しい。
辛さが選べるので中辛をチョイス、
冷麺なのに、頬がぽっぽと火照ってきました。

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そうそう、席に腰掛けてコートをぬいだふたり。
私を見ながらそらさんが
「同じ水色ね」
と、にっこり。
「ほんと、おそろね」
私も、ふふふ。
そらさんは、水色のセーターに白いブラウス。
私は水色のカーディガン。
ぐうぜん一緒の水色。
春らしい日だったから、春らしい色にしようって思ったのって、
同じことを言って笑いました。

前置きは要らないブログ友達。
おたがいの父親の話など、つれづれなるままに。
緩和医療の話もしましたが、その話はまたいつか。

新しい歌舞伎座を見てみようかと、ぐるりを歩いて見学。
それからまたお茶をして。
愛犬ファビーちゃんのお散歩の時間だと、そらさんと別れ、
またひとりでふらふら、
金曜日に会うことになっている友達のお嬢さんへの合格祝いを選び、私も帰途へ。

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家の近くで降りたバス。
ちょうど夕暮れの空、
端はまだ水色を残しながら、夕陽をうけて穏やかなオレンジ色。
by sarakosara | 2013-03-07 09:00 | ぶらさら子 | Comments(14)

スマの三枚

旅の写真、好きなもの選んでみてくれる?
と、スマに頼んでパソコンに送ってくれた三枚。
帰ってきてすぐに、ぱらぱらと見せてくれた写真の中には
ドナウ川の遠望や、古いカフェの中、夜の街の情景など
他にいいなと思う写真もあったのだけれど、
スマが選んだ三枚ということで、お土産話なども少し。

一枚目はウィーンのシュテファン大聖堂。
キリスト教文化に触れる機会もあまりなく
もちろんヨーロッパは初めてのスマ。
ミコと行ったニューヨークは似て非なる文化圏だったので
初めて歴史ある聖堂に入り、その荘厳さに圧倒されたと言います。
ビルが建ち並ぶ大都会とは違う、伝統のある建造物の街並み、
そして人々の生活の中に息づいているキリスト教文化
そんなことを肌で感じたようです。

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二枚目はブタペストの路面電車の終着駅。
小さな頃は電車が大好きだったスマ、
今も街中を走る路面電車は愛してやまず、
日本でも旅先で街中を走るその姿をよく撮っているようです。
そんなスマにとって、ヨーロッパの中でもウィーンやブタペスト、プラハなど
路面電車の稠密な路線網をもつ中欧の国々は魅力いっぱい。
もっと時間があればと思ったようです。

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三枚目もやはりブタペストの地下鉄。
エスカレータでキスをする恋人同士。
街のあちこちで抱擁やキスをしている人たちに遭遇したことは
スマには新鮮な光景だったのでは。
こんな写真撮ったらまずいでしょと言うと、
ちゃんとオッケーしてもらったよ、
にこっと喜んでくれたよとスマ。
肩に置かれた手、目をつぶって口づけ、愛おしいと思う気持ちっていいなと思う。

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写真とは別に少し大きなスケッチブックも持って行って
メモをしたり、絵を描いていたりしたらしく、
フリータイムのうち何度かは
お土産やさん巡りをしたい派の友達とは別行動で
ひとりで歩いたり、カフェに入ったり、電車に乗ったりしたらしい。
いったいにフレンドリーで地図を見ているだけで声をかけてくれるウィーン、
それに比べると一人歩きは少し緊張したというブタペスト。
やはり歴史を通して培われたさまざまな背景、事情もあるのかもしれません。

ただ、どこも食べ物が美味しかったと。
ザッハトルテ、シュニッツエル、果物のタルト、
名前は忘れたけれど、ジャガイモの素朴な料理。
物価も安くて美味しいものがいっぱいだったと感激していました。

とは言いながら、帰ってきた日の夜
前倒しのお雛さまのちらし寿司、ぺろっと寿司桶半分くらい平らげたスマ。
やっぱり和食は一番かも、ですって。

幼い頃は身体が弱くて、すぐに気管支炎や肺炎になり、
それは心配したもの。
今はすっかり元気だけれど、肝心な時に何かしらやらかすのは相変わらず。
長旅ともなれば、病気はしないだろうかといまだに心配になります。
まずは無事に帰ってきて、ほっとしました。
by sarakosara | 2013-03-07 08:58 | | Comments(8)