<   2014年 11月 ( 6 )   > この月の画像一覧

今年も酉の市

旅のお話もまだまだなのですが
22日の土曜日は、我が家恒例の酉の市に行ってきました。

穏やかな晩秋の一日。
寅さんとふたりで、参拝の行列待ち。
こうやって待つのも楽しみのうち
長い列に横入りする人もいるが
交通整理のおまわりさんの
「割り込みをする方、ご利益がなくなるかもしれませんよ〜」
の呼びかけに思わず笑ってしまった。
お隣の長國寺も酉の市。
f0231393_15151265.jpg

長國寺も鷲神社も酉の市も中で通じているので、
こちらのお寺をお参りしてよしとしようかという人もいる。
神様も仏様も仲良く酉もつ、いや、取り持つお酉さま。
日本らしい光景かもしれない。

待ちながら空をみる。
一年、早いなあと毎年ここで思い
こうしてまたここに二人で来られることに感謝。
f0231393_15275060.jpg


前に並ぶ小さな男の子の頭にこつんとふれてしまった。
後ろを振り返り私をみあげる瞳に
ごめんね、と小さな頭をそっとなでると
照れくさそうに前を向いた。
「スマもよく一緒に来たね」
寅さんに言うと、寅さんも同じことを思っていたらしい。

f0231393_15393872.jpg


無事お参りをすませ、熊手を買って
お手を拝借。
あちこちでにぎにぎしく、手拍子や威勢のいいかけ声。
誰もが来る年の家内安全、商売繁盛を願う。
活気のあるこの雰囲気がたまらなく好きだ。
30年近い年月には色々なことがあった。
もちろんいいことばかりじゃなかった。
それでも毎年ここへ来る。

帰りに上野で寅さんと一緒に一杯。
一昨年のちょうどこの時期ころから体調をくずした父の話にもなった。
晩ご飯を用意してでかけた酉の市。
「行っておいで」と笑顔で送り出してくれた父だったけれど
帰ってきたら、一口もご飯に箸をつけていなかった。

これからの自分たちのことも考える。

f0231393_1633987.jpg

今年の悲喜こもごも、熊手と一緒に神様におさめて
新しい熊手に、来る年の幸せを願う。
by sarakosara | 2014-11-26 23:07 | ぶらさら子

立冬の北陸 富山湾の宝石

富山〜富山。
乗ってきた「はくたか」を見送り

f0231393_2314459.jpg

まずはお昼ご飯をということで
JTBの無料グルメクーポンを使わない手はないでしょと。
駅からすぐの
とやま駅特選館にある「白えび亭」へ。
こじんまりした小さなお店なのですが
ここの名物の白えび天丼が絶品とのうわさ。
無料のクーポン使えますか?と確かめて
出てきた天丼がこれ!

f0231393_20383195.jpg


「富山湾の宝石」とも言われる、白えび。
さくっと軽い衣につつまれた白えびは、
淡白だけど甘くて香ばしくて
桜えびよりは、もっちりとした感じ
クーポンなのにサービス満点の山盛り
とっても美味しくいただきました。

お店のお兄さんに、
白えびって、ここらへんでしか穫れないのですか?と尋ねると
「そうなんですよ、白えびは、水温が低い、海が深い、餌が豊富、水がきれい。
その4つがそろって育つんです」と。
その条件がすべてそろっているのが富山湾だというのです。
富山湾は湾の地形は急に深海に向かって落ち込んでおり浅い海底がほとんどなく、
湾の海の色がとても濃いのはその急峻な水深のためだと。
そして立山連峰からの豊かな栄養で育ったプランクトンが豊富
同じく山からの水がきれいであること、冷たいこと。
だから、この湾でしか穫れないえびなのです。
と、ちょっと誇らしげに「富山湾の宝石」のことを話してくれました。

f0231393_2353665.jpg


白えび天丼がただでいただけたので
調子にのって、ふたりともビールで旅の始まりの乾杯。
白えびとともに、もうひとつ富山の珍味
イカの黒作りがビールのお供についてきました。

f0231393_2363599.jpg

イカの黒作りは、イカ刺しにイカの肝臓とスミを合わせ、熟成醗酵させた
イカの塩辛で、やはり富山県でしか作られていないものだそうです。
さて、富山の名産で腹ごしらえはできたし、
ちょっと歩こうかな。
by sarakosara | 2014-11-17 23:17 |

立冬の北陸

金土日の旅行から帰ってきて
月曜からはいつもの仕事、
楽しみにしていた旅からあっという間に一週間
日々は駆け足で過ぎていきます。

出かけたのは、北陸三県
冬立つ日。立冬の金曜日
おりしも冬型の気圧配置とニュースで流れ
出発の関東は雲一つないような晴天だったけれど
国境の長いトンネルを抜けると‥雪国
‥にはまだ早かったのか、雨。
でも雨のしずくにぬれる窓のむこうはしっとり秋の景色。

f0231393_16331687.jpg

上越新幹線を越後湯沢で特急「はくたか」に乗り換えて
最初の目的地富山に向かいます。
米所ならでは、稲刈りの済んだ田んぼが続き
やがて直江津あたりから右手に海。
若い頃からこの路線の風景が大好き。
もっと北の、父が生まれた留萌の海に通じるものがあるのか
日本海になぜか心惹かれるのです。

f0231393_16503925.jpg

親友絹ちゃんとでかけた時
一人旅の金沢の時もみた風景がまだ記憶に残り
しばらく車窓の風景にくぎづけ
糸魚川をすぎたあたりから雨があがり
富山に着いたときは、すっかり青空が広がっていました。

今回は寅さんからの提案で
ちょっとした目的がてらの旅でしたが
思いがけず盛りだくさんで、
楽しい旅になりました。
記録としても書いておきたいので
ちょっと長くなりそうですが
少しずつアップしていきます。
by sarakosara | 2014-11-16 22:33 |

マイまくら

何も用事のない三連休、
洗濯、片付け、家仕事にはげんで
あとはのーんびり過ごしました。
こんな休日は貴重。

昨日の朝、おとなりのおばあちゃんから裏庭の菊をいっぱいいただきました。
仏様にお供えしてねと。毎年くださる。
秋の香り。
f0231393_153601.jpg


秋口からずっと健診シーズンで仕事が忙しい日々が続いています。
多いときは一日に、500人近くの健診データに目を通し
シャープペンでチェックを入れていくアナログなお仕事。

生保、ホテル、学校、公共機関などあらゆる職種の方々の
健診データをみていると、
やはり職業病というものもあるなぁと気づきます。
たとえば、ドライバーさんの検診結果
やはり車に乗っての移動が続き
案外休憩に高カロリーのものをとってしまうのか
心臓疾患や高脂血症や糖尿病などの疾患の方が多い。
生活習慣病とはよくいったもので
ひごろ繰り返し酷使しているところや、
生活の傾向などにも気をつけなくてはならないのでしょうね。

そういえば、私の場合も
こうやってうつむく姿勢で何百人というデータに
チェックをいれていくので
どうしても首から肩腕にかけての痛みが出やすくて
一種の職業病だと思われます。
特に最近は背中の凝りや痛みもひどくて
腕へかけての痛みとしびれもあって
これは整骨院にでも行こうかしらと思っていた時に
ふと思いついて、寅さんの枕を借りてみたのです。

寅さんは二年ほど前に枕を新調。
頸の傾きをはかってもらって合わせた枕。
もちろん私に合わせているわけじゃないのだけど
ちょっとどんなもんかと使ってみたら
なんだか調子が良い。
3、4日借りてから、思い切って私も枕を変えてみることにしました。

今まで使っていたものもとても気にっていて
それこそ10年来使い続けてきたパイプ枕。
でも長年のあいだにだんだん合わなくなっていたのでしょう。
それとどうやら高すぎだったみたい。

さっそく2週間まえに近くのショッピングモールにはいっている
「マイまくら」というお店へ。
寅さんもミコもここで買って好調だったので
私も買うならここでと決めていました。

頸のへこみのカーブをはかってもらって
オーダーは高いから、出来合いから選ぶことに。
出来合いといっても微調整ができるのでたいした遜色はありません。

f0231393_160895.jpg

こんな感じでやはり上向きに寝るときの真ん中は
ちょっと低い?と感じる高さ。
ところが使い始めて1週間ほど
気がつけばずっと続いてた背中の張りと痛みがない。
頸の痛みや肩甲骨の痛みも、指先のしびれも消えていました。
しょっちゅう悩まされている頭痛もぐんと減りました。
ほんとうに嬉しい、枕さまさまです。

頸も手も肩も快調になったところで
今週は3日仕事を頑張ったら
7日から久しぶりに寅さんと旅行です。
二連泊は2009年の北海道一人旅以来5年ぶりのこと。
二人旅、楽しんできます。
by sarakosara | 2014-11-03 21:28 | 日々

CNBLUE 武道館

先週は大好きなCNBLUEのライブに行ってきました。
ヨンファに出逢って3年。
それはヨンファがリーダーをするバンド、CNBLUEが
ちょうど日本でインディーズからメジャーデビューする頃でした。
そんな彼らを応援しはじめて3年。
今まで追いかけなんてしたことがなかったけれど
3年たった今も夢中です。
日本と韓国というお国柄の違い。
ことに彼らを応援しはじめた頃からだんだん二国間の関係が悪化しはじめ
正直言ってとまどいや憤りを感じ
悲しくなることもたびたびありました。
それでも知れば知るほど彼らを好きになる
CNBLUEを通してみえてくるものもある。
まだ私はその入り口に立っているだけだけど
韓国の経済状況、政情、マスコミなど
抱える問題の多さもみえてきます。


f0231393_1245146.jpg


2009年バンド音楽の盛んな日本で経験を積むだめ来日した彼ら。
共同生活をしながら
渋谷、新宿を中心に、路上やライブハウスで100回以上ライブをしていました。
その後韓国でデビュー。
韓国ではダンスグループが多く
バンド文化が発達していないため
偽バンドとネットでいわれなき誹謗中傷もあり
まだ幼さの残るメンバーが涙することもありました。
日本でも韓国のバンドというだけで色眼鏡で見られ
リンキン・パークの来日ツアーのオープニングアクトをした時は
さんざんな言われようもしたし、きいてもくれない。
事実まだまだ実力不足だったこともあっただろうけれど
でも彼らはけしてくさらず努力をやめなかった。
ずっと見続けてきてその成長ぶりには目を見張るものがあります。

4人のほとんどがまだ20代前半
伸び盛りなうえに
昨年はワールドツアーで世界中をまわり経験や練習をつんだことも
成長に拍車をかけたのかもしれません。

f0231393_15245956.jpg

なにしろライブが楽しい。
それは彼ら自身がほんとうに音楽を愛し心から楽しんでいること
それが見ているほうにも伝わる。
CDとアレンジを変えてきたり、アドリブのセッションもあり
ノンストップでパワフルに全力で
ぐいぐいオーディエンスを引き込んで一体になっていく楽しさ。

ほんとうに幸せそうに音楽をする彼らを見ていると
私も心から幸せな気持ちになれるのです。

昨年初めて日本のサマーソニックの出演が決まった時
ずっと憧れていた舞台で
ヨンファは、その喜びを語り
「サマソニによんでくれてありがとう。
皆さんも夢を見て下さい! ここでは、日本語も英語も韓国語もありません!
YOU and ME!JUST MUSIC !」
まさに日本語、英語、韓国語で歌いました。

今回のアリーナツアーは
もうひとつ彼らの憧れだった武道館での初ライブから始まりました。
その喜びがはちきれんばかりの2時間半。

洋楽に影響を多くうけたというヨンファやジョンヒョンの作る曲は
70年代、80年代に洋楽をきいてきた私の年代にも懐かしさを感じる曲があったり
もちろんいっぽうで若い感性で
新しいことにもどんどんトライしていく
つぎつぎと開く新しい扉のむこうにどんな世界が広がっているのか
それも楽しみなのです。
今までのバンドサウンドとはまたひと味違った
音楽もみせてくれるこのごろ。

CNBLUE 今回のツアーのタイトル曲ヨンファの作った
Radio

ジョンヒョン作
君がよく眠っている間
僕はただ僕の歌だけで
共に幸せになってくれる人のことを考える

Heart Song

初心にかえってと、心を込めて歌ってくれた
初期のヨンファの曲
Y,Why...

このあと仙台、大阪、福岡とツアーが続き
ツアーファイナルは12月の名古屋です。
by sarakosara | 2014-11-02 15:27 | 好きなこと

遠い日の私へ

先週の日曜日は
小中高をすごした母校で、チャリティーコンサートがあった。
ヘンデル作曲「メサイア」
管弦楽に合唱団、独唱のテノール、バス、ソプラノ、アルト。
休憩をはさんで三時間近くのオラトリオ
正直言って最初は眠るかと思ったけれど
解説書を片手に
各場面を想像力をかきたてながら聴き込んでいくと
いつの間にか組曲にひきこまれていた。
午後三時過ぎに始まったコンサートが終わったときは
外はもう秋の日がおちたあとで、月が輝くおだやかな夜。
懐かしい聖堂の前にたって
こんなふうに明かりがともる聖堂を外から見ることってあまりなかったねと
幼なじみのAちゃんと感慨深く話しあう。
外からみると、とてもきれいだ。

もう80代になられた学年担任だったシスターふたりともお会いでき
ほんとうに懐かしく、喜んでくださった。

f0231393_1623631.jpg

小学校から高校まで
多感な時期の12年間を過ごしたこの場所には
数えきれない思い出がある。
以前にも少し書きかけたけれど、とても書ききれるものではないと
やめてしまった。
ただ無邪気だった幼い日々をすぎ
ちょうど中学3年頃から高校時代にかけて
いちばん多感だったころ、
私は一刻も早くここを出て行きたいと思っていた。
窮屈で息苦しくて、ほんとうの私はここにはいないと思っていた。
愛する場所であり、うとましい場所。
同級生の何人かも進むことになっていた
カトリック系の女子大の推薦をぎりぎりで断り
デザイン学校にすすんだ時
誰も知らない場所で始まった新しい日々に
不安もありながら、新鮮なときめきを感じ
心底ほっとしたことをおぼえている。
それからしばらくは学園から遠ざかっていた。

それが不思議なもので
仲良しだった友人数人が次々と学園の母体の事業や
同窓会の仕事にかかわるようになって
私も応援を頼まれるようになり友人の助けになるのならと
ここに来る機会がふえてきた。
正直いって、いまだに少し足取りが重い。
懐かしい学校への坂道をのぼりながら
ときどきふぅと、ためいきが出そうになることもあるけれど
ここ数年はあの当時の気持ちを正直に友人にも話すようになった。
「えっ?そうだったの!?」
「へぇ、さらちゃんがねぇ、ほんと?」
一様にみんなこんな反応をする。
あの頃はそんな自分を知ってもらおうとは思わなかった。
なによりいち早くここを出たいという気持ちは友人にも言っていなかったと思う。

実際、学校を出てからはほんとうに自由になった。
それから出逢った友達には
本音でぶつかったし、今もそんな私を理解してくれている。

でも、このごろはこうも思う。
学園で過ごしていた私も、またほんとうの私だったんだと。
そしてここで過ごした12年間が私に残した大切なものの大きさにも
気づいている。

f0231393_162818.jpg


まだ小学生の頃、
帰宅する前に仲良しのAちゃんとよく寄ったお御堂。
あのときのままだねって、Aちゃんと思わず写真を撮った。

この小さな窓に、ランドセルがちょうどすっぽり入る。
後ろ向きになって
そこにランドセルを上手にいれて
しんと静かなお御堂にひたひたと靴下になってはいり、
マリアさまの前で祈った。

今回メサイアをききながら
あの時とひとつも変わらない聖母子像をみあげ
幼かった私は、あるいは多感な年頃の私は
ここで何を祈っていたのだろうと思った。

私がここで知った祈るということ。
何か自分をこえた大いなる存在を感じること。
自分は弱い存在であるからこそ
身を委ねることで、強くなれること。
それを知ったことは
生きていくうえでほんとうに心強いことなのだ。



9月の末にもバザーの準備の手伝いで
ここへ来た帰り道
坂道をおりていたら、ちょうど後輩たちの歌う「あめのきさき」がきこえてきた。
ふいをつかれ、立ち止まりそうになった。
当時はあきるほど歌ったこの歌。
懐かしさでいっぱいになった。

コンサートのあとに
役員をしている友達が食事会をセッティングしてくれていた。
同期10人でにぎやかな夕食。

いっときはうとましく思った場所だった
私をわかってくれない場所だと思っていた。
けれど、私も心をとざしていたのかもしれない
知ってもらおうとしていなかった。
ええかっこしいだった。

そこへまた呼び寄せてくれた友人には感謝している。
あの12年をすごした場所は
やはり私にとってかけがえのない場所だったから。
by sarakosara | 2014-11-01 18:00 | 想う