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立冬の北陸 美味しいもの

白えびから始まった北陸美味しいものざんまい。
まずは、初日の夜、富山で向かった居酒屋さん。
コンサートに行く前に散歩がてら目星をつけておいた店で
北陸の海の幸を手頃なお値段で楽しめそうな感じ。

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寅さんがいちばんに頼んだのは、のどぐろの刺身。
こののどぐろ、以前スマの富山の友達のご両親が見えた時に
寅さん大真面目で、
「あの腹黒の刺身はうまいですね〜」と。
一同はらぐろ?と??がいっぱいになり
そのあと、のどぐろの間違いだとわかって大笑いしたことがありました。
あの時ねぇと、また笑いながら舌鼓。
笑いながら撮ったせいか、二十日大根にピントが^^;


次はお昼に食べた天丼の白えびを
お刺身でいただこうと。
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これはふつうの刺身とおぼろ昆布締め二種。
天ぷらにした白えびとはまったく違った味わい。
ぷりっと張りがある身、美味しい!
へ〜これがお昼に食べた?
ぜんぜん違うけれど、どちらも美味しい富山の白えび。

そして、日本酒唎酒師の資格をとるほど日本酒好きな寅さん
お待ちかねの呑み比べ。

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私もお相伴しましたが、
父親に似て日本酒は翌日に残ってしまう体質。
お味見くらいにして焼酎にしました。
いやぁ、日本酒好きにはたまらない地元のお酒の呑み比べです。

そして〆は、とろろ昆布のおにぎり。
これは初めて食べた味。

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富山はおぼろ昆布やとろろ昆布が特産で
こんなおにぎりも定番のようです。
自然な昆布の甘みや香りが広がって
初めての美味しいおにぎりでした。


二日目の夜は加賀温泉の宿で。
居酒屋とは違い
自分たちが選ぶのではなく、お宿まかせのコース料理。
可愛らしい仲居さんが程好い頃合いで料理を運んでくる
北陸心づくしのもてなしが心地よく
ほんとうに美味しい料理ばかりでした。
少し多すぎるねと言いながら、
最後の松茸の釜飯までぺろり。
そんな料理の中でもやはり私のメインディッシュは蟹!

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ちょうど蟹が解禁になった直後の時季で
穫れたての蟹を幸せいっぱいいただきました。
蟹大大好き、蟹子の私は
食べながら、何度「蟹だ〜蟹」と喜びの声をあげたことか。

そして寅さんはやはりこれ。
美味しい料理には、これがなくちゃねと。
今宵も呑み比べ。
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米、水、仕込み。
ひとつひとつの日本酒に、それぞれの味わいがあるのですね。

最終日の永平寺のあとに食べたのが
永平寺蕎麦。
大根おろしと一緒に食べるのですが
冷たいお蕎麦のつゆが関東のものとは少し違います。
バスで一緒だった広島からの三人連れの男性も珍しがっていたので
この地方の特色のあるものなのかも。
薄めのだしなのだけれど、深みがあって
すっかりはまってしまいました。
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胡麻豆腐もこっくりと美味しくて
これはミコとスマにも食べさせたいねと
蕎麦と胡麻豆腐は帰りにお土産に購入。
北陸美味しいものざんまいの締めくくりの一品になりました。
by sarakosara | 2015-03-15 22:54 | | Comments(10)

私のあの日

私が今まで体験したいちばん大きな揺れ、震度5強。
もともと揺れて折れない構造の我が家。
三階は揺れに揺れて、サッシの窓は勝手に開き
出入り口に物が倒れた和室のドアは開かず
食器棚からは食器が落ちて割れ、テレビも床に落ち
私は廊下の壁に身体をよせてしゃがみ、
自分の身体を守るのが精一杯だった。

寅さんは東京の職場。
ミコはアメリカ滞在中。
スマはそのミコを訪ねて出発の日、出発の時間少し前だった。
成田の機内から、お母さん大丈夫?とメールがきたのが最後。
それきり連絡がとれなかった。

揺れがいちど収まってから、すぐに一階の父のところへ。
幸い三階よりも揺れがかなり軽く済み
父も無事で、三階の惨状をみて驚いて手を貸してくれた。

寅さんと連絡がとれ
帰宅は無理をしないように伝える。
それきり、寅さんとも連絡とれず。

動いたピアノ、タンス。
家の片付けもらちがあかないので
いったん父を三階より安全な一階に帰し
傾いた冷蔵庫を起こして、
台所中に散乱する割れた食器を片付け始めてすぐに
破片で指を切って、それ以上片付ける気持ちになれず
散乱したものたちに埋もれて夕暮れを迎えた。

パソコンは幸いつながったので
連絡のとれないスマの状況を知りたくて
すぐに成田の出発状況を確認。
しかし、よくわからないまま。

テレビもひとりでは元の位置にもどせず
ラジオから刻々と流れる信じられないような事態をききながら
ひとりで過ごす夜は更けていった。

そんな私の2011年3月11日。

東北で被災された方々の
万分の1かもしれない恐怖ではあったろうが
今もあの日のそんな気持ちをおぼえている。

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人生はいつ何時
何が起こるかわからないし
その時に大切に思う人はそばにいないかもしれない。
そのことは思い知った。
どこかで、そんな小さな覚悟はしておかなければと思っている。

そしてもうひとつ。
原発はもういらないと思う。
原発をめぐる人々の思惑、事情、想い
一筋縄ではいかないことは重々承知なれど
やはりいらないと、再稼働はしてはいけないと思う。

たくさんの人が、大切な人を
大切な日々の暮らしを失ったこの日に
そしてそれから長い道のりが始まったこの日に
その思いをあらたに。
by sarakosara | 2015-03-11 00:11 | 想う

立冬の北陸 永平寺

永平寺に着いた頃は雨も本降りになっていました。
ガイドさんは同行無し。
バスで同乗した方々と一緒に歩きます。

今回利用した定期観光バスは
正直いって利用者は少なくて
同乗者は、高校の同級生だったという
寅さんと同年代の男性3人組と
20代とおぼしき女性ふたり。
大型バスに総勢7人です。
道中、疲れたのか3人組と2人ぐみ
ガイドさんの話は子守唄に、そろってコックリうたた寝状態。
寅さんと私だけでも聴いていなくてはと
二人とも、うんうんと相づちにいそしみました。
日曜日だというのに、この様子で
旅人はなかなか思うように集まっていないように思われます。

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そんな同乗ご縁の7人
しのつく雨の中、墨絵のような木々の中に立つ
永平寺の山門をくぐりぬけたのですが
さすがに永平寺は見学の人が多くいました。

開山は道元。
福井県吉田郡永平寺町にある曹洞宗の寺院です。
パンフレットには寛元二年(1244年)道元禅師によって開かれた
坐禅修行の道場です。と書かれています。
その言葉のとおり、
お釈迦様から伝わった「坐禅」という仏の教えを中国で学び
それを伝えるために開いた場所だということです。

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傘松閣。昭和5年当時の天井絵をそのまま修復した
「絵天井の大広間」がまず順路のはじめに出てきます。

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磨き抜かれた廊下、
時折行列をして通り過ぎる修行僧の雲水は
引き締まった表情で脇目もふらず、ひたひたと歩いていきます。
青々と剃り上げた頭、
粗食で過ごすためか、頬もすっきりと凛々しいお顔。
まるで、そこに誰もいないかのように
まっすぐ前を見つめて歩く姿。
思わずみとれてしまいます。
スマと同年代と思われるこの方々は
全国の曹洞宗の寺院の跡継ぎの青年たちだとのこと。
長い歴史の中で、延々と守り続けられ
繰り返されてきた日々の重みを感じます。

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折しも秋の盛り。
雨に洗われた木々の紅葉が美しく
観光の人が去った夜や早朝は
まったく違った様子を見せてくれるのでしょう。

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帰りに永平寺蕎麦と、胡麻豆腐を
少し遅いお昼にいただいて、バスに戻りました。
by sarakosara | 2015-03-08 23:48 |

立冬の北陸  越前竹人形

道すがら、もうひとつ寄ったのが
越前竹人形の里。
越前竹人形といえば、いちばん先に思い出すのが
水上勉の小説。
なぜか日本海側の風景に心惹かれる私には
水上作品は同じく心惹かれるものが多く
若い頃には有名な作品をよく読みました。

この小説は竹人形が先にあって、それによって発想創作されたものではなく
小説が有名になって、人形も名産となったという話をききます。
ずっと昔から越前の名産だと思っていたので
それは意外な話でした。

細かい髪の毛いっぽんいっぽんを竹を割き
また、竹の丸みやカーブを生かして作られる人形。
妖艶にも可憐にもなるその人形の姿。
(写真はお借りしました)

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欲しいなと思う人形もあったのだけれど
やはり手がかかるせいか、けっこう値が張って
買うのはあきらめました。

ちょっと心残りでバスにもどると
ガイドさんから、今日はこの竹人形にちなんで
みなさんにプレゼントですと
竹の夫婦箸。

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ちょうど使っていた箸の先が少し折れてしまった私。
帰ってから、さっそく毎日の食卓に。
細身だけれど、手にもなじんで
旅の思い出とともに愛用しています。
by sarakosara | 2015-03-07 18:09 |

立冬の北陸 日本一短い母への手紙

東尋坊をあとに向かったのは永平寺。
その道すがら、バスの中からご覧くだいと
とまったところは、丸岡城。
降りられなかったのは残念だけれど
ちょうど桜の葉が色づき、春の桜の頃はさぞやと思います。

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丸岡城といえば、ん?という人も
「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」
の短い手紙は知っているのではないでしょうか。
丸岡藩の藩祖といえる本多重次
別名鬼作左と言われていた勇猛な武士が
長篠の戦いの時、留守を預かる妻にあて
妻や子を心配して送った簡潔な中にも愛情のこもった手紙ということで
このお仙が、のちの越前丸岡初代藩主・本多成重だということです。

これにちなんで
丸岡町では、「一筆啓上賞」と題して
日本で一番短い手紙文を再現しようと作品を募集しているのだそうです。
毎回テーマはあるそうで、今は新一筆啓上賞かな。
以前文庫本を買った記憶があるのですが
どこかみつからなくなってしたので
今回丸岡町編集のこの一冊を旅の思い出に買ってきました。

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母への愛情あふれる想いばかりではなく
チクリと胸の痛むものもある。
百人いれば、百人の母への手紙があると思う。

お母さん、私は大きくなったら家にいる。
「お帰り。」と言って子供と遊んでやるんだよ。


と書いたのは、9歳の女の子。
学校の先生をしている母親は毎日仕事で帰りが遅く
休みの日も忙しくて寂しいのだそうです。
そういえば、私も同じことを母親に言ったことがあったなと思い出しました。

今でも弟のほうが気になるかい。
もうどちらでもいいけど。
今はもういいけど。

                                               44歳の男性



お母さん
ぼくの机の引き出しの中にできた湖を
のぞかないでください。

                                                11歳の男の子



おかあさんの おならをした後の
「どうもあらへん」という言葉が
私の今の支えです。
                                    
                                                  30歳女性



今朝、階段の下から
私を呼ぶお母さんの夢をみました。
元気ですか。
                
                                                  28歳女性

賞もとっていないこの作品だけれど
この文章、なぜか鼻の奥がつんとしました。


私の母が亡くなった時
もう30年以上前のことですが
仕事に使っていたハンドバックから
私の書いた手紙が一通出てきました。

そこに書かれていたのは
私から母への抗議の手紙。
母が留守のあいだ、父と祖母との諍いのあいだにはいって
仲を取り持つことに苦慮していることに対しての
抗議の手紙でした。

母への感謝の手紙は
母の日など、それまでいっぱい書いていたのに
よりによって、いつも持ち歩いていたのは抗議の一通。

その手紙が出てくるとは思ってもいなくて、
遺品の整理の時に、愕然としたことを憶えています。
母が何を思い、毎日持ち歩くハンドバックに
その手紙を入れていたのか、
今となっては知る由もありません。
でも母としては、娘にすまないと思う気持ちを忘れずにいようと
その一通を持ち歩いていたように思われてなりません。

母への手紙。
ひとひとりの深い想いがこもったもの。
そして受け取る人にも
特別な一通なのだと思います。
by sarakosara | 2015-03-01 22:46 |

立冬の北陸 東尋坊

三月初日は雨の日曜日です。
あれから4ヶ月の
どこまで行ったっけ?状態の北陸旅行ですが
旅は最終日、コメントもちょっとお休みして
スピードアップします、もうちょっとだけおつきあいください。

五箇山から直行したのは、加賀温泉。
ここでもう一泊しました。
こちらの夜のことなど
美味しいことはあとでまとめて。

さて、翌日最終日は雨模様だったのですが
この日は一日定期観光バスに乗ることにしていたので
運転はおまかせで、のんびりゆきましょうと。
まず向かったのは東尋坊。
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東尋坊は海食によって海岸の岩肌が削られた
輝石安山岩の柱状節理という
高さ約25メートルの岩壁が続く地質上極めて貴重な断崖。
福井県坂井市三国町にあります。

30数年前まだ独身の頃
友達と金沢から京都に向かう途中に
このすぐそばに泊まったことがありました。
あの時も真冬の2月ころだったはず
空は時雨れて波が荒々しく人影もあまりなかったけれど
泊まった小さな旅館で夕食に出た蟹が
それはそれは美味しかったことをおぼえています。

この日も細かな雨が時折落ちてくるあいにくの天気
足場もあまり良くなくて
そろそろと突端まで行こうとする寅さんに
ストップ、ストップと声かけ。
切り立った岩場をみながら
ガイドさんの話してくれた言い伝えを思いました。

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昔むかし、平泉寺というお寺に
東尋坊という怪力の悪僧がいて
誰も手がつけられず
困り果てたほかの僧侶たちが、東尋坊をだまして誘い出し
酔って眠ったすきに、この海へ投げ入れてしまったところ
にわかに一天かき曇り豪雨と雷鳴
東尋坊の怨念が他の僧をも絶壁の底へと吸い込んでいった。
それ以来この断崖を東尋坊と呼ぶようになったと。

そんな伝説がよく似合う風景
ことにこんな雨の日は下から吹きあげてくる風に足がすくみ
そろりそろりと、一歩ずつ歩を進めても
小さな岩がごつごつで滑りそうになる。
傘をさしながら危うい足元だったので
写真もほどほどに引き返してきました。

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すると、どこからともなくいい匂いが。
土産もの屋の店先の大鍋の蟹汁でした。
蟹大好きの私の様子をみて
寅さんが、食べる?と訊いてきたけれど
さすがに朝食を食べて間もないし
バスにもどる時間もあるしで、断念。

しかし、ほんとうに心残りするほどいい匂い。
東尋坊の蒼茫とした風景に
ほっとする一こま。
30数年前同様、また東尋坊の風景に
蟹の記憶が一緒に刻まれることになりました。
by sarakosara | 2015-03-01 15:28 |