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さよなら北斗星

今日の昼にテレビをつけると
さよらな北斗星のニュースが流れていました。

青い寝台特急として長年親しまれてきたブルートレイン
日本各地を走っていたブルーとレインも
この北斗星で最後の運行となった。

日本初のブルートレインは
1958年から走り始めた「あさかぜ」
この年に私は生まれ
そして上野から札幌へ走る「北斗星」の運行開始は
1988年の3月のこと。
この年の2月にミコが生まれました。
そしてまた今日、私の誕生日の朝、上野に最後の列車が到着
不思議な縁を感じる
私と同い年のブルートレインが幕を閉じました。

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特徴のあるヘッドマークをつけて
走るブルートレインは憧れ。
高校の修学旅行で九州へ行った時もブルートレインでした。
中でも北斗星は両親の故郷、
大好きな北海道へ走る列車として
その姿を見かけるたびに、いつかはと思い続け
そして一度だけ乗っことがあるのです。

それは父も一緒に家族そろってでかけた夏のこと。
その時にブルートレインならではの出逢いがあったことも
懐かしい思い出。

その時のことは、
以前のブログに夢を運んだ北斗星として書きました。


こうして愛されてきた列車が姿を消していくことは寂しいけれど、
時代の流れの中では致し方ないこと。
車体の老朽化と新しい主役新幹線の開通で
また次なる時代の始まりなのでしょう。

群馬の夏旅のことを書こうと思っていたけれど
お昼のニュースをみて
急遽北斗星のことを書いておきたくなりました。
日本全国のブルートレイン、お疲れさまでした。
by sarakosara | 2015-08-23 16:38 |

群馬で夏休み

今日でお盆休みもおしまい。
自分の都合でお休みを決める我が職場。
当初は13日から16日までを予定していたのですが
ひょんなことから
家族旅行をしようかと話がトントン進み
お盆があけたら出かけようと決まって
休みも今日まで延ばすことにしました。

実に家族4人そろっての旅は十数年ぶり。
ミコの部活が始まった中学生頃からなかなかみんなの予定が合わず
生意気盛りは家族旅行なんてという雰囲気もあり
こんなにすんなりみんなの息が合って決まったのも
それだけ子ども達が大人になったからなのかなと思います。


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スマがネットで探して予約してくれた
猿ケ京温泉の宿がまた良くて。
旅日記、あまり宿のことは書かないほうなのですが
今回は宿のことを紹介してみようかと思っています。

それから、コメント欄について
夏休みだしと、色々考え迷ったのですが
今の気持ちとして記事にしていますので
しばらくこんなスタイルでよろしくお願いいたします。
by sarakosara | 2015-08-18 17:22 | ぶらさら子

お盆に想う

12日は午後休をとって寅さんの両親のお墓参り。
13日からはお盆休みに入りました。
まずは仏壇のお盆の準備。
寅さんの両親のお仏壇、私の両親のお仏壇、
我が家は仏壇が二基あるので
その準備だけでもひと仕事です。

一階の父の台所に立つと
隣の貸し農園の緑がみえて気持ちいい。
帰省という経験は一度もない私だけれど
ここに立つと父もこんな景色をみながら酒の肴を作っていたのだろうと
父の目線が重なって
実家にもどったような気がする。

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準備が整って夕方は迎え火。

昨日はお寺さんがみえてお盆経。
寅さんの両親のお墓は霊園で、菩提寺がないけれど
葬儀の時に縁したお寺さんが地元にあって
年に一度お盆経に来てくださる。

先代のお父さまは種子島出身、小柄で細くてお酒の強い方だった。
お父さま亡き後をついだ息子さんは
大柄で恰幅がよく、お酒はたしなまず、甘いものが好き。
対照的な二人だけれど
種子島の気質なのだろうか、どちらも大らかで癒し系の人柄だ。


父も、先代の御住職も健在だったころは
法事の後など
お酒好きな二人意気投合して話に花が咲くこともあった。

今日は70回目の終戦の日。
父も義父も終戦の時は23歳。
今のスマよりも若いのだ。
先代住職もまたそんな貴重な青春時代を
戦争のただ中に過ごしてきたのだろう。

父は肋膜の病み上がりで丙種合格。
北海道から千葉に派兵され塹壕掘りばかりしていたという。
いっぽう義父は学徒出陣で大陸に行き
ほんとうに悲惨な光景を目の当たりにしてきたという。
二人とも戦時中のことはあまり語りたがらなかった。

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今朝の新聞に「あの夏」と題して
梅原猛氏のインタビューが載っていた。

死を覚悟して
負けるに違いない戦いで
なぜ死ななければならないのか
死が確実ならせめて意味をみつけたくて
必死で死の理由を探していたという。

父や義父の心情はどうだったのだろうか。
父は9条を守る会に入っていたのを死後に知った。
憲法のことは私の浅い知識で語ることはできないけれど
父の一番の思いは、
二度と戦争は起こさないでほしいということだったろうと思う。
戦争は殺人が正当化されるところ、
狂気が狂気をよぶところ。

梅原氏が最後に、
今、昭和10年頃と似た、一種、戦争を肯定するような風潮、空気を感じる。
自衛に徹するのが日本の守るべき伝統だ。
この平和がわずか70年ではなく、もっともっと長く続いてほしい。
と語っていた。
私も切にそう思う。
by sarakosara | 2015-08-15 17:35 | 思い出小箱

朝顔と月

今日から8月。
昨日は祖母の祥月命日で
仕事も少し落ち着いたので、休みをもらって
お墓参りをし
正式なお墓の抜魂式の日取りも決めてきました。

日中35度の猛暑日。
せっかく休みをもらったからと、
このところ気になっていた眼の症状を診てもらいに眼科に寄ってから
お墓へ向かうことにしたのですが
眼底を調べる検査で瞳孔を開いてしまったので
えらいことになっていることに気づいたのは
クリニックを出た時。

射すような真昼の陽射し。
街中がギラギラとした光の固まりみたいになって
足元も危ういほど。
ある程度の予想はしていたれど
これほどとは。

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以前アートフィルターモードで
撮っていた写真の、まさにこんな感じに見える。
眼を細めゆっくり歩き、地下鉄の駅に降りたときは
ほっとしました。

結局夕方頃まで眼がおかしくて。
それでもめげず、せっかくの休日、
お墓参りのあとはデパートに寄って
セールの見切り品をちらほらみて
デパ地下でお惣菜やスイーツを見ながら楽しみ
冷やして美味しいカップケーキをスマのお土産に
それから京漬け物のカボチャ浅漬けを
我が家と、お隣のおばさんの分と二つ買って帰りました。

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お隣のおばさんは、今年95歳。
秋には裏庭に咲く野菊を
夏はツルがのびてきた朝顔を持って来てくれます。
でも今年は朝顔の配達がなかった。

父の部屋からすぐ見えるお隣の庭で
ある日の夕方おばさんが、ビニールテープで
朝顔のツルのための支柱作りをしていたので
窓から顔を出して
「暑いですねぇ、身体は大丈夫?」
そうきくと
「もうだめかもしれないわ」
そう言いながら目を細める。
朝顔もいつもの半分も植えられてなかった。
でも私の顔をみたらしゃんと立ち上がって
「苦瓜とジャガイモをあげようね」
そう言って、ゴーヤとジャガイモをビニールに入れて持ってきてくれた。

私が子どもの頃は
仕事に毎日出かける母の代わりに
お隣のおばさんが祖母の話し相手になってくださり
私も祖母が急病の時は
お隣に駆け込んでおばさんに助けてもらった。

眼が弱って針仕事が億劫になった祖母の代わりに
私の浴衣を仕立ててくださったのも、おばさん。
それは見事な腕前だった。

夏負けしないように、何か持って行ってあげたいなと思っていた。
カボチャの浅漬け、とても喜んで
またトマトとトコロテンをいただいたという(笑)
ご家族と住んでおられるから心配はないけれど
私の顔をみると、笑って
何かあったらよろしくねって口癖のように言う。
今年の朝顔は何色だろう。
お隣の庭が楽しみだ。

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そういえば、祖母も毎年朝顔をいっぱい咲かせていたっけ。
夏月院というのが祖母の戒名
ゆうべはきれいな丸い月が出ていた。
ブルームーンだけれど
かぼちゃの浅漬けみたいな色をしていた。
by sarakosara | 2015-08-01 12:05 | つぶやき