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ゴーヤの顛末

連休もあと一日。
5連休は、両家のお墓参りを一日ずつ。
それから、友達とランチ。
あとの二日は家周りの片付けや洋服の整理で終わり。

庭の手入れもしたのだけれど
このひと月くらい怖くて庭に入れなかったのです。
というのは。夏に庭の椿にチャドクガの幼虫がでて大騒ぎ
木が大きめなので、専門の業者さんに駆除してもらい
この連休になってやっと庭に入る気になったところ。
今まで20数年一度もついたことなどなかったのに
やはりお天気のせいもあるのでしょうか。

そういえば、今年の我が家のゴーヤの収穫もさっぱりでした。
それも天候のせい?
じゃないのです。
こちらの原因は、私。
大きなミスをしました。

スカスカとさびしいネット。

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何を思ったか、今年は植え付けと同時に液肥をやってしまった。
土に刺すタイプののものが、ちょうど安く売っていて
観葉植物にと思って買ったのに
植え付けたばかりのゴーヤにも、いいじゃないと。
それが大きな失敗。
安いので、じわっと出るところがどっといっきに出てしまい。
根がしっかり張るまでは肥料は控えていなくてはならないのに、
いったい何を勘違いしてしまったのだろう。

結局、へにょへにょのツルが弱々しく 伸びたものの
いっこうに元気のよい葉がでてこない。
はたと気づいた時、すでに遅し。

水をじゃぶじゃぶ与えて液肥を流してしまう方法が
ネットに書かれていたので試してみるれど
どうやら遅かったみたい。
かろうじて枯れずに育ってはくれたけれど
葉も細々としか繁らず、まして食べられるような実も生らない。

という、ゴーヤ育て史上最悪の収穫でした。
ところが、隣のおばさんの家のゴーヤが実のつきがよかったらしく
今年は私の顔をみるたび、ニガウリ食べる?って。

うちのゴーヤは不作だし
ゴーヤは好きだしで、ありがたくいただきました。

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で、今年いちばん食べたレシピは味噌炒め。
チャンプルーや、サラダ風に加わり
大好評で、たびたび食卓へ。

豚ひき肉とゴーヤをまず炒めたあとに
日本酒とみりんを少し多めに入れてもうひと炒め
最後に味噌をからめてできあがり。
シンプルでとても簡単だけど
ご飯にも、酒の肴にもぴったりです。

天候ひとつ、肥料や、害虫ひとつで収穫に影響がでる農業
ほんとうに大変なご苦労があるのだろうなとしみじみ。
ベランダのゴーヤも、今になって
小さいながら、なんとか食べられそうな実がふたつ、やっとつきました。
by sarakosara | 2015-09-22 17:34 | さら子の皿

記憶の回路

9月にはいって、大雨が降って大きな洪水があり
まだ片付けも終えられていない地区もあることと思います。

自然災害が日常茶飯事になってきたのではないかと思われるこの頃、
首都直下地震もいつ起きてもおかしくないということで
いつ、なんどき大きな災害に見舞われるかわからないという
そんな覚悟だけはしておかなければと思ったりします。

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私も小学校二年生の時に床上浸水を経験しています。
今回のような、大きな河川の決壊ではなかったので
あの濁流が押し寄せるような状況とは違ったのですが
大雨で捌けきれない水が逆流してきて浸水しはじめ
結局床上40センチまで水があがりました。

当時の家は平屋だったし
まだ下水道が完備していない時代、
トイレも汲取式で、
両親や祖母が大わらわで荷物やたたみを
できるだけ高いところに持ち上げたり
それは大変だったろうと思います。

救助のボートに乗って
近くの小学校の二階に避難し
幾日かをそこで過ごしたのですが
もう8歳だったはずなのに、
あまり鮮明な記憶がない。

隣の町に住む友達がお父さんと一緒にゴムボートで
様子を見に来てくれて
私だけでも家に来たらと言ってくれたけれど
両親と離れたくなかったのでしょう
学校に避難するからいいと断ったこと。
ボートに抱かれて移る時に水がはねて
洋服が汚れ、ぬれたところが気持ち悪かったこと
学校の廊下を従姉妹と走り回って遊んだこと。
そんなことしか記憶にありません。

隣に住んでいた従姉妹の家の末っ子はまだ乳飲み子だったはず
叔母は三人の小さな子を抱えて大変だったでしょう。
蒸し暑い季節のこと
衛生面も不快だったろうし、食事もどんなものだったのか
夜はどうやって寝たのか。
大きな災害だったはずなのに、さっぱり憶えていないのです。

突然の非日常に、頭の中が興奮状態で
記憶の回路が断線したようになっていたのでしょうか。
もっと幼い頃のことも、わりとはっきり憶えているほうなのに
不思議なことです。

大人達はよほど大変だったのでしょう。
それから何年たっても、
ここまで水がきたのよねぇと
母が柱や壁に残る水に浸かっていた跡をみながら
よく、そう言っていました。

今回被災された方々も
日常が戻るまでに時間がかかればかかるほど
目に見えないストレスがたまるのだと思います。
早く普段の生活がもどりますように。

そして、日々の中でも心して
危険を回避する方法、備えもしていかなければと思います。
by sarakosara | 2015-09-22 15:39 | 想う

見送り絵

カレンダーは9月。
夏もそろそろおしまい。
雨で始まり、いきなりの猛暑、
そしてまた雨で終わりそうな
関東地方は、そんな夏でした。

昨年の秋に友達夫婦と訪ねた青森で
弘前ねぷた会館に立ち寄り、
大きな山車を見てきました。
ねぷたの語源は
津軽弁で「眠い」ことを「ねむてぇ」または「ねぷてぇ」と言い、
これがなまって「ねぷた」になったのではないかというもの。

昔、農民が夏の忙しい時期に襲ってくる眠気を追い払うため、
睡魔を船や燈籠にのせ、川に流した「ねむり流し」という行事から発展し、
祭りになったという説があるというのです。

青森が「ラッセラー」
五所川原は「ヤッテマレ」
そして、弘前ねぷたのかけ声は「ヤーヤドー」

ビシビシとよくしなる長いバチで太鼓をたたかせてもらいました。
胸に響くような大きな音が響き渡り
心地よい躍動感が感じられます。

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山車の前面は勇猛果敢な武者などの絵柄の
「鏡絵」といわれるもので、動を表現。
それに対して、
裏側には美人画等で
「静」を表現する「見送り絵」というものが描かれています。

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表が夏の盛りの勢いを感じるなら
見送る裏は、
やがてくる秋の気配を感じさせるものでもあると
そんな話もききました。

夏の背中を見送る季節に思い出した、弘前ねぷた。
by sarakosara | 2015-09-06 16:54 |

閉眼法要

先週の日曜日は
祖父母のお墓の閉眼法要でした。

家を出てすぐに、細かな雨が落ち始め
祖母の涙雨だろうかと心が沈んだけれど
お寺に着いて、本堂でのお経のあと墓地に出る頃には
今にも泣き出しそうな空ながら雨があがり
墓前での法要も無事に終えました。

ご住職のお母さまも、
「ほら、お祖母ちゃんが雨をあがらせてくれた」
と、私の背中に手を当ててくれました。

小さな頃から祖母と母と幾度となく通った
お寺に続くゆるい坂道を歩きながら
祖母の歩みを重ねてみた。

生まれてすぐに祖父母の養女としてもらわれた母
その娘の私と祖母とは血縁はありません。
けれど、祖母から受け継いだものの大きさは計り知れない。

手を合わせること、
季節の行事を楽しむこと
日々の中で教えられた数知れないことごと。
情の深い人で、翻弄されることも多かったけれど
そんな激しさ、厳しさの中に、
あふれんばかりの愛情を注いでくれた祖母。

今回父が遺した大きな宿題に向き合い
ほんとうにこれでよかったのだろうかと何度も思案したけれど
若いご住職が
渾身のと思える心のこもったお経をあげてくださり
家族そろってこの日を迎えることができたこと
どこかで祖母がこれでいいよと言ってくれているように思います。

祖母が磨き上げた墓石から取り出された
小さな骨壺ふたつ。
北海道から初めての地へ
夫の遺骨を抱えて出てきた祖母の姿が目に浮かぶ。
おばあちゃん、ごめんね。

でも、ご供養を終え、
新しく供養塔へ並んで安置された祖父母の
ふたつの骨壺を見たとき
ほっと安堵の気持ちもわいてきました。

家にもどった時にまた雨が落ち始め、
夕方何の気無しにつけたテレビで
「ちびまる子ちゃん」がやっていた。
子どもがみなくなって何年たったろう。

ほんとうに久しぶりに、たまたまみた話は
ひまわりがいっぱい咲く畑で
まるちゃんが出逢ったおねえさんと、そのお祖母ちゃんの話。
亡くなったお祖母ちゃんの育てたひまわり畑をみながら
恋しく懐かしく思い出す、
いつまでも悲しんでいないでという、温かなお話でした。
単なる偶然だけれど
なんだか、祖母からの返事のように思えて
穏やかな気持ちになれた。

夏の終わりに、大きな宿題を終え
どっと疲れたけれど、安堵もしました。
by sarakosara | 2015-09-06 16:53 | 家族のこと