待ち人来たる 仙台より

ミコの夫Y君は、仙台出身。
お父様はY君が大学生の時に病気で亡くなられ
仙台の実家にはお母様と妹さん家族が住んでいます。

5月の連休に一度顔合わせのために
埼玉にきてくださり、
みんなで食事をしました。

妹さんの息子ちゃんを連れて
東京見物も兼ねていたのに
お土産をわんさかいただいて
呑兵衛夫婦のために重いお酒まで。


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そして今回は結婚式場を見ておきたいということで
先日の三連休、お母様一人での上京。
ミコ達と三人で式場を見たあと
今度は我が家の近くで食事でもしましょうと
そしてよかったら泊まりは我が家へとお誘いしました。
元三世帯の我が家、部屋はいくつでも(笑)
遠慮されるかなぁと思ったけれど
快く、それならお言葉に甘えてと来てくださって。
嬉しかった。

今回も仙台名物をお土産に。

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Y君のお母様は私と同い歳。
長身ですらりとかっこいいところは違うけれど
同世代の気安さもあり、
もともとさっぱりとおおらかなお人柄で
すぐに打ち解けることができました。

二人だけでゆっくり話す機会が欲しかったので
3時過ぎの新幹線に間に合うように送りがてら、
ランチでもどうですか?とお誘いしたら
これまた喜んでと快諾。

仙台のお孫ちゃんへのお土産を買った後
探しておいたカフェへ向かいました。

Y君とミコとの出会い。
二人の子供時代のこと。
今はなきご主人のこと。
スマやシングルマザーの妹さんのこと。
震災の時のこと。
たくさん、たくさん、話しました。

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Y君は仙台を心から愛しています。
また、父なき今、お母様と妹さんのことも案じている。
いつかは、できたら帰りたいと思っている話もミコからきいている。
でも、仕事のことはもちろん
ミコや私たちのことも慮って
どうしたものかと思案しているらしい。

そんな話をきいていたので
結婚前からミコには
Y君が仙台へ帰りたいと言った時は
お父さんやお母さんのことは気にせず
ついて行ってと言ってありました。

以前は娘は身近なところにいてくれたらと思ったこともあった。
けれど、私自身、父のことを大切にしてくれる人と結婚したいと思い
寅さんはその気持ちに寄り添ってくれたことを思うと
ミコにも、何より好きな人の気持ちを一番にしてほしいと思う。


ご主人の遺した会社の仕事、いつもの自分の仕事
家族のこと。
今は自分の自由な時間なんかないらしい。
「主人が亡くなってから
ますます大雑把で男っぽくなちゃって」と笑うけれど
秋風みたいに爽やかで素敵な飾らぬ人。

宮城県の有名なブランド米はひとめぼれ。
まさに娘婿のお母さんに、一目惚れ。

仙台に親戚ができたことも嬉しくて
新幹線の改札で、また今度、と手を振りました。







# by sarakosara | 2017-10-15 23:07 | 家族のこと

母の香りZen

先月のお彼岸、私の両親のお寺で彼岸会があり
寅さんと出かけて来た。
最近はそこで、サチ子姉さんに会うのが恒例となっている。

サチ子姉さんは、母の親友ケイコおばちゃんの娘さん。
母もケイコおばちゃんも和服が好きだった。
そんなケイコおばちゃんには
どこか母の面影も感じてしまい
私の結婚の時にも母の代わりに打ち掛けの見立てをしてもらったりしている。

お寺の帰り、寅さんとお茶をしながら
昔の母の話になった。
寅さんと結婚した時は母はもうなく
寅さんは母に会っていない。


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まだ知らないこと、話していないこともあり
この日も母とケイコおばちゃんの知り合ったきっかけは何だったの?
と訊かれた。

実は私もその本当のところはよく知らず
おそらく両親が北海道から出てきて
新橋にあった小料理屋さんで
母がお運びをしていた時に知り合ったのだと思う。

私には曖昧で不確かなことだらけだけれど
一つ一つ糸を手繰るように考えてみた。

熱海にあった大きな旅館の東京出張所に
事務か営業のような仕事で勤めていたと思われる写真もある。

そして母の小さな夢
街の化粧品店を開いてい頃もあった。
結婚9年目、もう無理だろうと思っていた私を授かったことで
その化粧品店を閉めている。

そこまで寅さんに母のことを話しながら
母が家に専業主婦として過ごしていたのは
私が生まれてからの、ほんの数年に過ぎないことに気づいた。

祖母が同居で家事や留守をしてくれたということもあっただろうけれど
私が小学校に上がる頃には、すでに保険の外交の仕事を始めていた。

父が仕事で負債を抱え
母が一家の生活を支える状況になってからは働きづめ。
もっと穏やかな日々を過ごさせてあげたい
休ませてあげたいと幾度となく思った。
しかし、もしかしたら
母は元々家にじっとしていられる性分じゃなかったのかもしれない。

「お母さんは女に生まれてきたのが間違いだったのかもしれない」と
そんな話をすることもあった。
「どんな仕事でも全力で一番になれるように頑張るのが信条」
とも言っていた。
根っから外に出て働くのが好きだったのだろうか。

いや、違うのよ。
母はそう言うかもしれないけれど。

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母の好きだったオードトワレ「Zen」
黒くてぽったりと丸いボトルに秋草が描かれ
和服に合うと好んでいた。

母の香りが恋しくてネットで買ったのがもう数年前。
けれど、何だか母の香りがしない。

肌につけなければあの香りはしないのだろうかと
手首につけて過ごしてみたけれど
いまひとつぴんとこない。

1964年にデザインされた以前のものは
2000年初期にリニューアルされ
今はFOR MENと男性用もあった。
和の女性らしいイメージだったので驚いた。

男だったらと言っていた母。
けれど、不器用で甘えるのが下手なだけで
可愛いらしく、愛すべき人だったと娘の私は思う。

和服で仕事に出かける母のそばに寄ると
いい香りがした。
柔らかくて、凛として、好きだった。

あの香りはどこにいったのだろう。
私の手元にあるZenは少しも減らず、さりとて捨てる気にもなれない。
秋草の模様のボトルだけはあの頃のままだから。





# by sarakosara | 2017-10-01 17:46 | 思い出小箱

雨の夜の夢

先月の誕生日に友達から
塩まくらというプレゼントが届いた。
まったく知らなかったけれど、
文字通り、塩が詰まった枕。
少し硬めの寝心地だけれど、ひんやりして頭にしっくりなじむ。
愛嬌のあるシロクマ君の絵柄もいいんだなぁ。

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そんな枕で安眠のこの頃だっけれど
日曜日の夜中に窓を打つ雨音で目がさめた。
風もゴォゴォ鳴っている。
遠くを台風がとおっているんだ。

雨音を聴きながらまた眠り
夢を見た。

オフィスの大きなテーブルいっぱいに
色とりどりの校正刷りの印刷物が広がっている
ひととおり校正した後
クライアントに持っていくように社長に言われた。

持っていく段になって
相手方の担当の名前を聴くのを忘れてしまったことに気づく
社長は出かけてしまった直後
慌てて追いかけて、やっと追いつくが
そんなことも知らなかったのかと叱られてしまう。

午後一番でと頼まれていたのに
気がつくと午後5時まで後少しの時間、
大慌てでクライアントに着くと
今度は自分の名刺を持って来るのを忘れたことに気づく。

仕方ないので、名刺は無しで入っていくと
まるで裸の王様そのままのような社長が出迎えてくれ
ゆったりとしたソファーと
果物が山盛りいっぱい盛られた皿のあるテーブルのある部屋に案内された。

まぁまぁ食べなさい、飲みなさいと
まるで仕事のことはそっちのけ。
名刺交換の挨拶がなくてホッとしたものの
気がつくと、自分の周りに女の人がいっぱい
ぎゅうぎゅう詰めにソファーに腰掛けている。
向かいのソファーには裸の王様。

なんだ、なんだ、これは?というところで
目が覚めた。

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小さな出版社に勤めたいた20代の頃
企業の健康保険組合や、年金基金の出版物を取り扱っていたので
たまに大きな会社のクライアントに
校正刷りを持っていくことなどがあった。

たいがい組合の長の方々は
20代の私には父親よりも年配と思われる方も少なくなくて
緊張したものだ。
おおかた駆け出しの若い女性と思うと
優しく接してくださったけれど
中には礼儀作法に厳しい方もいた。

ある時、クライアントへの校正運びも少し慣れた頃
どうやら私が生意気な口の利き方をしたことがあったようだ。
社に戻ってすぐに社長に呼ばれ
会ってきたばかりの担当者から電話があったと。
そして、私の態度、受け答えについて注意された。

私としては一人前に仕事をこなしてきたと
意気揚々として戻ってきたばかりだったので
ガツンと頭を殴られたようにショックだった。

なぜその場で言ってくれなかったのだろう。
なんで社長に電話で伝えなければならなかったんだろうと
悔しさと情けなさでいっぱいになった憶えがある。

直接言うのはためらわれたのだろうか
それとも上司にきちんと事実を伝えておきたかったのだろうか。
しかしその後、その方が退職されるまでの数年
何度となく足を運び
互いに信頼しあえるようになった嬉しさは
その時があったから、なおのことだったと思う。

今朝の夢はやっぱり夢、
辻褄が合わず、おかしかったけれど
そんな頃も思い出させてくれた。




# by sarakosara | 2017-09-19 23:10 |

犬猿の仲

先々週の土曜日、Kちゃんのお母様の命日に
鎌倉までお墓参りに出かけた。
前からいつかと言っていたのだけれど
何度かどちらかの都合がつかなくなって実現しなかったので
念願叶っての、いざ鎌倉。

この日はよく晴れて暑くなり
秋の蝉の声が緑濃い木立の中から聴こえて来る。

お墓まいりの後
お昼まで時間があったので
近くのお寺さんへ。
坂東三十三観音札所一番、杉本寺。

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苔むした階段が歴史を物語り
その向こう
茅葺の本堂の中は薄暗がりで厳かな中にも
ほっと心落ち着く雰囲気。
さほど大きくない堂内には大小様々な観音様がいっぱい。
三体の十一面観音はそのまた奥の暗がりに安置され
お姿はよく見えなかったけれど、不思議と落ち着く空間だった。

境内に出ると暑いとはいえ九月。
向かいの山並みからも清々しい風が吹いてなんとも心地よい。

さて、お待ちかねのお昼。
Kちゃんとっておきの場所。

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運ばれたスープにびっくり。
ビーツで作ったと言うきれいなピンクのスープ。
わぁとテンション上がりまくりで
鎌倉ビールをお供に乾杯。

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何かの話から干支の話に。
「そういえば、Cちゃん戌年でしょ
私は申年、実は犬猿の仲なのよねぇ」とKちゃんが笑う。

え?あら!ほんとだ。
言われて初めて気づいて、私も笑った。

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ブログで出逢って親しくなって
父の葬儀にも友達代表で来てくれたKちゃん。
私もこうしてお母様の命日に墓前で一緒に手を合わせることができた。

そういえば、桃太郎の鬼退治に
きびだんごをもらって一緒にお供したのは猿と犬だよね。
詳しい話は忘れたけれど
犬猿の仲も力を合わせたってこと。
きびだんごにつられたとしたって縁があったのだもの
犬猿の仲も悪くないじゃない。

年末にはキジさんも参加して
お供三人衆そろい踏みの予定もある。
今度は年末を楽しみにと、約束して別れた。







# by sarakosara | 2017-09-19 23:09 | ぶらさら子

秋の気配

9月。
カレンダーに合わせたように
関東は少し冷たい、乾いた風が吹いている。
気がつけば、朝陽の差す位置も変わってきている。
夕暮れも早くなった。

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先日我が家の建築を頼んだ住宅メーカーから
吊り戸棚の固定確認のお知らせという文書が届いた。
なんでも、施工建物で吊り戸棚の不具合があったとのこと。
全てのお客様宅で確認作業をすることになったという。

わぁ、面倒くさいな‥
と思ったものの、地震も心配な昨今、
タダで点検して補強もしてくれるというのを断ることもない。

とはいえ、とはいえである。
我が家は夫の両親、私の父と三世帯住宅だったので
締めて9箇所もの吊り戸棚があることになる。
点検の日は中身はいったん出さなければならないらしく
父のところも、寅さんの両親のところも
まだ片付けていない食器など入ったまま。
週末に少しずつ片付けるとして
点検は10月末にしてもらった。

昨日手をつけた吊り戸棚には
各種書類の他に手紙の入った大きめの菓子の缶が三つほど。

今回は食器類も思い切って処分していくつもりなので
手紙も同様、思い切ってと思っているけれど
何も見ずにバッサリと捨てることはできず
確認しながら、古いものを中心に
3分の2ほどを減らすことができた。
中には名前を見ても、さっぱり思い出すことができない人がいた。
内容を読んでも思い出さない、ナンジャラホイ。

残った三分の一はやはり封書が多いけれど
ちょっとした一言が残る葉書もある。

いずれは全て処分するつもりだが
時間ができたら一通ずつ読み返し、それからと思っている。

中に一通、葬儀のお礼の手紙があった。
印刷されたもので、この類のものをずっと取ってあることはないのだけれど
捨てられずにとってあったらしい。
夕焼けの好きな人、そんな秋の日に逝ってしまった。

その友人が好きだと言った歌
オフコースの「秋の気配」
どんな思い出があったのか、きかずじまいだったけれど
この歌を聴くと彼女のことを思い出し
秋が来たんだなぁと思う。


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母がいた頃、秋が来ると淋しいと言っていた。
母は今の私より若くしてなくなったから
一概に年齢でそう感じたのではないだろう。

私は秋が好きだから、淋しいとは思わない。
けれど、やはり秋の風が吹くと、どこか人恋しくなる。








# by sarakosara | 2017-09-03 18:08 | 日々

秋田の伯母

秋田の雄物川の二度にわたる氾濫で
開催が危ぶまれていた大曲の花火大会が
当日朝方まで徹夜で行われた懸命の河川敷の復旧作業で
無事に開催に至ったという。
お借りした画像だが、ほんとうに美しい。

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今年の春、秋田に住んでいた伯母が他界した。
父の兄と結婚した伯母は元々は関東の人だった。
横須賀生まれのお嬢様で
学徒出陣していた伯父が寄宿先になっていた伯母の家で
出逢ったという。
ロマンスだなぁ。

伯父と結婚後は、生まれ故郷を離れ
三人の子供を育てながら岡山に数年
その後は伯父のふるさと札幌に長年住み
伯父が亡くなった後は、息子の住む秋田に移り。
年の暮れには、よく「きりたんぽ鍋」のセットなど送ってくれたものだ。

ミコが生まれた時には
伯母手作りの木目込みの
愛らしい日本人形を贈ってくださった。

遠くに住んでいたので
私にはさほど近しい伯母ではなかったけれど
夏休みに何度か出かけ、お世話になった時など
子供心に、伯母の周りだけ
ゆっくりとした空気が漂っているような
浮世離れしたところのある、品のいい人だなぁという印象があった。

ここには書けない家族の色々もあった。
それだけに、その心の奥底には
計り知れない
到底私には覗くことのできない深いものがあるようにも思えた。

もう少し近くで話す機会も多ければ
伯母の心情に少しは寄り添えたかもしれないし
教わることも多い人だったと思う。


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こちらは地元の花火。

先日伯母の葬儀のお返しの品が届いた。
自分でセレクトする形式のもので
何にしようか迷っていたのでこんな時期になってしまったけれど
笹の葉が清々しく描かれた大皿を選んだ。

みんなで囲む食卓に上れば
伯母を思い出すこともあるだろうし
時々は思い出話を子どもたちにしてもいいし。




# by sarakosara | 2017-08-28 06:23 | 想う