化野念仏寺

念仏寺、ここはかつて風葬の地だったとのこと
野ざらしになっていた遺体を
空海が供養したことがこの地の始まりだそうです。

京都には、鳥辺野(とりべの)、化野(あだしの)、蓮台野(れんだいや)という
三つの風葬地があったと言われており
化野のあだしとは、はかないとか、むなしいという意味があり
このあたりは、あだしなる野辺と言われていたのが
化野となったのだといいます。

西院の河原。

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儚いの変換をしていたら、
墓ないと出てきて、偶然とはいいながら
まさにお墓のない人たち野ざらしになった人たちの
供養のためにできた場所だったのだなと。

Mちゃんに聞いた話では
鳥葬という風習もあり、その場所もあったそうで
やはり野ざらしになった遺体を鳥がついばむ形で弔う。
これを酷いと思うのか
あるいは、自然に帰っていくととらえるのか。

今ではありえない形ではあるけれど
誰もがいつかはたどり着く死というもの。
そしてお墓というものへの考えを
あらためて思うものであり
互いに一人っ子のMちゃんと私。
親のお墓や仏壇の話
そしてやがて迎えるであろう自分の最期の時のことも
少し話しました。

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トーラナという鳥居の原型となった
日本でも珍しい三層の門が
仏舎利塔の前に建っています。
お寺に鳥居?と思ったのですが

トーラナがインドの仏教寺院やヒンドゥー教寺院にみられる門のことだそうで
それで納得というわけ。

本堂のそばに
こんな言葉が書かれていました。

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出典はわからないのですが
なかなか深くて面白い。
豆腐の美味しい嵯峨野ならではの例えなのでしょうか。
なかなか豆腐のような女人には程遠い我が身を
思い知るばかりだけれど
終わりの三行がいいなと。

豆腐の如く柔らかくてしかも形を崩さぬ
味がないようで味があり
平凡に見えて非凡

もう一つ、そのそばにこんな言葉も。
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俗世間つもり違い十ヶ条。
ああ、わかるわかる。
こちらは、すっとわかります。
煩悩は捨てきれないし
欲もまた。
生きていくって奥深いものです。



# by sarakosara | 2017-01-16 19:49 |

念仏寺への道

京都駅からJRの在来線に乗り換えて降りたのは嵯峨嵐山駅。
そこから一緒に歩いたのはブログの旧友Mちゃん。

もうずいぶん前に初めて会った時、
歩き潰したという靴を片手に持っていて
びっくりしたり笑ったりしたのも懐かしいこと。
だから歩け、歩けはお手の物と思い
前もって、いくらでも歩きますよ〜と伝えてあった。
私のリクエストは化野念仏寺。

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穏やかに晴れ、そぞろ歩きにはもってこい。
道案内は任せたよと大船に乗ったつもりだったけれど
案外方向音痴なのよぉと言いながら
でも今はこれがあるからねとスマホ片手に笑うMちゃんについていきます。

平日、しかも化野は少し奥まったところにあるためか
観光客の姿もまばらで
うらうら静かな田舎道が続きます。
少し勾配があるのか
おしゃべりしながら歩くと、軽く息がきれる感じ。
私より少し年上のMちゃんは涼しい顔で颯爽と。
さすがテクテクのプロ。
聞けばハイキングのサークルに入ったのだけど
80代のお年寄りがそりゃぁ元気とのこと。

竹細工の店やおみやげ屋さんが並ぶ通りに出ると
現れたのは異様な姿の達磨さん。
ちょっとぎょっとする姿。眉毛でお目目もかくれているし。
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日本一の良縁ヒゲダルマとある。
お互いまだ独身の子がいるので
これはありがたくご利益にあずからねばと、お髭をなでなで。
good match of top of Japan と書いてある。
top of Japanにほんまかいな?と言ってはご利益はないでしょう。
お願いしますね、ダルマさん。

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まだ正月飾りのある鮎料理の店が数件並ぶあたりを通りすぎると
化野念仏寺への入り口が見えきました。

念仏寺はもう40年近く前
高校の卒業の時に
友達数人で卒業旅行に来たところ。
当時はanan nonnoが女の子に人気の雑誌で
アンノン族は雑誌片手に旅に出た
まさにそんな流行に乗って、この地を訪れたのだと思う。

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その時に念仏寺までの道で
とても印象に残っていたのが
開けた風景の中の田舎道。
田んぼでも畑でもない、そんな記憶があるのだが
念仏寺への道すがら、
その記憶の中の風景はなかった。

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Mちゃんも一緒に、ここら辺かしらと探してくれたけれど
どうも違う。
もしかしたら奈良だったのかも。
私の記憶も曖昧で自信がないし
風景も当時とは変わっただろう。
家もけっこう建ったのかもしれないしねとMちゃん。

果たしてその記憶の中の風景は見つかったのか。

続く


# by sarakosara | 2017-01-16 18:25 |

三十三間堂のお餅

今日は鏡開き。
今回の旅、お餅にまつわるちょっとしたエピソードがあったので
順不同になりますが、京都の最後に寄った
三十三間堂のお話。

私はミコと一緒の二度目の京都で行ったことがあるのですが
寅さんとスマがまだ行ったことがないから
一度は行ってみたいと。
折しも雨降りの一日になってしまったので
本堂の中を拝観できるのもちょうど良いしということになりました。


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内部の写真は撮れないのでホームページからお借りした画像ですが
ここでは見えない中尊という大きな観音様を中心に
左右にまだまだいっぱい観音様が並んでおられます。

正式名は蓮華王院 三十三間堂。
中尊を中心に左右500体の、十一面千手千眼観世音。
千手観音を蓮華王というのですが、これは観音の王という意味だそうで
蓮華王院という名にも納得でした。
1001体の観音さまそれぞれに十一面。

と、ここで疑問、十一面なら眼は一体につき22眼ということでは?
それなら千手二十二眼では?
そんなことを思って今さら調べてみたら
この千眼とは、千本の手のひらに眼がひとつついているということらしい。
で、実際は手も千本ではなく
胸の前で合掌する二本の他に40本の手があるとのこと
その各一本の手が25の世界を救うものであり
よって20×25で1000ということなのです。

その観音様たちを
28体の国宝の仏像がお守りする形で居並ぶ姿は
何度見ても圧巻。
それぞれ少しずつ表情や輪郭も違い
どこかに自分と似た観音様がいらっしゃるみたいです。

ミコと行ったのは二度とも暑い夏の盛り。
そして今回は氷雨降る冬の最中。
雨の中あちこち歩いたので靴が濡れてしまい
右足の靴下も指先が濡れて
靴を脱いで歩く本堂は冷え切っており
外は降りしきる雨音。
足がジンジンとかじかんでいきます。

と、中尊の前が暖かに明るく照らされていて
なにやら人だかり。
何かと思えば、お正月に観音様にお供えされた鏡餅のお下がりが
いっぱい積まれていて
ご自由にお持ちくださいと書かれているではないですか!
時々取り替えるのか、
お下がりのお餅がたくさん出るようなのです。

包丁は入れず開かれているので
形も大きさもまちまちですが
これをいただかない手はないねと
五つほど頂いてきました。

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縁起物だからと二つはスマに渡し
残り三つ、帰ってきてからさっそく焼こう焼こうと。
鏡開きまで待ってお汁粉にしたらよかったのだけど、待てなくて(笑)
お餅本来の味というのか、とても美味しかった。

観音様のお下がりというだけで
なにやらありがた〜い気がしてくる。
お正月あたりに行くことがあったら
ぜひ覚えておかれるといいと思います。

今朝は缶詰のあんこを開けて
我が家のお餅でお汁粉食べました。
寒い日にコトコト小豆を煮て作りたいのだけど
二人だと持て余しそうで。

でも、この冬、一度はコトコトしてみようかな。



# by sarakosara | 2017-01-11 17:19 |

京都へ

京都に行ってきました。
スマがいるうちに泊めてもらって
何度か行っておきたいねと、寅さんと話していたものの
なかなかそれぞれの都合と休みが合わず
他の約束が入ってみたりで、ぐずぐず先延ばし。

結局一年近く経ってしまいそうなので
これは思い切るしかないねと
新年の私が休みのうちにと決まった京都行き。

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今回は私が一日早く発ち
ひとり京都をするつもりだったけれど
もし、もし会えたらと思う友達がいた。
どうしようと迷って思い立ったのがもう年も押し詰まった頃。
まだ松の内なので無理はしないでね、と連絡したところ
年明けに、都合がついたのでランチしましょう
積もる話はその時に、とお返事。
やった〜と小躍りで
ウキウキ京都の始まりです。

一日目は友人と。
二日目、三日目は寅さんも合流して
スマも一緒に三人で巡った二泊三日。

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まずは初日、
友達との待ち合わせは京都駅中央乗り換え口。
2009年に会って以来8年ぶりの再会。
ぜんぜん変わらぬ笑顔が
乗り換え改札の向こうで手を振っていました。

懐かしいけれど、ついこの間会ったような気もするのは
互いの近況を知っているせい?
8年の間には色々なこともあったのに
時間はぎゅっと縮まります。

電車を在来線に乗り換えて
私のリウクエストで化野へ。






# by sarakosara | 2017-01-10 16:23 |

あけましておめでとうございます

今年も早くも五日。
今日初出勤の寅さん、いつもより少し早く出るからと
目覚ましをかけていたのに
なぜか寝過ごし。
寅さんに起こされて、え〜〜大変!
絶好調な?滑り出しでした。とほほ。

そんな我が家のお正月。
一日は家族みんな揃い、例年通り地元の氏神様を参りました。
コブシの蕾がふっくりと膨らみ
雲ひとつない空に銀色に光っていました。

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二日、ミコは大切な人の実家のある仙台へ。
同行するわけじゃないのに
私の方がドキドキ。
ミコからとてもよくしてくださって楽しかったと
ラインが届いて、ホッと胸をなでおろしました。

そして三日は父の命日。
熱燗をお仏壇に供え、
「朝酒も 今日で終いの 三日かな」
そう詠んだ父と差し向かいのような気持ちで
私もそれを一口いただき
駅伝を見終えてから
寅さんとスマと三人でお墓まいりへ。
その後スマは友達との待ち合わせでわかれ、
寅さんと二人、買い物をしているときでした。

友達からラインが入り、
同居していたご主人のお母さまが今朝急逝されたと。
奇しくも父と同じ日に。

この一月には孫息子の結婚を控えていた時
晴れ姿を見ることはできなかった
悲喜こもごもの年明け。
でもそれが人生なのだろうなとも思う。

日本も世界も色々なことがあり過ぎて
誰もが異常なことだと感じているけれど
こんな日々のニュースにも少しずつ慣れてしまうのでしょうか。
どうか時よ穏やかに流れてくださいと願うだけです。
嬉しい事ばかりじゃないけれど、
悲しい事ばかりでもない、そう思いながら。


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年末体調を崩してしばらく我が家から出勤していたミコも
すっかり元気になって自分の家に戻り
スマもさっき帰っていきました。
ちょっぴりぽっかりと寂しいなと思いながら
パソコンに向かっています。

コメント欄を閉じたままですが
今の私にはこれが一番楽な形とわりきり
時々ふっと書きたいと思うことがある、時がある、
そんなとき、やはりここがあってよかったと心から思います。

例年どおり新年の仕事は少し始まりがゆっくりなので
束の間の冬休みです。

今年もよろしくお願いいたします。


# by sarakosara | 2017-01-05 19:06 | 日々

冬のうた

ブルーとベージュのモヘアの混ざり毛糸で
もふもふに織り上げたような
立冬の朝の空。

冬がやってきた。

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そして、今年もじゅんさんのりんごが届いた。
冬が始まる合図のように
津軽からの便りのように
箱を開くと甘ずっぱい香りがいっぱいにひろがる。

赤と緑、可愛いりんご。
クリスマスカラーだなって思い
今日、リビングにもささやかなクリスマスのしつらえをした。

じゅんさん、ご家族で丹精されたりんごを
毎年ありがとう。
じじ、ばば達のお仏壇にもお供えしました。

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冬が来るとユーミンの 季節ごとの歌をまとめたアルバム
SEASONS COLOURSも
秋から冬の撰曲集に変えて聴き始める。

この中の曲、「木枯らしのダイアリー」は
自分の思い出とも重なる曲。


今朝窓を開けたら息が白くなった
あなたのいない初めての冬が空を覆った
眠っている間に

電車を乗り越して 休みにしてしまった
オーバーを着て 一日気ままに街を歩く
思い出と腕をくみ


若かった頃恋人と喧嘩して
泣き明かしてしまった翌日
仕事に行く電車の中
気持ちも立て直せないし
ひどい顔をして出勤したくなくて
会社をさぼってしまったことがあった。
そんなことをしたのは初めてだったけれど
明るい朝の景色が流れる電車の窓を
ぼんやりと見ていたことだけはよくおぼえている。

この歌の主人公のように
気ままに街を歩くなんてかっこいいことはできず
早々に家に戻り
祖母にも具合が悪くて帰ってきたと嘘をついて
会社にも祖母にも後ろめたかった。

若かったなぁと、この曲を聴くと思い出す。
昔むかしの冬の思い出。











# by sarakosara | 2016-12-11 16:45 | 思い出小箱