ひとつの卒業

三月も半ばすぎ。
学生さんも卒業の季節、
職場も異動や退職、変化の時を迎えて、しづ心なし、という日々。

そんな先週、思いがけない届け物があった。
友人に頼まれて5年ほど続けて来た中高同窓会のホームページの更新。
その友人が役員を降りることになり
それに伴って、私もお役目を終えることにした。

それにあたって
後輩の会長さんから、感謝の手紙と
心遣いのお菓子が届いたのだ。

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そもそも、もっと若い世代に引き継いで欲しいと思いつつ
引き受け手がなかなかいなくて
私たち世代が担ってきたこと。
やっとそれらを継いでくれる適役数名が見つかったと言う。

私はただのお手伝いだったので
することといえば記事の更新のみ
たまに季節季節の行事のちょっとした手伝いはするものの
それも自分の都合優先でよかったので、気楽なものだった。

ただ、私は小学校から高校までを過ごした母校に
一言では書ききれない複雑な想いを抱いてきたので
この役目を引き受けるにあたっては少なからず逡巡があった。
そこをなんとかと、友人に頼み込まれて
じゃあ、Sちゃんが役員を降りる時は一緒に。
それまでと言う期限付きならと引き受けた。

それを機にある部分開き直って
母校へ抱いていた複雑な思いを話す機会も得、
かつての同級生にも、そんな気持ちだったの!?とびっくりされたりしたけれど
この学園の門をくぐると、今も
優等生で皆に好かれる良い子だったあの頃の自分の幻影が
そちこちに思い出されて、少し苦しい気持ちになってしまう。
特に自分という存在に意識が向いた高校時代は
こんな自分、自分じゃないという思いをいつも抱えていた。

そして今も、純粋な気持ちで同窓会に関わっている
後輩たちの姿にふれるとき
またしても、少し胸が苦しい。


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やっとその場所に関わる役目から引退の時を迎えて
正直ほっとしている。

高校を卒業したら
だ〜れも知らない場所に行って
ほんとうの自分を素直に出せるところで過ごしたいと切に思い悩んでいた。
そして決まっていた関連女子大の推薦をキャンセルして
専門学校に進んだことは間違いじゃなかったと思っている。

正直あの時大学へ進学していたらと
思うことも時にはある。
でも、色々な理想と現実のギャップに悩みながらも
無菌状態のように守られながらも息苦しかった場所を離れ
優等生でいなくてもよくなった世界は
少し淋しくて、でも清々しいものだった。
それから素の自分をぶつけていくことができるようになり
友人関係も深いものになり、遅まきながら私の青春が始まったように思う。


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でも母校で過ごした12年間の中で
私という人間の一部は確かに形作られたのだし
今の私を理解し
長い付き合いの友人もいる。
共有する懐かしい思い出もたくさんある。

そんな思いの深く積もる場所でのお役目を卒業して
これからは少し距離を置き、
母校を見つめていくことができる。











# by sarakosara | 2019-03-17 14:58 | 日々

それぞれの雛

例年二月中旬までには出すようにしているミコのお雛様。
二月生まれのミコは初節句までひと月足らずで
寅さんの両親が買いに走ってくれた。

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多くは母方の祖父母が贈ることの多い雛人形だが
私の母はすでに他界していて、父もそこまで気がまわらなかったのだろうし
私も産後で気づくこともできず
義父母が岩槻まで行って買い求め、当時の小さなマンションまで
自分たちで持ってきてくれた時はびっくりしたし、嬉しかった。

丸顔で優しかった義母にどこか似た木目込みの
ケースに入った6段飾り。
当時の手狭な部屋を考えてくれたものだったけれど
出したりしまったりが楽で
欠かさず毎年飾ることができている。


そして今年はふと思い立って
自分のお雛様も出してみた。

よく祖母が、お雛様を出してあげないと泣いてしまう、と言っていたけれど
古いし、大きいし、手間でなかなか出すことができないままだった。
でも、久しぶりに日の目を見たお雛様、
心なしか嬉しそうに見える。


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両親の結婚10年目に思いがけず生まれた私。
喜んだ両親は、初節句に内裏雛だけ買い求めたという。

翌年北海道にいた祖母も同居を始め
それから少しずつ祖母がお道具や牛車なで買い足してくれたらしい。
私の頃にはもう豪華な段飾りが流行り出していたけれど
我が家は、祖母のトランクや雛道具の入っていた箱などを駆使して段々を作り、
そこに緋毛氈を敷き、お雛様を飾った。

当時は友達の家の、瓜実顔の美形のお雛様を羨ましく思っていたけれど
大人になるにつれ、木目込みの丸顔を可愛らしいなと思うようになった。

昭和34年2月、内裏雛の収められている木箱の裏に書かれた文字
父がいそいそと墨書きしたのだろう。
その文字を見るにつけ、いつまでとっておけるものでもないだろうけれど
私が元気なうちは大切にしていこうと思う。


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古いお雛様を出した勢いでもないが
やはり箱入りになったまま、しばらく飾っていなかったお雛様を
ミコのお雛様の隣に出してみた。

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こちらは小さな萩焼の立ち雛。
私がまだ結婚する前の20代前半だったか
京都に行ったときに
ちょうど桃の節句が近い二月頃だったはず
八坂神社そばの小さな店のウィンドウに飾られていた。

季節の行事を待つ浮き立つ心もあってか
そのお雛様に一目惚れをして
うちへ連れて帰ってきた。

実はこれ、結婚後まだ間もない頃だったと思うが
男雛を棚から落としてしまい
首から真っ二つ。
接着剤で修理したものの、当初は縁起でもないと思案したけれど
処分するのも忍びなくて、ちょっとみわからないくらい直っているので
そのまま幾度も飾っている。

縁起物が壊れた時は
悪い知らせではなく、身代わりになって厄から守ってくれているという話も聞いた。
もしかしたら、そうだったのかもしれない。



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今日もそれぞれのお雛様に
草餅と桜餅をお供えした。




# by sarakosara | 2019-03-03 14:22 | 思い出小箱

ヨーグルトメーカー

たまにふらっと、ログインもしないまま
読ませていただいているブログがいくつかある。
コメントをすることもないけれど
読みさしの本を、思い出して開くように
楽しみに読ませていただいている。

今年の年明け早々、
その一つに、ヨーグルトメーカーのことが書かれてあった。
これは買ってよかったと思える家電でしたと。

いろいろ調べると、飲むヨーグルトも作れるものが
さほど高くない価格で売っている。
我が家は乳製品消費量が少なくて
努めて摂るようにはしているのだけれど、これがなかなか。
ただ、その中ではヨーグルトが一番好き。

思い立ったが吉日、
年の初めということもあって決断は早かった。

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牛乳パックのまま作れるタイプ。
牛乳全量の10分の一を、種にするヨーグルトに置き換える。
我が家は、あのインフルにかかりにくくなるという
某メーカーの、ちょっとお高めのヨーグルトを使っている。

その後、8時間ヨーグルトメーカーに任せていたら
それらしきものが出来上がっていた。
50ccを元に、500ccのヨーグルト。

無糖なので、レモンの蜂蜜漬けのシロップを少し混ぜてみたら
これがなかなか美味しい。
よしっ、これで今年もインフル知らずで頑張ろう。
と、思った矢先インフルになった先月だった。

まだ効果は望めないタイミングだったけれど、あれから一ヶ月。
なんとかヨーグルト作りは続いている。


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最近は、飲むタイプではなく、ふつうのヨーグルトを作って
じゅんさんから頂いたリンゴで作っておいた
甘煮や、ジャムをのせて食べるのが楽しみ。

じゅんさんのリンゴは、そのままのみずみずしい香りや味が、もちろん一番だけれど
いつも最後の4つくらいは、コトコト甘煮にする。
いつでも楽しめるように。
この時のなんとも言えない馥郁とした甘い香りも好き。

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今年はリンゴジャムを作って保存した瓶に
marronさんから頂いた
ラベンダーがいっぱい咲いた可愛いマスキンングテープで
おめかししてみた。
さわさわと、ラベンダーの風が吹いてきそう。

我が家用に作ったものだけれど
誰かにプレゼントしたくなった。





# by sarakosara | 2019-02-15 18:22 | さら子の皿

遠きにありて思ふもの
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