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風花

一月最後の金曜日の夜、スマからの電話があった。
ちょっと声が聴きたくなってと。
そんな電話は初めてのこと。
研究室で厳しい状況下にいるのは知っている。
大丈夫だよと笑うけれど、
ちっとも大丈夫じゃないように聞こえてしまう。

折も折、部屋のエアコンも壊れてしまったらしく
今は修理に立ち会ってる時間も惜しいし
部屋には寝に帰るだけだから、布団に入れば大丈夫と言う。

でも、昨年の5月に一度身体を壊しているし
底冷えの京都、ことに冷え込みの厳しい今年の冬。
いてもたってもいられず、とにかく顔だけでも見たい
温かいものを作って食べさせたいと思い
いつもは甘いなぁという寅さんも背中を押してくれて
土曜の朝、急遽京都に向かった。

地下鉄を降り地上に出ると、風に雪が舞っていた。
青空に雲が流れる空から
時に強く、小止みになったと思うと、またさらさらと。
風花だ。
フードをかぶり、コートの襟元をぎゅっと詰めて歩く。
気温が低いせいか、手で払えばすぐに落ちる雪
風に舞う花のようだと風花と呼ばれるのだろうけれど
スマのことも気がかりで、足取りは軽くない。

風花_f0231393_18355106.jpg
合鍵で入ると寒い部屋は
ここのところのスマの日々を想わせるよう。
足の踏み場もない。

コインランドリーと部屋を数回往復。
スーパーへ夕飯の材料と、あれこれ足りないもを調達に2回。

エアコンの修理は間に合わないので
安全な暖房器具を探しに駅前の電気店、そしてホームセンターに行くも
季節終わりに近づいている上に寒いので品薄
だんだん暗くなる中、地の利のない街で途方にくれ
頼りは手元のスマホ。
もうここで無ければ諦めようとタクシーで向かった三軒目で
やっと思うようなオイルヒーターが見つかった。

道がわからず、一緒に探しながら走ってくれたタクシーの運転手さんは
帰りにタクシーを拾いやすい道を教えてくださった。

電気店の店員さんも
ダンボールは要らないので、
店頭に並ぶ3000円安い品を持ち帰りたいと言ったら
丁寧に拭き上げ、プチプチで包装して
重いからタクシーがつかまるまで持ちますよと、通りまで出てくださった。
勝手のわからぬ底冷えの京都で
スマのことも心配で心がささくれだっていたけれど
私の気持ちはほっと温もっていた。


片付けが済み、夕飯の支度を終えた時は
もう午後10時を回り、11時頃スマ帰宅。

わあ、あったかいなあ。
ほんとうに、ありがとうございましたと、
何度も頭をさげる。
そしてたっぷり作ったポトフと炊き込みご飯を
うまいうまいとたいらげていく。

ああ、食べられれば大丈夫だねと
顔を見て、ほんとうにほっとした。

風花_f0231393_18362535.jpg
連日深夜まで研究室にこもり
それでも実験で望むようなデータが取れなければ
次へ進むことができない。
時間制限があれば、どんどん追い詰められていく。

そういう世界なのだと言ってしまえばそれまでだけれど
現実の厳しさはひしひしと感じる。
昼間は教授に二、三時間続く叱責を受ける日々
教授は自分の何十倍も才能があるし、何十倍も努力しているのだから
結果の出せない自分に非があるという。

スマが現場にいる今は書けないけれど
昨今のデータ改ざんも
結果ありきで追い詰められた研究者が
してはいけないことをしてしまう心理もわからないではないと思ってしまう。

数名の研究室生や助教が
心を病んで研究室に来られなくなったり、やめていったりした話も聞いていたから
なおさら心配になった。

甘いのはわかっている。
わかっているし、信頼もしているのだけれど
もしも、もしもと思ってしまう。
スマの涙と笑顔を見て、きてよかったと思えた。
そして、きっともう大丈夫だと。


日曜も私より早く部屋を出たスマ。
最後の洗濯物をたたみ
オイルヒーターを消して、窓の外を見ると
また風花のような雪が舞っていた。

ここで二年の月日を過ごしたスマの部屋
この部屋からの眺めはおそらく見納めになるだろう。
私も、つかの間、かりそめの街暮らしで
立ち去りがたいような気持ちになりながら
鍵をかけて帰途についた。








by sarakosara | 2018-02-03 23:03 | 家族のこと

遠きにありて思ふもの


by sarakosara