かき餅できたよ

前記事をアップした矢先
娘さんが帰省していて、この散策には参加できなかった
同僚Oさんからラインがあって
悩んだのだけど、春からの仕事辞めることにしましたと連絡が入った。
春にはOさんも一緒に出かけようねと、みんなで話していたのに。

今は少しゆっくりしたくなっちゃったと言う。
以前からチラチラとそんな話はしていたし、
きっかけになる事もあるにはあった。
でも、まさかこのタイミングで辞めるとは思ってもいなかったので
連絡が入った時は、あまり突然のことに
正直すぐにそのことを受け入れられなかった。

けれど、大切なことはきちんと自分で考えて
すっと決めていく彼女であることは
15年以上、毎日のように一緒に過ごしていればわかる。

職場のムードメーカーでお茶目で
みんなに慕われていたOさん。
何か事が起きた時も
ニュートラルな立ち位置でみんなを和ませる。

職場の陽だまりがなくなってしまうようで淋しくて仕方ないし
仕事も彼女の抜けた穴は大きいと思う。
それでも足りないものは何らかの手立てで補い、
じきにOさんのいない職場も
当たり前になっていくのかもしれない。

けれど、今は淋しい。

ミコちゃんの結婚式の時にしたらどう?と
Oさんがお嬢さんの時に使ったかんざしを貸してくれて
私の手元にある。
式を終えたら返さなくてはならないから、一度会おうねと約束している。

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料理好きの彼女が、
二つあるからと以前くれた干し網ネットで
ちょうど先週からお餅を干していた。

お隣のおばあちゃんからもらった杵つき餅
パックじゃないのでカビてしまうから
細切りして天日干ししていたもの。

昨日揚げたら、サクサク美味しいかき餅になった。
料理も好きだけど、食べるのも大好きだった彼女は
実に美味しそうに食べて、その様子がとても可愛かった。

仕事のある時期だったら
そんな彼女に食べさせたくて
きっと持って行ってただろう。

「よくお腹抱えて涙流して笑ったよね、
 楽しかったよね」
ラインのメッセージの言葉。

ほんとうによく笑ったね。
あなたのいない職場、今は考えられないけれど
私はもう少し頑張ってみるよ。




# by sarakosara | 2018-01-18 19:07 | つぶやき

頼もしき同僚

年明けの仕事は22日から。
毎年恒例ながら
私の仕事は一年を通し、変則的に組み合わされていて
4月から12月は病院の契約社員で健診部門のチェックの仕事。
1月から3月は確定申告の補助業務のパートの仕事になる。

そして年明けのこの二週間と少しが
バトンタッチの空白でお休みになり、
まとまった自由時間のある楽しみな時。

そんな先週金曜日、健診の仕事の友達5人と浅草まで行ってきた。
仕事の都合上なかなか一緒に休むことができないので
近所のランチはあっても、遠出は滅多にない。

今戸神社から本龍院、麦とろでお昼をして
仲見世散策、浅草寺、浅草神社と周るコースを
マメなHさんが決めてくれて、そぞろ歩き。

今戸といえば今戸焼というのもかつて有名だったらしく
招き猫も発祥の地という。(これは諸説あるようだが)
招き猫さん、結構大きい。
左の二体は身長70センチくらい、
右端の拝殿奥手の猫さんは人の等身大もあろうかという大きさ。
招くというよりは
はい!はい!と手を上げてるみたいだねと、みんな。
張り子の犬と、福禄寿さまも一緒に迎えてくださる。


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ここは恋愛のパワースポットになっているとかで
若い人たちでも賑わうらしいが
この日はひっそりと私たち6人以外は人影もまばら。
浅草寺の賑わいをよそに
空気はキンと冷たいものの、明るい日差しの境内は心地よかった。


散策終了で、お疲れ様の甘いものは
花やしき裏手のひさご通りにある「フルーツパーラーゴトー」へ。
友達が撮ってくれた6つのフルーツパフェ。

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私たちを今の職場に呼んでくれたのは
スマの少年野球時代のママ友だった上司だ。

信頼できる人に手伝ってもらいたいと一人増え、二人増え。
母体は数千人が働く大きな企業だけれど
私たちが所属する部門の正社員は数十名
その中の、さらに私たち契約社員。
末端の末端。

でも皆プライドを持って仕事をしているし
手前味噌だけれど主婦ならではの手際の良さ
色々なシチュエーションへの柔軟な対応や気配りは
けして正社員に劣るものではないと思っている。

それでも契約社員ならではの
都合のいいブラックな扱われ方をする時もある。
愚痴や不満がないわけはない。
そんな時はこの同僚たちが強い味方だ。
ちょっとこぼして、話を聞いてもらって
時には泣きながらのこともあった。
励ましあい、慰めあって、なんだかスッキリする。

18年間、子育てや介護をしながら、
融通のきく職場で働かせてもらえるのはありがたいことでもあった。

47歳から59歳まで、歳の差こそあるが、本当に得難い同僚だ。
フルタイムで働いていると、
もうそろそろゆっくりしたいなと思うことも時にあるけれど
こうして休みが続いてみると
いや、まだまだ働いていてもいいなと思ったりする。
65歳まで定年は延長できるので
今の仲間がいるうちは頑張ってみようかな。




# by sarakosara | 2018-01-15 17:08 | 想う

六度目の戌年

明けましておめでとうございます。
今年も明けてはや八日。
もう松の内は終わってしまいました。

元日は恒例の地元氏神様をお参り。
二日にはミコ夫婦も合流し
スマも交えてみんな揃うのは初めてのことだった。

三年前からお節は一揃え買っている。
自分でこしらえるのは、鶏ガラスープをとったお雑煮
マリネと筑前煮、レンコンとごぼうのきんぴら。
そして、祖母が毎年どっさり作っていた大根なますくらい。

その大根なます。
今年は年末に会った友達に紫大根をいただいて
なますにはどうかなぁと。
やはり紅白にするには白い大根だよねぇと迷ったのだけれど
せっかくの大根、よし、これでやってみようと作ったのが正解だった。

きれいな紫色が映えて
二日頃にはその紫が滲み出て全体を薄紅に染め
浅葱色の器に盛りつけたら食べるのが惜しくなったほど。
まぁ若い人はあまり酢の物は好まないので
もっぱら寅さんと私が食べていたけれど、見栄えで華を添えてくれた。

そういえば、私も若い頃はなますが苦手で
祖母も母も美味しそうに食べるのが不思議だったのに
いつしか、それを好むようになってきた。


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それもそのはず
今年は私が生まれて6度目の戌年。
八月には還暦を迎える。

12月にスカイツリーに行った時に
ソラマチにある郵政博物館で
生まれ年のお年玉切手シートを買ってきた。
雪が降っているのだろうか
可愛い張り子の犬がデザインされている。
当時の葉書は5円で届いたのだなと、しみじみ。

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父の昔の日記帳に、昭和33年のお正月のことも書かれてあり
その頃母の妊娠がわかったとあった。
結婚9年目、諦めかけていた朗報に沸き立つ気持ちと同時に
当時としては高齢出産。
無事に生まれてくれるかという不安もきっと抱えていたはず。
そんな頃の両親もこの切手シートを手にしていたのだろうか。
どんな話をしたのだろう。

そういえば、今年の初夢に両親と祖母が揃い踏み。
たいがいそんな時は、私がまだ娘時代というシチュエーションで夢を見る。
細かな内容はうろ覚えだけれど
たまにしか見ない三人が初夢に一緒に現れたことに何か意味があるのか
今年を終えてみないとわからない。
なんて、年初めに年末のことを書いているのもどうしたものだか。

60歳の扉を開くことは
少し楽しみでもあり、少し不安でもある。
特に変わることもない
一日一日の積み重ねなのだろうけれど
ブログで出会った少し先ゆく友達の60代をみていると
まだまだこれからという思いもある。

大きく変わり、うねりを作る世界のことも気がかりだが
そんな地球の片隅で
私の小さな一日の積み重ねを書いていくこと、
いつまでとの約束はないけれど、ここを大切に思っている。
こんなブログですが、小さな積み重ねを今は続けていこうと思っています。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。



# by sarakosara | 2018-01-08 22:16 | 日々

遠きにありて思ふもの
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